見出し画像

On Your Mark

 ずっとつけっぱなしにしているテレビから「on your mark」 の声が聞こえた。 思わずソファーに寝転んでいる彼を見てしまった。私の視線に気がついたのか「なんだよ」と不機嫌そうな顔をする。「別に〜」とそのままやり過ごして、また雑誌を読もうと思っだけれど、やっぱりダメだった。
「どうせ思い出して笑ってるんだろ!」「ごめん、だって〜あはは!」
      
 田舎ではあるけれど、なんとなくいくつかのカップルが出来上がっていた小学6年生の時、休み時間に男子グループのひとつがいつものように下らない話をしていた。私が近くを通りかかった時にちょうど彼のボソボソした声が聞こえた。
「オン・ユア・マークってエロいよな」
 ………は?!  思いっきり日本語英語の発音で、コイツは何を言っているのだと足が止まった。気になって、床に落ちていたゴミをゆっくり拾いながら話の続きを聞いているとまたまた衝撃発言が。
「オレのもんだぜ!って首とかにキスマークをつけることだろ? 外国人は好きな女の身体のアチコチにつけまくるんだろうなぁ」
 本人は小さい声で話していたつもりらしい。けれどだんだん気持ちが盛り上がってきたらしく……クスクスと笑う女子の声もあった。私は懸命に笑いをこらえて教室を出た。
 どこか思いっきり笑えるところはないかと探したけれど、外は雨だったし、途中で厳しい教頭先生に会ってしまった。「廊下は走らない!」なんて新入生みたいな注意をされている間も笑いをこらえるのが大変だった。なんとか我慢して頭を下げたけど、そんなことをしていたら休み時間が終わってしまった。
      
 中学では一度も同じクラスにならなかったし、私は女子高に進んだのでほとんど記憶に残っていないクラスメイトになっていた。それでも大学の学食で声を掛けられた時には名前よりも「えっ、マーク!? 」というあだ名を口にしていた。あの後しばらくみんなが彼をこう呼んでいた。「やだ〜なんでいるの!なんで?!」と指を差してしまったのは失礼だったな、と反省。
 「どうしてキスマークだって思ったの?」ってきいたら、親戚のお兄さんが真顔で教えてくれたと。頭のいいお兄さんで、まだまだ純真無垢なやわらかアタマだった彼はそれを信じた!「on your mark」 は、陸上競技でスターターが競技者にかける「位置について」の号令だと知った時にはかなり落ち込んだらしい。陸上競技にも関心がなかったので「なんかカッコイイじゃん!」とみんなに話したらしい……まぁ少しは同情してやるか。

 「キスマークを付ける」は 「give a hickey 」だとあとからそういう英語表現だけは詳しい友だちに教えてもらったそうだ。そしてこの出来事をきっかけに英語の塾に通い始めて、高校時代は留学も!
「もちろん、マークって呼んでもらったよ」
 きっかけを知らない人が聞いたら、まぁカッコいいニックネームだもんね。今は普通に名前呼びされていると笑ったその顔に、小学生時代の面影があった。それは懐かしいのとまた違う気持ちがうまれた瞬間だったかもしれない。

「人生、なにがあるかわからないね」

大学を卒業して、彼との新しい生活を始める「位置について」………までは、あと半年。

おわり🐥