55歳からのアルゼンチンタンゴ ❶
目ざせ、ミロンガ!
素足にピンヒールを履いて、膝小僧の出るノースリーブを着て、ミロンガに行く。そこで見知らぬ男性からダンスに誘ってもらうーーこれがわたしの当面の目標である。
ミロンガはタンゴを踊るサロン。男が女を踊りに誘い、即興のペアダンスを楽しむ。
それならタンゴを習って、さっさと行って踊ってくればいい、と思われるかもしれない。
ところがこれが、自分のような者には越えられるかどうか危ういハードルなのだ。
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わたしは1年ほど前、55歳のときにアルゼンチンタンゴを始めた。
萎んで艶の失われた体になってから、後ればせに踊りだしたのだ。
なることができなかった「女性」になるための、自分なりの手段として。
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人生において一度も男性から選ばれなかった。
プロポーズどころか、告白も軟派もされたことがない。
ただの一度もエクスタシーを感じたことがない。
女性として燃焼することなく、わたしは閉経した。
体から力が抜けて、途方もなく侘しくなった。
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そんな空虚な体にアルゼンチンタンゴが流れこんだ。
タンゴを踊る女性の肉体がわたしの理想と思われた。
女性のパートを踊ることで、ダンスの中で女性にならんとした。
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エストロゲンは出ていない。
抱きしめていたくなるような柔らかい胸があればよかったが、それこそがない。
人生と同様、ミロンガでも、ダンスに誘われる要素はないだろう。
そんなわたしにできることは、
タンゴが上手に踊れるようになることだ。
「踊り手」として選ばれることで「女性」になるのだ。
そのために日々の修練は欠かせない。
ステップをしっかり覚えて、いつかミロンガにデビューしたい。
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