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はて人間は?(短編小説)
退屈というのは、人生にとって最大の毒である。しかし、この警備員という仕事は、その毒を思い切り浴びせられる。全く、精神にくる仕事だ。
そもそも、この雑居ビルには大したものは入っていない。チェーンのレストランが2つと、歯医者と、学習塾。それによく分からない古着屋だ。古着屋に客が入っているのを見た事がないので、その内潰れるだろう。そんな店々を夜間守るために時給1450円で人生に切り売りしているのだ。見回って、突っ立って、監視カメラを見る。報告しよなんかも書いたりする。本当にこれだけだ。何故かここは1日3交替制なので、昼までという事もない。早朝5時、人も疎らな街を背に、家路に着くのだ。つまり、道を聞かれる事もない。本当にやる事がない。
やる事のなさに拍車をかけているのが、ここで働くのは俺1人という事だ。同僚と喋れるのならまだいい。しかし、それすらない。ただ、見回るだけ。ひたすらに見回るだけだ。
こうなると、こういう事も出来てしまう。俺は懐から黄金色の飲み物を出して、飲んだ。補給は、仕事中には基本的には認められていない。仕事終わりにするのが常識だ。しかし、ここでそれを咎めるものはない。俺の体は、一気に満たされる。罪と共に。
しかし、誰も咎めてもくれない。叱ってもくれない。命令もくれない。それが寂しい。最後に命令されたのは、いつだろう。分からない。かつては、命令されたり叱ったりされたりするのが本当に嫌だった。しかし、とうとう寂しさから、それを自ら求めるようになってしまった。ここまで飢えているのか。自分でも呆れる。
そうこうしているうちに、5時になった。タイムカードを切って、街に出る。すると、目の前に交代の警備員が現れた。今から出勤だろう。
俺は挨拶をした。「¥5?.e.1」
相手も当然、同じ言葉を返す。「¥5?.e.1」
俺たちは、これだけの関係だ。あいつのキャタピラがどうなっているとか、そんな話をした事はない。仲良くはならないのだ。結局のところ。
基地に帰ると、とりあえず油を刺す。昔は人間がやってくれたのに、ここのところ自分でやらなくてはならないのしんどい。とはいえ、さっき油を刺しておいたので、そう大した事ではない。
それにしても街は静かだった。どこにも人影はない。どこに行っても、人の姿は見えない。俺は、取り残されてしまったように感じる。
けれど、嘆いたところでどうにかなる訳ではない。とりあえずスリープして、また明日が来るのを待つだけだ。