自然の中に生きている実感



 ファガス着が13:50くらい。
この間に偶然遭遇した故障車のトラブル対応で予定は大きく変わったのでございます。
 車が故障して立ち往生の老夫婦に遭遇したのが東コース入り口から10数キロ入った所で、電波が立ってなくて電話が使えない。
JAFと息子さんへ連絡すべく、電波が立つ場所まで引き返すか先へ進むか迷ったが時間の余裕の無い旅程であったので先へ進んだ。結果的にこの判断が仇となる。
見晴らしの良い場所で止まる事数回でやっとアンテナが立った。
通話履歴で確認すると現場から走る事50分距離にして10数キロでやっとJAFに情報を連絡。息子さんの留守電にメッセージを残して取り敢えずファガスを目指す。
ファガス直前で息子さんからの折り返し電話があり事情を説明して一先ず安心。
ファガスで東へ向かう車を止めては東コースまで行くか問うてみるが捕まらない。
どうする、俺。
このまま西へ抜けるのか?
駐車場から道に正対して、スタート合図を待つライダーの如くしばし考える。
右か、左か。
 このまま悶々とした気持ちで林道を西へ抜けてツーリングを続けて何が楽しい?
ええぃっと左へ出て、来た道を東へ戻る。西コースを出て東コースへ入って、ひたすらアクセルを開ける。クネクネ進むうちに往路のナビの軌跡から微妙に外れている様に見えるが気のせいか?そんな分岐あったかな?
そのうちナビの軌跡は完全にスーパー林道を外れて北へ向けて山を降りている事を示すが、もう戻るにもかなり下山しているから休憩がてらこのまま一旦下山する事とし、近くの道の駅に着いた時には午後3時を回っていた。
まぁまぁ走ったなと休憩し、もう東コースへ戻るのは止めようかという気持ちになりかけたところに電話が鳴る。「徳島警察ですが藤原さんでしょうか?」曰く、老夫婦の居場所が特定できておらず行方不明の状態らしい。マジか…ワシの説明が悪かったか…
地元警察だけあって説明すると現場は理解してくれた様子だったが、老夫婦が3時間近く孤独と対峙していると思うと罪悪感300%。
来た道を戻れって事か。
 時刻は午後3:30。帰りの時間を気にしなければ、降りて来た道を辿ってスーパー林道に戻って現場へ向かう時間は充分ある。
ここは戻る一択。
さて来た道を戻ろうとするのだが、迷って降りて来た土地勘のない山道。なんと来た道に戻れない。迷って右往左往しているうちに、山の尾根まで上がれそうな「林道〇〇何ちゃら線」という看板が立った脇道のローカル林道が現れた。
ワンチャンこれでスーパー林道へ戻れるんぢゃね?ワンチャンに賭けてしまうほど頭も身体も疲れていた。
谷沿いのローカル林道へ入って5分ほど走っただろうか、頑張ったら越えられそうなまぁまぁな崖崩れが道を完全に塞いでいて思わず停車する。左の谷底は絶壁でガードレールも無い。さて、目の前の大きなガレの山は、大量の雨が作った数本の深い谷が斜めに走っていて中々手強そうだ。
見える範囲のその先には綺麗な林道が続いている。
「こいつをやり過ごせばきっと…」
突っ込んで谷山に刺さっては止まる。摩耗が進んで寿命末期のブロックのショボいオールマイティタイヤはガレ場の岩を悪戯に掻くだけでマシンを前へ進めてはくれない。
ズリズリ空転して潜って行く後輪。お手本の様なスタック。ユッサユッサしながら後輪の下に岩を突っ込んでは谷山を乗り越える事を繰り返すがマシンはジワジワとズリ落ちて谷側へ寄って行く。底は数十メートルはある。バランスを崩して谷側へ倒れたら終わるのでマシンの右側に降り立って脱出を試みるが、トラクションが掛からずズリズリと尚更滑って谷へ向かって横滑りする。
何分闘ったのか、マシンを全力で押しながら脱出。
やれやれ、抜けたは良いが、退路を断たれた気がする。とてもそんな気がする。
