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「身のほどを知れ」第一話

 一四〇六年の信濃国。大姥山に棲む山姥で外法使いの紅葉鬼人(88)のもとへ、大和防(56)と名乗る山伏が地元守護の放った刺客としてやってくる。その正体は、人に憑依しては転生する術を駆使して生き長らえている大伴仙人(年齢不明)であった。紅葉鬼人は大和坊を撃退するが、自らも封印されてしまう。
 そして、現在。阿藤沙織(17)は、親友の多岐夏海(18)と大学合格の記念旅行で消息不明となる。大姥山でトレッキング中だった。夏海や看護師の玉藻(27)、沙織を救助した江ノ島(36)、医師の諏訪(48)らが見守る中、沙織は無事に病室で目を覚ます。しかし、その体には密かに紅葉鬼人が憑り付いていた。
 ふとしたことで口論となり、沙織を置いて帰途に就く夏海。特急車内で江ノ島と遭遇した後に音信不通となってしまう。心配する沙織だったが、紅葉鬼人との意思疎通が始まっていた。そんな折、思いがけず玉藻の襲撃に遭う。そこで玉藻が江ノ島の手先であり、江ノ島は大伴仙人の憑依転生であると判明する。大伴仙人は紅葉鬼人を狙っていた。沙織は玉藻を倒して病院を抜け出すと、囚われたと思しき夏海の後を追う。
 自宅へ戻るなり、第二、第三の刺客として久米(63)や平良(21)が現れるが、装備を整え、紅葉鬼人との意識統一を経て覚醒した沙織の敵ではなかった。だが、江ノ島はそんな沙織に迎えを寄越し、アジトへと誘き寄せる。沙織は決戦で負傷しながらも大伴仙人を封印。夏海の救出にも成功する。
 翌日、諏訪医師が不意に沙織の自宅を訪れる。安曇仙人(年齢不明)の変装だった諏訪は、大伴仙人の仇討ちに沙織へ果し合いを申し込む。そして沙織は、この戦いをも制するのであった。


<登場人物>
阿藤沙織(17) 天然のようで、実は賢い女子高生。
紅葉鬼人(88) 外法使いの妖婆。山姥。
江ノ島大和(36) 富豪。現在における大伴仙人の転生。

多岐夏海(18) 沙織の同級生。親友以上の関係。

玉藻(27) 大伴仙人の弟子。看護師。
久米(63) 大伴仙人の弟子。タクシー運転手。
平良(21) 大伴仙人の弟子。無職。
諏訪(48) 医師。安曇仙人の変装。

私服警官A
私服警官B
会社員

大和坊(56) 室町時代における大伴仙人の転生。

大伴仙人(年齢不明) 憑依転生を繰り返し、現代まで存在し続けている。
安曇仙人(年齢不明) 不老長寿の術を得て、現代まで生き長らえている。
久米仙人(年齢不明) 死後に魂と化し、現代まで浮遊し続けている。


#創作大賞2024 #漫画原作部門


○1.岩屋の中
外からの日射しが申し訳程度に差し込んでいる。ひどく狭いが、人様の寝座になっている。
壁面の深い亀裂を天然の祭壇として利用し、外法頭(頭部が異様に大きく顎が小さい僧侶の干し首)が本尊として祀られている。

