池松壮亮が良い
シンカメで池松壮亮が好きになった。顔が良い。イケメンだとか男前だとかそういう意味での良いじゃない。なんか良い。目黒蓮や吉沢亮みたいな顔の造形が優れていて良い、という類ではない。なんとなく良いのだ。吉沢亮はバリごっつイケメンだが「なんとなく良い」とはならない。
そもそも個人的に池松壮亮は正統派イケメンではないと思う。人の顔を真面目に分析したことはないが、役者向きの顔というのか、イケメンも変人も悪人も善人も何でもできるような顔であるような気がする。
人間性も要因の一つではある。NHKのシンカメのドキュメンタリーに垣間見えた、彼の芝居に対する真摯かつ極めて人間らしい苦しみは非常に面白い。funnyではなくinterestingである。しかしながら、彼の魅力は人間性ならではのものではない気がする。
今まで自分が好きになった俳優には明確な理由があった。顔が好みとか芝居が上手いとか声が良いとか。しかし池松壮亮は明確で決定的な根拠がない。ただただ「なんか良い」この根拠不明な感情は新鮮だ。
人が人を好きになるのはなぜなのか。ましては彼は赤の他人である。きっかけもシン仮面ライダーの主役だっただけで、贔屓目というものも無い。
こう段階的に考えていくと、「好き」という感情の原理そのものをひっくり返してみなければならない。この場合は自分に何かしてくれた、助けてくれた、相手が自分のことを好きになった反射で好きになった、こういう類の原因ではない。
もしかしたら一目惚れに近いような気もする。3時間と少しの間、この短い時間に僕は池松壮亮に惚れた(恋愛ではないが)のかもしれない。しかし一目惚れの経験がない逆張りのガキである僕にとって、一目惚れというのはDNAに基づく電気信号による現象である。いや、そもそも「好き」という現象自体がこれに当てはまるのではないだろうか。では我々が抱いている、生きていく上で必要不可欠なこの感情は結局運と環境によるものなのか。そうなるとなんとなく、人生が空虚になるように感じたのでそろそろやめようと思う。
とにかく、池松壮亮は何となく良い。この不思議な感覚は大事にしたい。いつかこの「好き」というテーマで映画を撮ろう。主役はもちろん池松壮亮だ。
人様の顔を上から目線で語った僕の顔は、友達いわく戦メリで日本軍に殺される韓国人に似てるらしい。
非常に不服だが確かに似ているかもしれない。