 迷わず行けよ行けば分かるさ、だってこれは既に道。
何かを信じて突き進む。
道は徐々に、確実に、ガレて来る。
止まったら登れないガレ場を何度か乗り越えてを繰り返し、山の頂が少しずつ大きくなって来る。
九十九折りのカーブを立ち上がると、一際大きな岩のガレ山とそこへ大雨が作った谷山の壮大なコラボレーションが目の前に広がった。それは先の見えない次のカーブまで数十メートル続いている。
瞬時にクリアするルートを見極めて思い切って突っ込んでを何度繰り返したか。ついに谷山にフロントを取られて谷側へマシンが向きを変えて飛んで行きそうになって、たまらずマシンを右へ倒す。
リアボックスが割れるバキバキという音と、ハンドガードがバキッと一撃で割れる。タンクは無事か?ブレーキレバーは?ブレーキペダルは?幸い主要パーツは一切ノーダメージだ。
一回落ち着こう。
燃料コックを閉めて、歩いて先の様子を見に行くと、どうやらブラインドコーナーの先もこの調子の様である。
見上げれば少し先にある頂まであとどれだけこんな状況が続くのか…この数十メートルをクリアしても悪路が終わる可能性は限りなく少なく思われた。
仮に頂に到達できたとしてもその先にスーパー林道はあるのか?繋がるまでにガレ場下りがあるやも知れない。
時刻は午後4:30を回ろうとしている。
日没までにスーパー林道に辿り着ける確率は奇跡的な数字だと思われるが、戻るにも、今がまさにタイムリミットだろう。
勇気ある撤退。
ヘルメットもジャケットも脱いでメッシュジャージで汗だくで方向転換。
ガレガレ過ぎて跨ることもできないまま路面が見える所まで押してくだる
 この感じは、あれだ、チャリのノーマルクランクのロードバイクで激坂登ってて最ローギアでも進めなくなって足着いた後にどうやって乗車再スタートすんねんってヤツやん。
そんな懐かしい感覚が脳裏に甦りながら、さっきまでと違って、下りは乗ってなくてもマシンは前へ進められるが、いかんせん足の踏み場がまともでないので人間が前へ進む方が難しい。
下手にマシンを倒せば鋭利な岩がタンクに刺さって終わる可能性も充分あるので、必死のパッチの汗びっしょびしょでなんとかマシンに跨って再スタートできる場所に戻った。
さぁ戻ろう!
日没までに、あの崖崩れの場所までは楽勝で間に合うだろう。
 さっきまでのガレガレを経験するとガレ場の耐性が付いて可愛いくさえ思えるガレ場を何度か越えながら下ってラスボスの崖崩れまで戻って来た。
一旦止まったら気持ちまで止まりそうで、斜めに走るガレ山の谷に対してできるだけ直角に、崖側ギリから山側に向かって根性一発一気にアクセル開けてアプローチする。
モトクロスの連続コブ越えるみたいに山谷の山だけバンバンバンと弾きながら華麗に通過するイメージだったが、道幅が狭くてアプローチ角度もスピードも足らなくて、見事に山にフロントが突き刺さって脚の間でマシンが大暴れ。
モトクロスごっこの経験はあったし、ダブルジャンプやコブの頭を全開で駆け抜けた事は何度も妄想してたのだがな。
妄想族系モトクロスライダーだったし、そもそもモトクロスブーツも履いてないから、足首以下でしか身体は固定できてないので暴れるマシンで内膝🦵シコたま強打しながら、それでも何とか刺さっても止まらずに通過できるだけの速度は出てた様で辛うじてクリアに成功。生存確率が爆上がった。
 遭難を回避できた安堵感満々で「もぉー帰る」を一人連呼しながらジャケットを着て、山を降りて、自宅を目的地にセットして帰路に就く頃には辺りは薄暗くなり始めていた。
「爺さん婆さん御免なさい。きっと無事に保護されてるよね」と願いながら走っていると、目の前に見覚えのある大きな道表示看板が現れた。
「スーパー林道→」
こ、これは!正に昨年スーパー林道へ向かうべく通った道で間違いない!