外法仏に向かってぶつぶつと何かを拝む紅葉鬼人(88)。その瞳は暗がりで爛々と輝いている。

○2.岩屋の外
大姥山頂付近の岩壁にできた洞穴。辺りを覆うように生い茂る木々のすぐ先は崖になっている。

T)一四〇六年 信濃国
 
鍋を炊く紅葉鬼人。時折、瓢箪徳利の酒を煽っては火に薪をくべる。

茂みを掻き分け、大和坊(56)がやってくる。山伏姿で金剛杖を手にしている。

【大和坊】
「お主が紅葉鬼人か」

【紅葉鬼人】
「(怪訝に)何だ、お前は?」

【大和坊】
「ふもとの者どもが、お主を鬼婆だと申して、ひどく怯えておる」

【紅葉鬼人】
「それが、どうした?」

【大和坊】
「(金剛杖で鍋を差し)赤子を攫い、その肉を喰うておるとか」

【紅葉鬼人】
「この山は豊かだ。そんなことをせずとも喰うに事欠くことはない」

【大和坊】
「殿は、お主を始末せよとの仰せだ」

【紅葉鬼人】
「あの小僧の差し金か。道理で。俺は幾らだった?」

【大和坊】
「お主の悪行は既に……」

【紅葉鬼人】
「(言葉を遮り)くどい。名は?」

【大和坊】
「今は大和坊を称しておる」

紅葉鬼人は徳利を置き、両の腰に下げた二つの鎌を掴むと無造作に構える。

【紅葉鬼人】
「では、大和坊。やるかね」

大和坊も金剛杖を振り回して身構える。

【大和坊】
「参る」

大和坊の先制で紅葉鬼人との戦いが始まる。

互いに攻防中、隙を突いた大和坊の強烈な一撃が紅葉鬼人の胸を貫く。

どさりと地に伏す紅葉鬼人。死んだように動かない。

突然、大和坊の背後から別の紅葉鬼人が鎌を振りかざして襲ってくる。

【大和坊】
「⁈」

大和坊は負傷しながら辛くも紅葉鬼人の不意打ちをかわす。

【紅葉鬼人】
「なかなかだ」

倒したはずの紅葉鬼人を大和坊が横目で見ると、その姿は崩れた一束の薪に変わっている。

【大和坊】
「このわしを惑わすとは……」

【紅葉鬼人】
「(自嘲し)山姥なのさ。仲間は俺を大姥様と呼ぶ」

【大和坊】
「外法使いめが!」

大和坊が口から炎を吐き出し、紅葉鬼人を火達磨にする。

【紅葉鬼人】
「(涼しい顔で)お前もまた、ただの修験者ではないようだな」

火に包まれたまま何体にも分身する紅葉鬼人。炎から抜け出すように大和坊へ飛びかかる。

【大和坊】
「然り」

大和坊は金剛杖を振り回して紅葉鬼人の分身を消し飛ばすと、見極めた紅葉鬼人本体を凍結させようとする。

氷が体を覆い尽くそうとするが、紅葉鬼人は身体を広げて粉砕すると、大和坊へ鎌を振り下ろす。

【大和坊】
「くっ!」

紅葉鬼人の攻撃をよける大和坊。金剛杖で紅葉鬼人を突き飛ばすと、紅葉鬼人目掛けて稲妻を落とす。

紅葉鬼人は跳ね起き、小手先で稲妻を振り払う。

【紅葉鬼人】
「変わった術だ。見たことがない」

【大和坊】
「(得意げに)いにしえより天竺に伝わる仙術なり」

【紅葉鬼人】
「(大袈裟に驚いて)仙人とな」

【大和坊】
「初めは大伴の名で四百年ほど生きたが、身が朽ち落ちた故、以来、憑依によって転生を重ねておる」

【紅葉鬼人】
「で、今は大和坊ということか。なるほど」

【大和坊】
「唐の神仙、太上老君にも劣らず」

大和坊が金剛杖を地に突き立てると、巨大地震が発生する。

【紅葉鬼人】
「(鼻で笑い)ならば、心して掛からねばのう」

足元がおぼつかない状態で大和坊と戦う紅葉鬼人。突風を起こして大和坊を吹き飛ばす。

大和坊は岩壁に叩き付けられ、岩屋の前に倒れ落ちる。

