虫
私は虫が苦手である。怖いと言った方がいいかもしれない。人間の居住区域に虫は立ち入るべきではないと考えている。だが虫は「人間の居住区域に立ち入ってやろう」と考えて部屋に入ってくるわけではない。虫の脳は小さく、意志を持つことはないからだ。ただ移動した先が人間の住む部屋だっただけのことだろう。私もそれは分かっているが、見つけてしまったからには退治しなければならない。繰り返しになるが私は虫が苦手であり、恐怖すら感じるので、同じ部屋で共存することなど到底できないのである。
一人暮らしを始めて三年ほど経つが、部屋にそれなりに大きい虫が侵入したことが二度ある。一度目はゴキブリで、もう一度はカメムシだ。その二度は一人暮らしを始めたばかりの頃で、対策が万全ではなかった。現在は対策を徹底しているため、もう二年以上、部屋で虫を見ることはなくなった。
ゴキブリが出た日は大きな台風で荒れた天気だった。おそらく風に飛ばされたゴキブリが、五階にある私の部屋のベランダまで飛ばされ、エアコンの室外機や通気口などの外と繋がる穴から部屋に侵入してきたのだろう。発見したのは夜更け頃だった。眠ろうと電気を消しベッドの上に体を横たえてしばらくすると、カサカサと何かが蠢く音がした。しばらく音が続くので電気をつけ、頭を起こすと、正面の壁の上方に焦げ茶色のヤツの姿があった。とにかく大きかったのを覚えている。後にも先にも自分が見たゴキブリの中で最も大きいサイズだった。強い不快感と恐怖を感じ、リラックスできるはずの部屋の空気が剣呑なものに変わるのが分かった。鼓動が早くなるのを自覚しながら、私はしばらくただその姿を見ていることしかできなかった。三〇分から一時間ほど、じっと観察していた気がする。汗が噴き出ていた。段々と見慣れてきて、そろそろ退治しなければと思って立ち上がり、雄叫びを上げて自らを鼓舞しながら、箱ティッシュを片手に中腰で近づいていった。間合いをゆっくりとじわじわ詰めていく。さらに三〇分から一時間ほどのこう着状態が続いた。右手に持ったティッシュの箱で、ヤツを叩き潰すイメージを何度もした。失敗は許されない緊張感の中でやがて腹を括り、手首を上手く使って力を入れつつコンパクトにスイングした。声を上げながらさらに二、三回叩きつけた。確かな手応えがあった。あんなに大きかったのに、息絶えているヤツの姿は、驚くほど小さく丸まっていた。退治するのに二時間以上を要して私は疲れ果てていたが、興奮しており全く眠れずに夜が明けていった。
カメムシが部屋に侵入した日は茹るような暑さだった。あまり面白くないのでカメムシと格闘した話をここで書くつもりはない。ただ、カメムシを決して部屋に入れてはならないことは強く言いたい。退治した後も強烈な匂いがしばらく残るので、生活に支障をきたす可能性が高いからだ。
季節は間もなく梅雨になり、もうすぐ夏がくる。今年も虫が部屋に入ってこないよう気をつけて生活したい。
読んでくださり、ありがとうございました。 今後より充実したものを目指していきます。