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38.目の見えない人が目の見えない人を導く? 2:21-22
21,どうして、他人を教えながら、自分自身を教えないのですか。盗むなと説きながら、自分は盗むのですか。
22,姦淫するなと言いながら、自分は姦淫するのですか。偶像を忌み嫌いながら、神殿の物をかすめ取るのですか。
ユダヤ人は「愚か者の教育者」だと言っているにもかかわらず、「盗む」ことをしていたのでしょうか。
問題は神の言葉への態度にありました。彼らは先祖からの言い伝えを優先実行することによって、御言葉を事実上実践していなかったようです。それが「目に見えない偶像」を拝むことになっていたのです。
結局、自分たちは知らずに偶像を拝んでいたのです。
慣習・口伝の教えの中で、ユダヤ人は神の神殿への供え物を口実に、両親を敬うことも疎かにしてもよい、とまでになっていたのです(マタイ15:5、6)。そのようにして、神の言葉を無視する偶像崇拝という霊的な姦淫に陥っていたのです。
エルサレムのユダヤ神殿の当時の現状は「盗賊の巣窟」と化していたようです。宗教家は、神からもっと高い基準でさばかれなければなりません。
私たちも、霊的に盲目にならないように、本来の神の言葉を学びながら、宗教指導者のために祈らなければならないのです。
考えてみましょう:「見えない偶像崇拝」を実感したことはありますか?