【大和坊】
「(悔しげに)くっ……!」

地震が止み、大和坊は金剛杖を頼りに立ち上がる。

いつの間にか、紅葉鬼人が大和坊の背後に立っている。

【大和坊】
「……⁉」

【紅葉鬼人】
「達者だが自惚れがいかぬ」

紅葉鬼人は一方の鎌で大和坊の首筋を切り裂き、同時にもう片方で胸をえぐる。

【紅葉鬼人】
「よく身のほどを知れ」

傷口を押さえる大和坊。崩れるように両膝を地に突く。

【大和坊】
「もはや、この体も長くは持たぬ……」

瓢箪徳利を手に取る紅葉鬼人。栓を抜いて酒を咽喉へ流し込む。

【紅葉鬼人】
「ああ、じきだ」

【大和坊】
「……死なぬぞ。言ったはずだ。わしには憑依転生がある(紅葉鬼人を睨みつける)」

【紅葉鬼人】
「そうか。(酒を飲む)」

大和坊が徳利を一瞥する。

【大和坊】
「……大姥様よ」

【紅葉鬼人】
「なんじゃ?」

途端に紅葉鬼人が徳利の口へ引き込まれ始める。

【紅葉鬼人】
「むっ!」

【大和坊】
「(薄笑いし)一たび呼ばれた名に答えれば、たちまち中へと封ぜられる。唐の仙丹入れと同じだ」

紅葉鬼人をすっぽり飲み込んでしまう瓢箪徳利。地面に落ちる。

大和坊は急いで徳利を拾い上げると栓をする。

【大和坊】
「そこで生き続けよ。身が滅ぶとも魂となってな」

弱々しく立ち上がる大和坊。岩屋の中へ向かう。

〇3.岩屋の中

よろよろとやってくる大和坊の足元には絶えず血が滴っている。

大和坊が壁を伝いながら、ようやく奥へ到達する。

大和坊は祭壇から外法仏を払い落とすと、代わりに瓢箪徳利を押し込む。

【大和坊】
「以後、蘇るたびに……ここへお前に会いに来よう」

壁へ背を寄り掛ける大和坊。ずるずると力なく尻餅を突く。

【大和坊】
「久遠に恥辱を……味わわせて……」

徳利を睨みながら絶命する大和坊。やがて、その体から大伴仙人(年齢不明)の形状をした魂が、すっと立ち上がる。

○4.岩屋の外

歩いて出てくる大伴仙人の魂。足を止めて天を仰ぐや、霧状に変化し始め、そのまま空高く昇っていく。

上空から見下ろす信濃の山々が段々と小さく、遠くなっていく。

〇5.大姥山
紅葉に色付く山肌。ふもとに大姥神社前宮、中腹に本宮、山頂には奥宮がある。

T)現在

○大姥山の遊歩道
急斜面や鎖場などを有した、遊歩道と呼ぶには少々過酷な登山ルート。

阿藤沙織(17)が多岐夏海(18)とトレッキングを楽しんでいる。

【夏海】
「アイドルになりたいんだよね」

【沙織】
「へ⁈」

【夏海】
「何? 変?」

【沙織】
「ううん! ちょっと意外だっただけ」

【夏海】
「いいじゃん。夢見てるだけなんだし」

【沙織】
「そんなことないって。行ってみなよ。オーディションとか」

【夏海】
「絶対バカにしてる」

【沙織】
「してない、してない! だって、なつぽい可愛いし、スタイルもいいじゃん」

【夏海】
「どうだか。サオは? 大学行ったら何すんの?」

【沙織】
「まずは話せるようになりたいかな。中国語。専攻だし。後は、なんかサークル入って……」

【夏海】
「真面目か!」

【沙織】
「あと、書展で入賞もしたい」

【夏海】
「何、それ。ジジイじゃん」

【沙織】
「なつぽい、言い方」

○6.大姥神社の奥宮
大姥山の山頂付近。社や祠はなく、古びた粗末な賽銭箱が置かれているだけ。崩落と風化で紅葉鬼人の岩屋はほぼ埋没してしまっているが、ごく僅かな隙間が辛うじて残っている。

