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やっと届けられた最初で最後のラブレター

とても穏やかな心地いい朝だった。昨夜の雨が嘘みたいに晴れ渡って、カラッとした気温で、陽射しが優しく差し込むホテルの部屋でいつものようにベッドからむくっと起き上がってシャワーを浴びる。日課であるyoutubeでビジネス系の番組を見ながら化粧をしていると母から電話があった。

「お父さんが遺書を置いて出て行った」

確かに母は私にそう言った。そんなことある?って思った。そんなドラマみたいなことってある?

「朝起きたら遺書がお父さんの部屋にあって、どうしよう。まさかとは思うんだけど」と母が言う。

「とりあえずすぐに警察に行った方がいい」

そう言って電話を切って、私は補助金のオンラインミーティングに出た。最近、私の仕事はと言うと補助金関係の申請やミーティングばかり。自分がなんの仕事をしているのかわからなくなる。ミーティング中に母から電話がかかってきていたけどひとまず、ミーティングに集中した。

「車が見つかったみたい」

ZOOMの画面越しに母からのLINEでこの言葉を見ていたので、ひとまず安心していた。ただ、これから父と母はどう過ごして行くかを一緒に考えなければならないなぁと思っていた。そして一通りミーティングを終えた後、電話を掛け直した。母はかなり弱気になっているようだった。

「お母さん、しっかりして!大丈夫だよ。」そう声を掛けた。そう言うしかないと思ったし、絶対大丈夫だと思った。

「うん、そう思うんだけど」か細い声で答える母。いつもの明るい母の声はそこにはなかった。

すると、母の電話の向こうから家の電話が鳴っているのが聞こえた。

「すぐ掛け直すね」





「見つかったって、、、遺体で、、海で見つかったって、、、」



この時の泣き叫ぶ母の声を、半狂乱に近い母の息づかいを私はきっとこれから先忘れることはないと思う。あの時の家の電話の音も何かを訴えるようなそんな響きに聞こえた。


2021年6月1日。私の父は「帰らぬ人」となった。自分の父親が自殺をした。信じられない。そんなことが自分の人生に起こるなんて私の人生どうなってるんだろう。本当に私の人生どうなってるんだろう。なんのサインなのか、なんのメッセージなのか。何を試されているのだろうか。

父と母は不仲だった。本当にずっと仲が良くなかった。必要なこと以外は話さないし、もう随分2人で笑うということをしていなかった。離婚したり、別々に暮らすという選択はあった。でも私の両親はまさに昔の人間で、当時の時代背景もあったし、世間体を気にして 不仲だったけれど随分と長い間不仲のまま一緒に過ごしてしまった。そしていつもの間にか「別れるタイミング」を完全に失くし、お互い歳を重ねてしまった。気がつけば父も母も70歳近い歳になり、ここのところも決して仲は良くなかったが今更、この段階で別れるだけの体力、気力、勇気、忍耐、費用、諸々を持ち合わせていなかった。そして関係は修復されることのないまま父は自らその生涯を閉じた。

71歳で自らその人生の幕を閉じた父の人生はどんな人生だったんだろう。ドが付くほどの真面目な人で、お酒・タバコ・ギャンブル・女・全てに無縁の人だった。ここ最近は身体もいたるところが悪くなる一方で、。どんどん痩せていて、苦しそうだった。でも一つだけ思うのは、父はとても不器用にたった1人の人(母)を深く愛し続けた人生だったのかもしれない。だって

父の遺書は母への心のこもったラブレターだったから


父が残した遺書は、誰が読んでも苦しくなるほどの母へラブレターだった。出会った頃のこと、母と結婚できると決まった時のこと、私たち娘が産まれた時のこと、あの頃は嬉しかった。幸せだったと綴っていた。そして家のこと、子育てのことを任せっきりだったことを後悔していると反省の言葉もあった。

そして手紙の最後にこう綴っていた。

「また、もう一度生まれてくるんだったら、○○○(母の名前)を女房として選ぶかと問われれば、俺はイエスである。」


父は母のことを本当に愛していたんだ。そして自分の人生を愛していたんだと思う。不器用すぎてあまりにも自分の気持ち、本当に思っていること、それらを言葉にすることができなかった父だけど、それでも全身全霊で生きることを渇望していたしそして深く母を愛していた。

本当は愛している。大切に思っている。もっと素直にお互いのことを話そう。くだらない話だっていい。一緒に笑おう。腹が立つときは腹が立つんだ、嬉しいときは嬉しい。迷惑をかけたらごめんなさい。してくれたことにありがとう。

そう伝えることがそれが実践できていたら生きている間にできたらどんなに幸せだっただろう?と思う。そのことを思うと涙が溢れてくる。でもだからこそ

どう生きるの?

それを問われている気がする。どう生きるの?そう問われれば、自分の人生を愛する。そして愛している人にこう伝えようと思う。

嬉しいことは嬉しいと。悲しいことは悲しい。苦しいときは苦しい。楽しいときは一緒に笑って、愛していると。大切に思っていると。あなたがいてくれることが幸せですと。

ねぇお父さん。きっとその気持ちお母さんに伝わっているよ。やっと言えて良かったね。やっと届けられたね。最高のラブレターだったよ。ありがとうお父さん。そっちで、楽しくゴルフしながら待っててね!!



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