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「いらっしゃいませ‼︎ またお越しくださいませ⁇ ④】


洗濯

紗奈の勤務する衣料品と雑貨を販売する会社は、全国展開を進めていた。
紗奈は全国転勤可能な正社員として入社していた。

紗奈は入社2年目で、新規出店した大型店へ異動した。
3階建の建物で、1階に紗奈の所属する紳士服事業部(紳士服と雑貨)、2階に婦人服事業部(婦人服と雑貨)の複合店を会社は実験的にオープンさせた。
3階は事務室と従業員の休憩室、更衣室、バックヤードがあり、入出荷する荷物を運ぶために、業務用エレベーターも設置されていた。
売り場には階段とエスカレーターと、お客様用のエレベーターも設置されていた。

各フロアの売り場面積も広く、故に、本社側は来店数もかなり多く見込んでいた。
当然、各フロアには従業員とお客様共用のトイレもあり、大型店ゆえにトイレの広さも個室数も多かった。

トイレ掃除は、各フロアの従業員が、朝と昼、閉店前に行うことになっていた。
清掃員を雇うことまで、本社はしてくれなかった。

オープンして1ヶ月過ぎた頃。
紗奈と休憩が重なった、同じフロアのパートさんが紗奈に話し掛けてきた。

「村岡さん、洗濯おばさん、知ってる?」

テレビで話題になっているキャラクターなのかと訊くと、笑って否定された。

「違いますよー! 時々、店のトイレの手を洗うところで、ハンカチみたいなのを洗濯しているおばさん……いや、おばあさんがいるんですよ。見たことありませんか?」

全く無かった。
紗奈もトイレ掃除は当番で回ってくるので、遭遇してても良さそうなのだが……。
紗奈が訊いた。

「たまたま持ってきたハンカチを汚してしまって、応急処置で洗ってたとか?」

「違いますよー、確信犯ですよ、多分。だいぶ泡立ってましたから。洗濯洗剤使ってるみたいに。店の粉洗剤、使われてるんじゃないかなぁ?」

トイレには、掃除用具入れの小部屋がドア付きであり、トイレットペーパーのストックしたり、雑巾などを洗えるスペースも中に設置されていた。
粉の洗濯洗剤は、売り場で拭き掃除のために使った雑巾を洗うために、店のお金で購入し小部屋に置かれている。
ただ、この小部屋に鍵は付いていなかった。

このパートさんからの情報を聞いた紗奈は、売り場の他のパートさん達にも目撃したことがあるか訊いた。
半数ほどの販売員が午前中の時間帯に目撃していた。

オープンしたてで、まだこの会社、及び店にも慣れきってないパートさん達。
洗濯おばあさんを目撃して、驚いたものの、この状況をどう対応して良いのか分からず、店長やマネジャーに報告せず、そのまま放置していたのだった。

紗奈はすぐに店長とマネジャーに報告した。
店長もマネジャーも「店のトイレで洗濯されるなんて、初めて聞いた」と驚いていた。

その後、しばらく目撃はされなかった。
来店していないのかもしれないし、来店していても気付けなかっただけかもしれない。
トイレは売り場であるフロアの端にあり、売り場のメイン通路を通らなくても辿り着ける場所だった。

2週間後。
トイレ掃除当番だった紗奈が、昼前、トイレ掃除のために女子トイレに入ると、いた!
確かに手洗いで何かを洗っている。
洗剤が店のものなのか、持参したものかまでは分からないが、それが問題では無い。
何の目的で店に来て、なぜ洗濯をしているのか?

紗奈は悟られないように、そっとトイレを出たつもりだったが、店長と戻ったときには、既にいなかった。
店長の指示で、一応、掃除用具入れのドアを開けると、ストックしていたトイレットペーパーの減り方に違和感を感じた。
女子トイレの個室数は5。
各個室のトイレットペーパーは、常に2個同時にセットされている。

今日は平日。
朝から混み合うことはなく、販売員にしたら絶好の作業(検品・品出し)日和だった。
社員もパートさんも、平日になると公休に入る人もいるので、土日より少ない人員状況で、朝と比べてトイレットペーパーのストックが4個も一気に減るという……。
『まさか、洗濯だけじゃない?』
紗奈と店長は思った。

店長が婦人服フロアのフロア長に、この件を伝えると、婦人服売り場のトイレでも、度々、トイレットペーパーの減り方が早いことがあったと判明した。
ただ、洗濯の目撃情報は無かった。

紗奈を含めた正社員とパートさん達は、疑問に行き着く。
『なぜ、わざわざ来店して、ハンカチらしきものを洗濯しているのだろうか?』
『家の洗濯機でまとめて洗ったほうが効率的なのに、なぜ?』

更に1週間後。
洗濯おばあさんの来店に気付いた紗奈と店長が、女子トイレに踏み込んだ。
ちょうど、掃除用具入れのドアを開け、ストックしていたトイレットペーパーを持参していたバッグに入れようとしていたところだった。

店長はおばあさんを事務室に連れて行き、淡々と冷静に注意をした。
紗奈も店長の指示で同席していたが、おばあさんは俯いていた。
店長は、警察に通報しない代わりに、もう2度と来店しないことを約束させた。

しかし、トイレットペーパーが目的なら、なぜハンカチをわざわざ洗っていたのだろうか?
この理由は聞き出せなかった為に、疑問が残った。

この物語について・実際のところ

上記のエピソードは、私・星屑が一昔前、実際に体験・経験したことをベースに、多少の脚色をして、回顧録的な物語としたものです。

トイレでのお客様の問題行動については、未会計商品の持ち込み=万引きを想定して警戒はしているのですが、トイレットペーパーが狙われるとは、当時、そこまで想定していませんでした。

でも、もっと想定していなかったのは、女子トイレの手洗い場で、ハンカチらしき物を洗濯する謎の行為でした。

この洗濯おばあさん、度々来店されていましたが、紳士服フロアでも婦人服フロアでも、買い物されたことは全く無かったようです。
本当に、トイレットペーパーがメインの目的だったようです。

ちなみに、会社の規則には、万引きした人に対しては、金額にかかわらず、警察に必ず通報となっていて、謝られても、支払うと言われても、警察へ通報するという会社でした。



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