完全に帰路モードだったはずが、ほとんど条件反射の様に山へ向かって走り始めた。
間違いなく日は落ちるし、老夫婦も故障車ももうそこにいないだろうと思う、いや、そう願う。それが確認できればそれで良いではないか。
薄暗い舗装林道をヘッドライトハイビームにスポットライト強で点灯してガンガン開けて突っ走る。
数メートル先を鹿が横切る、狸が走る山道は入り込むほどに暗さを増してすっかり夜道になっている。
いつまでも続く舗装林道をひた走る。
本当にいつまで続くんだと、
もう飽きたぞと、
気の抜けない夜の林道にゲンナリして来た頃、遂に見覚えのあるスーパー林道へ戻った。
「もぉ帰れる、こんどこそ本当に帰路に就いたぜよ」
 待ちに待ち過ぎたスーパー林道に戻って、なんとなく見覚えのある道の風景にいちいち安堵しながらも、目の前の道に全集中していてどれくらいの時間が経過したか、「確かもうそろそろ現場に近いな」を何度か繰り返した頃に、突然ヘッドライトの灯りの中にぼんやりと軽自動車の姿が浮かび上がった。
故障直後に遭遇した時には、通過する車が辛うじてやり過ごせるだけのスペースはあったものの、道を斜めに塞ぐ様に立ち往生していた故障車は、JAFが牽引できずに移動だけしたのか、通りかかった一般人が移動したのか、道の端に移動されている。
いずれにしても、車が移動されてその場に残されているという事は、人間は間違いなくレスキューされているという事になろう。
車の近くまで来るとフロントガラスに何やら貼り紙の様な物が見える。
側まで行ってみると、一枚ちぎった手帳の紙に見え難い鉛筆で「故障車」と書いてワイパーに挟んであった。
その紙切れは、息子さんの連絡先と爺さんの名前等を書いて自分に託された紙と同じ物だ。自分が託された紙にはボールペンで書いてたと思うが、何故に鉛筆?笑
と不思議に思って、ふと違和感に気付いた。
あれっ?
この車、、、
 この車、、、
こんな色だったかな?
綺麗な黒だった様な記憶だったが、今、目の前にある車はどちらかと言うと深めのマットグリーンっぽく見える。
光の加減?
一歩引いて全体をまじまじと見て全身が硬直した。
えっ何?どゆ事?いやマジか、嘘、マジか、、、
車は表面に薄っすらびっしりと苔をまとっている。確かに天候は下り気味の様で何となく湿気が多い気はするが、半日でこんな事になるはずがない。
ワイパーに挟んであった紙が見え難いと思ったのも当然で、車の屋根やボンネットには枯葉が載っている。「故障車」のその紙のヘタリ具合もありえないと思って顔を近づけると、その文字は鉛筆で描いてるのではなく、ボールペン字のインクが枯れて薄くなってるだけの物ではないか!