○7.奥宮の中
崩れた岩と土砂が詰まった狭隘。

祭壇跡に埋もれ、ひどく経年劣化している瓢箪徳利。前触れもなしに音を立てて亀裂が入る。

〇8.大姥神社の奥宮

登山道からやってくる沙織と夏海。はしゃいで先を行く夏海とは対照的に沙織はマイペースを貫いている。

【夏海】
「ほら! 見て、見て! ヤマンバの家だよ。ヤマンバの!」

【沙織】
「なつぽい、元気良過ぎ……」

【夏海】
「(登山案内のパンフを見ながら)名前、紅葉鬼人っていうんだ。ねぇ、知ってた? 金太郎のお母さんらしいよ」

【沙織】
「昔話なんて興味あったっけ? なつぽい」

【夏海】
「鎌で癇の虫切っちゃうし。って言うか、癇の虫って何?」

【沙織】
「そこまで興奮する理由が、よくわかんないんですけど……」

【夏海】
「マジすごくない? ヤマンバ。山の神様なんだよ。ただの鬼婆かと思ってた」

【沙織】
「それ、リスペクトなんだよね?」

【夏海】
「いいから、いいから! 座って、座って! 乾杯しよ。乾杯」

夏海に導かれるまま沙織は近くの岩へ腰を下ろす。

【沙織】
「……なんか、みんなに悪い気しない?」

夏海はリュックから飲み物を取り出している。

【夏海】
「なんで? あたしたち、そんだけ努力したじゃん。学業推薦だよ? 専攻までは選べなかったけど」

【沙織】
「そりゃ、まぁ……」

夏海がジュースを沙織へ手渡し、自分の分のキャップを開ける。

【夏海】
「学校休んだからビビってんの? サオ、ほんと真面目だよね。大丈夫だって二日ぐらい。卒業旅行なんだし。ご褒美、ご褒美」

沙織もジュースの口を開ける。

【沙織】
「かな? ずっと成績上位のまま粘ったもんね。三年間」

【夏海】
「正直、あたしゃ、キツかったよ。あんたは出来るからいいけど」

【沙織】
「はいはい、カンパーイ!」

沙織と夏海が乾杯し、それぞれにジュースを口にする。

【夏海】
「お酒じゃないんだよなぁ……」

【沙織】
「いいじゃん。ハタチまで待てば」

【夏海】
「だね。そうする。サオ、ずっと一緒だよ!」

【沙織】
「もちろん!」

再度乾杯するや、夏海はジュースを一気に飲み干す。

【沙織】
「え⁈ ちょっと、ちょっと! 何チャレンジ、それ?」

【夏海】
「のど乾いちゃって」

【沙織】
「しゃべり過ぎ」

夏海は、きょろきょろと辺りを見回す。

【沙織】
「何?」

【夏海】
「(立ち上がり)ゴミ箱探してくる」

【沙織】
「いいじゃん。持って帰れば」

【夏海】
「やだよ。邪魔だし面倒臭いもん」

夏海が、その場を離れる。

【沙織】
「その辺に捨てちゃダメだよ!」

夏海は振り返りもせずに沙織へ手を振る。

裾野から広がる景色と遠くの山々をひとしきり眺める沙織。伸びをする。

【沙織】
「う~ん、気持ちいい!」

【紅葉鬼人】(声)
「これも定めか……」

【沙織】
「(はっとして)?」

【紅葉鬼人】(声)
「悪く思うな」

【沙織】
「(振り返り)なつぽい?」

突如、沙織の視界が大きく歪む。

【沙織】
「⁈」

沙織は卒倒する。

〇9.黄泉比良坂
上も下も暗闇。遥か遠くで地平線が薄っすらと白んでいるように見える。

紅葉鬼人が沙織と対峙している。

【紅葉鬼人】
「これぞ千載一遇」

【沙織】
「ちょ、ちょっと何⁈」

【紅葉鬼人】
「しかし、分からぬ。何故、これほどお前に惹かれるのか……」

【沙織】
「誰⁈」

後ずさる沙織を追うように紅葉鬼人が近づいていく。

【沙織】
「やめて‼ 怖い、怖い!」

【紅葉鬼人】
「許せ」

【沙織】
「何、何、何⁈ なんの話⁈」

【紅葉鬼人】
「お前の体を貰う」

紅葉鬼人の伸ばす両腕が沙織に迫る。

【沙織】
「嘘、嘘、嘘、嘘、嘘‼」
 
【紅葉鬼人】
「……」

紅葉鬼人は沙織の両肩を強く掴んで引き寄せようとする。

【沙織】
「やめてったら‼」

沙織は力任せに紅葉鬼人の胸を突き押す。(C/O)

