【いらっしゃいませ‼︎ またお越しくださいませ⁇ 13】
やり過ぎです、暴行罪では?
村岡紗奈は衣料品と雑貨販売の企業の正社員。
紳士服事業部に所属し、現場である紳士服店で勤務している。
紗奈の担当は基本、レジカウンター業務全般と、店舗の経理事務、総務で、店の金庫番的役割だ。
冬の繁忙期。
休日ということもあり、店内は朝から激混みだった。
販売員は常に接客中の状況で、休憩に入る時間もまともに無かった。
紗奈のいるレジカウンターもフリーのお客様(接客不要の商品購入者)が列を作って会計を待っていた。
紗奈がレジ操作をし、レジ担当として雇っていたパートさんが紗奈の補助に回り、対応をしていた。
店にはベテランパートさん(50代)が複数いる。
その内の1人、安藤がレジから少し離れたところで紗奈に声を掛けてきた。
「村岡さん、こちらのお客様、お願いします」
お客様の手には陳列棚から持ってきた状態の折り畳まれ、透明のビニールに包まれた、メーカーから入荷した状態のワイシャツがあった。
レジも激混みでお客様が常に10名近くも並んでいる状況。
ワイシャツを持って、安藤に案内されてきた男性客は、50代半ばくらいで、列に並んでいるお客様を無視して、割り込む形で紗奈に無言でワイシャツを差し出して来た。
列に並んでいる男性客たちは、その様子に舌打ちする人、「なんだよ〜」と呟く者、睨む者がいた。
紗奈は順番に会計をしながら、ワイシャツを手にした男性にお願いした。
「申し訳ございませんが、列にお並び頂けますか?」
ワイシャツの男性は、一旦、引き下がったが、数分もしない内に、割り込む形で、また紗奈にワイシャツを手渡そうとする。
紗奈は再度、他のお客様の会計をしながら「申し訳ございません、ご順番に会計させて頂いてますので、お並び頂けますか?」と言った。
紗奈が次のお客様の会計をしようとした瞬間だった。
「もう、いらねぇ‼︎」
怒鳴り声と同時に、紗奈の顔を目掛けて、メーカーのビニール袋に入ったままのワイシャツを勢いよく投げつけてきた。
その瞬間、列に並んでいた男性客達と紗奈のサポートをしていたパートさんは驚きの声を出し、レジ周りは大騒ぎになった。
ワイシャツを汚れから守るために、メーカーから入荷したままの状態、すなわち、メーカーのビニール袋に包まれた状態で陳列棚に置かれているワイシャツ。
冬場のワイシャツを包んでいるビニール袋は、乾燥しているために、角は硬くて、引っ掻き傷が出来る硬さになる。
その状態のワイシャツが勢いよく、紗奈の頬から胸元にかけてぶつかり、痛い思いをした。
頬に引っ掻き傷は出来なかったものの、紗奈にぶつけられたワイシャツは、レジカウンターの書類入れや筆記具が入ったケースを倒し、散乱した。
列に並んでいた男性客たちは、ワイシャツをぶつけて立ち去った男に、「何やってんだよ!」と怒鳴り、紗奈には優しく「おねーさん、大丈夫?」などと声を掛けてくれたり、レジから落ちた備品類などを拾ってくれた。
紗奈の人生、他人から物を顔に目掛けて、わざとぶつけられたのは初めてのことだった。
紗奈は激しい憤りしか感じなかった。
『私は何も間違ったことはしていない』
しかし、レジにはまだ多くの男性客が会計を待っているので、平常心を装い、会計業務を続けた。
レジのお客様が途切れたタイミングで、40代の男性店長がレジにやってきた。
「村岡さん、さっき、何があったの? 俺、お客さん追いかけたけど、帰られちゃってさ」
店長は、他のお客様を接客中だったので、騒ぎが起きた瞬間は見ていなかった。
しかし、怒鳴り声が聞こえたので、怒鳴った男性客を追って話を聞こうとしたらしい。
紗奈は状況説明をした。
閉店後。
店長に残るように言われた紗奈。
このパターンは説教か、その状況の検証しかない。
パートさんもマネジャーまでも、早々に帰らされ、紗奈は店長と事務室で向かい合って話をした。
紗奈の男性客に対する憤りは収まっていなかった。
そんな紗奈に店長は叱責した。