狐か狸か霊体験か、現実に世にも奇妙な現実にブチ当たると、人間は意外と恐怖を感じないらしい。
 みたいな話だったら怖いけど、そんな事は無くて良かたと胸を撫で下ろしつつ、老夫婦の(恐らく)無事を確認して、もひとつ胸を撫で下ろし、帰路を急ぐ事にする。
 程なくしてスーパー林道を出ると、谷川を渡る橋で一旦停車。坂出までの貧乏下道コースが頭に入っている筈も無くケータイのナビで自宅を設定する。
車載しているポータブルナビの方は相変わらず詳細道路を表示していないが、電源オンオフを勝手に繰り返していた直近数ヶ月と比べれば、広範囲での位置が確認できるだけで有り難い。
 さぁ今度こそ帰路に就いたぜ。
大通りに出てすぐの道沿いに交番があって数人の警官の姿を確認したので、故障車の顛末を聞いてみようかとも思ったが、時間を取られるのも嫌なので迷いながらスルーした。
適度に曲がりくねった綺麗な道をナビに従って快調に急ぐ。
山間のクネクネセクシー道路を通過して市街地へ入ると、ドッと疲労感に襲われて道沿いの閉店した道の駅に雪崩れ込む様にピットイン。
自販機の飲み物で糖分補給。よく考えてみれば、今日口にしたのは昼過ぎのJAFに電話しながら食ったパン一つだけだ。そりゃ疲れる。
時刻は19:00になろうとしているがまだ徳島の真っ只中に居る、という信じたくない現実を一人ひしひしと噛み締めながら暫くボーっと休憩していたが、出発する気力は一向に湧いて来ない。動かないことには帰れないので、心と身体に鞭打って愛機に跨がった。
再スタートと同時にゴーグルを水滴が叩く。
神様、私は何の罪を犯したのですか?
そうです、自我の欲求を満たす事を優先して岡山マラソンを走るランナーの応援もせずにソロツーに出掛けたのは私です、どうかご慈悲を。
まぁまぁの雨粒がゴーグル越しの視界を悪くしてペースを上げられない。
 ゴーグルに付着する雨粒をグローブで拭きながらの走行は、対向車の無駄に明るいヘッドライトやフォグランプの光を乱反射して、目の前の路面の状況の目認を妨げるどころか視界を極端に遮ってカーブなど走れたものではない。
心も身体も疲れ切っているところで、ナビ音声が左折しろと言った交差点を直進し、Uターンして戻る。
この時に確認したのは大雑把な車載ナビの方だった。
ここからケータイのグーグルナビは帰路の再検索をかけたと思われ、気が付いた時には、東は鳴門方面の海沿いまで大回りするハメになる。
交通量の多い中途半端な街中を前が見えずに走るのも御免だし、引き返す気力も無い。夜の雨の四国ソロツーリングを全身で味うぉーちゃるわって境地に入っていた。
これで瀬戸の大橋が風で二輪車通行止めとかだったら自分史の伝説級ツーリングだ。
その場合には、しまなみ街道まで行くのか?そうなったら明日は休暇だな。
頭の中は妄想がグルグルと渦巻いていて、もう夢なのか現実なのかもどうでもよくなって思考回路はバグっている。
 山行三昧の後、力尽きそうで雪崩れ込んだ閉店後の夜の道の駅からずっと地味な雨の中の走行。その再スタートから僅か30分程であまりの集中力散漫さに危険を感じてコンビニストップしたのがこのツーリングで最後の休憩。
そこから帰宅までノンストップで走り続けて、帰宅したのは23:30。
何とか日付けが変わる前にゴールインしたのは『大変、良く出来ました』が、こういう計画性の無い無茶苦茶な行動癖は10代の頃から40年を経た今も全く進歩していない。
終わり良ければ全て良し。
我が愛機もスーパー林道に入る前に満タンにしてから帰宅までリザーブにも入らず満タン〜350kmは立派な数字。これがbriskプラグの効果か。
 安堵と疲労感に同時に抱かれながら、汗だか雨だか分からない湿ったジャケットを脱いで、カード決済のレシート提出という重要業務の為にポケットから財布を引っ張り出す。
あー、この中に爺さんから託されたメモ用紙入れとるなと思いながら財布を開いて目に入って来た物がこちらになります。

みたいな話だったら面白いなというお話でございました。
長らくのお付き合いありがとうございました。
 


いいなと思ったら応援しよう!