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アレルギーと元恋人(短編小説)

「ばえくしょい!ああ!もう…。」

ずびずびと鼻を鳴らしながらティッシュを求めて彷徨う姿は、壊れたラジコンカーのように見える。

僕の恋人が突然花粉症になって数日が経つ。ある日目を真っ赤に腫らして帰ってきたと思うと、ギャグ漫画のように鼻水を垂らすようになった。僕は花粉症になった事がないので、どれほどの苦しみかは分からない。しかし、鼻が擦れて血が出るほどに鼻水が出るというのは、中々に辛い状態なのだと思う。もし自分が花粉症になったら、辛さのあまり壁に頭を打ちつけて、死んでしまうかもしれない。

「花粉症はある日突然なるものなの。体内に花粉が蓄積されて、その量が一定以上になると花粉症になるの。」

「へえ。詳しいね。」

「花粉症になってから調べたのよ。インターネットでね。」

「なるほどね。」

僕らはたわいもない話をしながらテレビを見ていた。彼女は机の上にティッシュの山を作っていた。その山は段々と高くなっていき、やがて崩れた。僕はそれをいそいそと拾った。彼女がくしゃみをするたびに、ティッシュの山はまた積み上がっていった。

春が終わる頃、僕らは恋人同士ではなくなった。お互いに何となく、もう終わりだろうという雰囲気が漂っていた。恋人が部屋を出ていく頃、花粉の季節は終わっていた。それなのに目を真っ赤にしながら部屋を後にする元恋人の姿は、僕の胸から離れなかった。

僕は1人でそれなりに生きていた。自分で飯を作る事も、洗濯をする事もできた。なんとなく、部屋を綺麗に維持しようと思った。なので、毎日のように掃除した。ゴミが溜まる事はなかった。自分の物も整理した。部屋がガランと広くなった気がした。まるで何もないように。

元恋人と再会したのは冬の訪れを感じる季節の中だった。別に気まずくはなかったが、今更何を話すのだろうと思っていた。表面を撫でるような会話が続いていた。僕は早く家に帰って掃除がしたかった。

「結局のところ。」

元恋人が言葉を切る。軽く息を整えて話を続ける。

「結局のところ、花粉症と同じなのよ。」  

「何が?」

「嫌な所やら気になる所がどんどん蓄積されていって、ある日突然アレルギーになっちゃうの。」

「なるほど。君は僕に対してアレルギー反応持ちなんだ。」

「うん。ある日突然そうなった。それで出ていったの。」

「けど今はこうして話せてるじゃない。」

「薬を得たのよ。新しい恋人っていうね。」

「そりゃあ、だいぶ強めの薬だ。お大事に。」

元恋人を駅まで送って、家に帰る。僕は部屋の掃除をやめた。必要最低限の掃除しかしなくなった。使用済みティッシュがどんどん積み重なる。それが崩れても、僕は積み上げた。ティッシュをひたすらに、積み上げた。

けれどある日を境に、全てどうでもいいと感じるようになった。部屋の掃除も再開した。ティッシュの山は全て捨てた。

部屋がガランと広くなる。その中心に座ってみる。とても穏やかな気持ちだ。アレルギー反応が取り除かれたような気持ちだ。僕にとっての薬は時間と掃除の組み合わせだったのだ。

花粉症の薬があるように、物事にも薬はある。しかし医者はいない。だから自分で最適なものを探し当てていくしかないのだ。

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