「村岡さん、クレーム対応は最優先って決まってるよね? 自分で対処できないときは、接客中でも俺かマネジャーを呼んでって言ってるよね?」
紗奈は何の話をしているのか理解出来なかった。
クレームを受けた記憶は無い。
「店長? レジに割り込んで、私にワイシャツをぶつけたお客さんのことで話があったんじゃないですか?」
「そのお客さん、ワイシャツのクレームで来てたんだよ!」
初めて知った事実だった。
店長の話と紗奈の状況をまとめると、その男性客は、パートの安藤がスーツ・ネクタイと一緒にワイシャツを販売した客だった。
しかし、ワイシャツの採寸ミスをした安藤。
男性客は帰宅後、普段、自分が着ているワイシャツサイズと違うことに気付き、その日の内に、再来店し、売り場にいた安藤に声を掛けた。
しかし、安藤は他のお客様を接客中だったので「レジで交換できますから」と無責任に、紗奈に確認もせず案内して押し付けた。
安藤は紗奈に「こちらのお客様、お願いします」としか言っておらず、クレームによる商品交換とも伝えなかった。
全ては安藤が原因だった。
その状況が分かって、紗奈は店長に言い返した。
「私はクレームなんて安藤さんから一言も聞いてません。知っていれば、店長を呼んでいました。未開封のワイシャツを無言で見せられただけで、それがクレームによるサイズ交換のお客様とは判断できません。普通に会計だと思うじゃないですか!」
店長は紗奈の話をスルーした。
「安藤さんのお客さんって分かったから、さっき俺が売上伝票にあった番号見て、電話して謝っておいたけど。今度から気をつけてよ。話は以上」
紗奈は店長にも憤りを感じた。
悔しさで涙が出そうになった。
なぜ、店長は原因を作った安藤に注意もせず、更に客の味方なのか?
物を人にわざとぶつけるなんて、暴行罪ではないのか?
なのに、なぜ、ぶつけられた自分だけが叱られるのか?
数日後、ワイシャツをぶつけてきた男性は、何食わぬ顔をして、紗奈と店長がいたレジカウンターにやって来た。
直しに出していたスーツの受け取りと、ワイシャツの交換のためだった。
男性は紗奈を見ても謝りもしない。
店長が男性の対応をして、正しいサイズのワイシャツと仕上がったスーツを手渡した。
男性が帰った後、店長がやって来て、紗奈に言った。
「村岡さん、お客様が『大人げもなく、怒りすぎました』って言ってたよ」
紗奈は店長の言葉を無視して、レジで事務仕事をした。
男性客から、暴行に対する謝罪の言葉が無かったからだ。
『大人げなくって……思うなら、ワイシャツをわざと顔にぶつけて、すみませんでしたくらい直接言えよ』と思った紗奈。
実は紗奈が店長から叱られたことを翌日に知った、マネジャーとレジのパートさんは行動を起こしていた。
この騒動を見ていた2人は、紗奈のいないところで、店長に紗奈の無実を訴えていた。
「村岡さんは冷静に、対応していました。悪くありません」と。
そのことを男性客が受け取りに来る直前に、レジのパートさんから聞いて知っていた紗奈。
それでも店長が、何事もなかったかのような態度だったことが更に腹立たしかった。
この物語について / 実際のところ
一昔前に、実際に私が受けた被害です(実話率99%)。
令和の時代になった今でも、思い出すと怒りが込み上げます。
ベテランパートさんは複数いて、正社員よりも年上でした。
その中でも安藤(仮名)は一癖ある女性で、私とは合わないタイプの性格でした。
ベテランでも、採寸ミスは起こしてしまいます。
しかし、この物語のパートさんのとった行動は大きなクレームとなり、本来、無関係の私・星屑を酷い目に遭わせたのです。
男性客も、店長も、この騒動の原因を作ったパートさんからも、謝罪は全く無いままでした。
この当時に「カスハラ」「モラハラ」「パワハラ」という言葉が存在していたら、少しは店長の対応も違っていたのかなぁ? と思います。
(* 正社員には人事異動があり、この時の店長は私にとって、5人目の店長でした)