生まれつきバリア(短編小説)
僕は産まれた時からバリアに守られている。
これは決して比喩ではない。文字通りのバリアである。少年漫画の主人公が出すような奴が、生まれつき僕の周りを囲っている。
バリアは固く、触るもの全てを吹き飛ばす。だから誰も近寄らない。ちなみに水もしっかりバリアするので、シャワーは浴びられない。
不思議な事に自分から他のものに触れるのは可能なので、髪は自分で切っている。風呂も普通に入れる。なので体は清潔なのだ。だからといって、近寄ってくる人はいないが。いや、近寄ってこれないのだ。
学校ではバリアに一般生徒が触れると危ないという理由で、隔離されて授業を受けていた。やがて学校には行かなくなった。行っても面白くないから。
やがて部屋から出なくなった。いや、部屋の中でもベットから動かなくなった。自分で自分を入院させたのだ。
両親は僕を心配して外に出そうとした。無理やり部屋に入り、僕を説得しようとした。しかしその時、僕のバリアがもっと強くなった。これまでバリアは、僕の周り20cmに近づけないようにしていた。しかし、この時から僕の周り2mにバリアが貼られるようになった。新しいバリアの力で、両親は部屋の外に吹き飛ばされた。その日から、僕は本当の意味で一人きりになった。
両親は食事を持ってこなくなった。いや、持ってこられなくなった。空腹に耐えかねた僕はバリアを伸びた爪で削った。大きく削られたバリアを口に入れると、なんの味もしなかったが腹は膨れた。僕はその日からバリアを食べて過ごした。どんな栄養素が含まれているかは知らないが、そのおかげで死ぬ事はなかった。
僕は自分のバリアがどんどんと大きくなっている事に気付いた。半径2mから4mに、4mから8mにと、どんどん守る範囲が広がっていった。僕自身過剰なセキュリティだと思ったが、もはやそんな事どうでも良かった。
僕は段々とバリアを広げる事が楽しくなっていった。まるで陣取りゲームを遊ぶように、僕はバリアを拡大させた。
これまで何も面白いと思わなかった。部屋の中では眠るか天井を見るだけだった。自分の心は震える事なく死んでいくのだろうな、と思っていた。
しかしバリアを広げる事にハマってからは違った。どうやったらバリアが拡大されるか考えた。法則を見つけようと、毎日違う行動をとった。結局分かった事は、気持ちが落ち込んでる時にバリアがでかくなるという事だ。
僕はもっと落ち込みたいと感じた。そこで、わざと就職の面接予定をいれていた。バリアを持っている人間が受かる訳がない。そもそも、面接官はバリアの力で彼方遠くに行ってしまっていた。こうして面接に落ち続けて、落ち込む事によってバリアをデカくした。
バリアは順調にデカくなっていった。いよいよ大きすぎて、サイズ感は分からなくなっていった。けどバリアは広げれば広げるほど面白い。
僕は人生が楽しいと感じ始めていた。
ある日のことだった。いつものようにバリアをデカくしていた。その時だった。急にバリアが大きな音を立てた。閃光弾のような音が響き終わると、真実が明らかになった。右端と左端のバリアが、地球一周してくっついたのだ。バリアがケースのように、地球をすっぽり被せたのだ。
スペースデブリや隕石から地球を守る事が出来る、と翌日のニュースでは言われていた。しかし巨大バリアの最大の欠点は、全ての人が守られているのだ。バリアという風呂敷の中には地球の生き物全てが入っている。僕を守るものはなくなってしまったのだ。
しかし気分が良かったのは、多くの人に感謝された事だ。バリアがくっついた直後、隕石が地球に落ちる軌道で移動していた。けれどバリアがそれを弾いた。僕はいくつかの国から勲章をもらった。
けれど生活は荒れていた。親の飯を食う生活に逆戻りした。生活に彩りはなく、天井のシミを数える日々が続いた。
僕は人生で初めて退屈だと感じた。楽しい事を知ってしまったからだ。それがなければ退屈なんて感じない。あまりに退屈だった僕は、外に出る事にした。
この後の僕について少し報告しよう。僕はやっとの思いで見つけたアルバイト先で働く事になった。在宅勤務ではあるが、サボるような事はしなかった。
そして全ての人がバリアの中ということもあり、今は他人が近くに来てくれる。両親や宅配の人など、僕と話してくれる。それがとても嬉しい。
僕はバリアに囚われて生きていた。これからもそうだろう。しかし、少しだけ生きる事に意味を設けられた。それだけでも、貴重だったと言わざるをえない。
これからも僕はバリアと共にある。けど僕をどうしていくは僕次第だ。僕からバリアの外に出なければいけなかったのだ。汗水垂らして働き、僕はようやく気付いたのだった。
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