鋳物オープンイノベーション その4 - コレクティブ・インパクトへの道筋
これまでの連載では、3Dプリンター技術を活用した鋳造模型の新たな製造方法や、それを取り巻く業界課題を取り上げてきました。最終号となる本記事では、これらを総括し、2024年10月27日に開催された「日本鋳造工学会 第184回 全国講演大会」において、「コレクティブ・インパクト」を活用した鋳造業界の未来ビジョンについて発表しました。
本記事では、その発表内容も踏まえ、鋳造業界全体の未来を見据えた「コレクティブ・インパクト」への道筋を提案します。
鋳造業界の現状
日本の鋳造業界は約95%が従業員100名未満の中小企業で構成されています。この中小企業主体の構造は、地域経済を支える重要な役割を果たしていますが、以下の課題も伴っています。
技術革新とデジタル化の遅れ
デジタル技術やIoT、AIなどの導入が進まず、国際市場での競争力が低下しています。国内市場の縮小
木型メーカーの廃業、人手不足、エネルギーコストの上昇といった要因が業界の縮小を加速させています。国際競争の激化
中国を筆頭に、規模拡大と新技術を武器にした海外企業との競争が激化しています。特に「ギガキャスティング」と呼ばれる大規模技術は、製造工程を劇的に簡略化し、大規模な設備投資による競争力向上を実現しています。
これらの課題を解決するには、従来の個別企業によるアプローチを超え、業界全体での協働が必要不可欠です。
当社の取り組み:オープンイノベーションの推進
当社では、3Dプリンター技術を活用した鋳造用模型の製造方法を開発し、その特許技術(特許第7343939号)を無償で公開するというオープンイノベーションに取り組んでいます。この技術は以下のような特徴を持っています。
コスト削減
従来の切削加工に比べて約40%のコスト削減を実現。短納期
従来の工程に比べ、納期を大幅に短縮。合理的な素材設計
ABSや炭素繊維強化ナイロンを使用し、それぞれの特性を活かした設計を採用。
さらに、この技術を無償で共有することで、鋳物メーカーが3Dプリンターを導入し、内製化を進められる環境を整備しています。この取り組みは、個別企業の課題解決を支援するだけでなく、業界全体の生産性向上とコスト削減を目指すものです。
コレクティブ・インパクトの重要性
日本の鋳造業界では、従来「クローズドイノベーション」と呼ばれる個別企業が独立して課題に取り組むアプローチが主流でした。しかし、この方法では、以下のような限界があります。
分散された努力
各企業が個別に取り組むため、課題解決に向けた相乗効果が生まれにくい。リソースの不足
中小企業では、十分な技術力や資金を確保できない場合が多い。
こうした状況を打破するために、「コレクティブ・インパクト」というアプローチが有効です。この手法は、異なるセクターや企業が共通のアジェンダを共有し、連携して課題解決に取り組むフレームワークです。
全国講演大会での反響と今後の展望
2024年10月27日に開催された「日本鋳造工学会 第184回 全国講演大会」では、「コレクティブ・インパクト」を活用した鋳造業界の未来ビジョンを提案しました。
講演後、参加者から寄せられた主なコメントは以下の通りです。
「とても大きなビジョンである」という評価
鋳造業界全体を巻き込み、異なるセクターと連携して未来を切り開くという提案に対し、そのスケールの大きさが高く評価されました。このビジョンは、個別の企業努力に留まらず、業界全体が共有する未来像を描いている点で、参加者に強い印象を与えました。「各地の工業試験場の知見ネットワーク構築への期待」
工業試験場をはじめとする研究機関との協働の可能性について具体的な提案が寄せられました。地域ごとに蓄積された知見や技術をネットワーク化し、業界全体で共有・活用することで、さらなる技術革新が期待されます。
これらの反響を受け、今後の展望として以下の方向性が示されました。
ネットワーク構築の推進
各地の工業試験場、大学、研究機関との連携を強化し、それぞれの地域で蓄積された知識と技術を結びつけるネットワークを構築します。このネットワークは、鋳造業界全体の基盤を支える知識インフラとなることを目指します。コレクティブ・インパクトのモデル化
業界全体で共有するビジョンをさらに明確化し、具体的なプロジェクトや指標を基にしたモデル化を進めます。これにより、参加者が取り組みやすい枠組みを提供し、協働を促進します。参加者間の継続的な対話の場の設置
講演での議論をさらに深めるために、定期的な対話の場を設け、鋳造業界全体での共有課題や成果を議論します。これにより、取り組みが長期的かつ持続可能な形で進むことが期待されます。
鋳造業界の未来へ
コレクティブ・インパクトは、単なる課題解決のためのフレームワークに留まりません。それは、業界全体が共有するビジョンをもとに、協働を通じて新たな価値を創造するための道筋を示すものです。
これからも私たちは、鋳造業界が直面する課題に向き合い、地域社会や他業界とも連携しながら、持続可能な未来を築くための取り組みを進めてまいります。
参考文献
大杉謙太 (2024). 鋳物オープンイノベーション. ⽇本鋳造⼯学会 第184回全国講演⼤会
Kania J., & Kramer M. (2011). コレクティブ・インパクト : 個別の努力を越えて今こそ新しい未来をつくり出す. Stanford SOCIAL INNOVATION review (SSIR). https://ssir-j.org/collective_impact/