見出し画像

鳩以外(短編小説)

「鳩以外!?」用品店の店主は驚きを隠せなかった。目の前のマジシャンが、帽子から鳩以外のものを出してみたいと言い出したからだ。

店主は、いわゆるマジシャン用品を扱う人間だった。トランプマジックから人体切断まで、この店で揃わないマジックはなかった。もちろん、鳩も。しかし、目の前のマジシャンは、帽子から取り出すものを、鳩から変えたいという。こんな事を言う人間は、店主は初めて見た。

「いや、うちでは基本的に鳩以外置いてないよ…。鳩は小さくて賢いし、攻撃力も低いから万が一の時も安心だし。正直、鳩以外は無謀だよ。」

「ダメなんです。鳩はトラウマがあるんです。鳩が飛び出したせいで、ネタがバレてクビになったんです。どうか、何とかしてください。」

青年は、訴えかけるような目で店主を見た。店主は、これからのマジック界を担う若者ノゾミ頼みということで、断りづらかった。それに何より、元来頼み事を断るのが下手な性格だった。店主はため息をついた。そして、こう言った。

「分かりました。ここに電話番号を書いてください。いいものが仕入れられたら、こちらから連絡します。」

その日から、店主は大忙しだった。マジックのタネを作る職人を何人も訪ね、良いものはないかと探した。鳩のマジックは、仕掛けとしては単純だ。鳩を袋に入れ、帽子か懐に忍ばせて良き頃に出すだけだ。口で言うのはとても簡単だが、やると難しいマジックで、下手なマジシャンはあの若者のようになってしまう。しかし、懐に入れて大人しくしていられる動物なんて、鳩くらいだ。小さくて、賢くなくてはならない。せめて、帽子に入るくらいは小さくなくては…。

途方に暮れた店主が最後に訪れたのは、個人でやっている職人のところだった。どこにも属していないので、かなり無茶を聞いてくれる所だ。しかし、そこでも断れた。

「あのなあ、俺は忙しいんだ。子供も産まれたばかりで稼がなくちゃならないのに、くだらない話を持ちかけるんじゃない!」

「その時、店主はひらめいた。「なあ、ここで1番でかい帽子をくれないか!それと、貸して欲しいものがあるのだが…。」

店主は若いマジシャンを呼びつけ、計画を教えた。マジシャンは、そんな事をして大丈夫かと聞いたが、店主は大丈夫と太鼓判を押した。マジシャンは、翌日のステージで試して見る事にした。

ようこそ皆さん!さて、この帽子は空ですね。今からある生き物を出してみたいと思います。鳩じゃありませんよ。」

マジシャンは帽子を取ってみせた。帽子の中は二重ポケットとなっていて、中に仕込んであるのだが。観客は何が出てくるかと、ジッと帽子を見つめた。声をあげているのは、泣いている赤ん坊くらいのものだ。

「行きますよ、3、2、1!」

マジシャンが良き頃に出したのは、なんと人間の赤ん坊だった。あの職人の赤ん坊を、借りてきたのだ。泣いたとしても、見てるものは客の誰かの子としか思わない。まさに、完璧なマジックだった。倫理的な部分を除いては。

翌日、新聞では凄まじいバッシングが行われた。だが、マジシャンにとって良い事もあった。これを機に、鳩のマジックも見直される事になったのだ。鳩を超時間閉じ込めるのは、人間的ではないという声が上がったのだ。

「良かったですねえ、鳩を二度と出さなくても済んで。」店主はマジシャンに、皮肉混じりに言った。マジシャンは苦笑いをしながら、次のマジックについて考える他なかった。

いいなと思ったら応援しよう!