〇10.病室
沙織が清潔な個室のベッドで眠っている。夏海は椅子に見守り、傍らには点滴の交換作業をする看護師の玉藻(27)がいる。

(C/I)唐突に沙織が目を覚ます。

【夏海】
「サオ!」

【玉藻】
「あら、目が覚めましたね」

【沙織】
「なつぽい…… (室内を見回し)ここ、どこ?」

【夏海】
「病院だよ、サオちゃん!」

【沙織】
「何? あたし、どうしたの?」

【夏海】
「何も覚えてないわけ?」

【沙織】
「……全然」

【夏海】
「山登りしてたのは? ほら、頂上のヤマンバんちの前で乾杯したじゃん」

【沙織】
「ごめん…… 覚えてない」

玉藻が静かに病室を出て、ドアを閉める。

【夏海】
「あたしがゴミ箱探しに行ったら、急にいなくなったんだっつうの!」

【沙織】
「なつぽいがアイドルになりたいとか言ってたのは覚えてる」

【夏海】
「やめろ。恥ずかしいだろ」

【沙織】
「ごめん」

【夏海】
「ったく、弱っちいんだから……」

【沙織】
「(落ち込み)……」

【夏海】
「(沙織の頭を撫で)大丈夫。あたしが守ってあげる」

【沙織】
「うん、ありがと(微笑む)」

SE)ドアノック

【夏海】
「(ドアを振り向き)どうぞ」

江ノ島(36)がドアを開けて入室してくる。

【江ノ島】
「こんにちは」

【夏海】
「あ! どうも」

【沙織】
「?」

【夏海】
「あんたの命の恩人。江ノ島さん」

【沙織】
「え? あっ、そうなんですね‼(起き上がる)」

【江ノ島】
「あっ、寝てて下さい! そのままでいいです。そのままで」

【夏海】
「江ノ島さんね、山登りに来ただけなのにあんたの捜索に協力してくれたんだよ」

【江ノ島】
「いいんですよ。僕からしたら、ついででしたから。何かの縁かも知れないし」

【沙織】
「すみません! ご迷惑お掛けしちゃって! ありがとうございました」

【江ノ島】
「すごい騒ぎだったんですよ。警察と地元の人が入り乱れて。マスコミも来てましたからね」

【沙織】
「(顔を赤らめ)……」

【夏海】
「マジで、みんな心配したんだかんね」

【沙織】
「ごめん……」

【夏海】
「神隠しとか言ってる人がいて、あたしもてっきりなんかの呪いじゃないかと思っちゃったぐらい」

【沙織】
「(呆れて)呪いって……」

【夏海】
「だって、あんた霊感強いし」

【沙織】
「ちょっと勘がいいだけじゃん」

【夏海】
「(江ノ島を振り向き)ひいおばあちゃんがイタコだったんですよ」

【沙織】
「ちょっと、なつぽい⁈」

【江ノ島】
「イタコ?」

【夏海】
「知りません? 恐山の」

【江ノ島】
「口寄せとか、神おろしとかする? 巫女さんみたいな」

【夏海】
「そう、しかも超有名だったんですよ。よく当たるって。ね?」

【沙織】
「小っちゃい頃にお父さんからそう聞いただけ。話盛らないでよ」

【夏海】
「別に盛ってないじゃん。実際、マジすごかったんだし」

【江ノ島】
「じゃあ、今回はその霊感を嗅ぎ付けたヤマンバにでも襲われたのかな?」

【夏海】
「そうかも!」

【沙織】
「やめてよ! 怖いじゃん」

病室のドアをノックして玉藻が顔を覗かせる。

【玉藻】
「もうすぐ先生が検診にお見えになりますので」

【江ノ島】
「あっ、じゃあ、僕、もう行きますね」

【沙織】
「あ、はい! すみません。本当にありがとうございました」

【夏海】
「あたしからも、お礼言います。ありがとうございました」

【江ノ島】
「とんでもない。じゃあ、お大事にね」

江ノ島が颯爽と部屋を出ていく。

【玉藻】
「かっこいいですよね」

【沙織】
「確かに。ちょっとイケてるかも」

【夏海】
「そうかな?」

【玉藻】
「男前」

【夏海】
「でも、なんかキザってた」

【沙織】
「う~ん…… かなぁ?」

【玉藻】
「手厳しい! いいじゃないですか。ダンディーで」

【夏海】
「ダンディーって久しぶりに聞いた」

【沙織】
「コラ、なつぽい!」

【玉藻】
「あはは、いいんですよ」

【夏海】
「あいつ、あんたのことばっか見てたし」

【沙織】
「そう?」

【夏海】
「気でもあんじゃないのってくらい」

【沙織】
「ないない。そんなの」

【夏海】
「ダメだかんね!」

【沙織】
「何? 嫉いてんの?」

【夏海】
「うるさい!」

【沙織】
「ヤバ……! 当たっちゃった?」

【夏海】
「何? 悪いわけ?」

【沙織】
「またぁ。そうやって、すぐ怒る」

【夏海】
「あんたは何へらへらしてんの? 全然、面白くない!」

【沙織】
「ごめ~ん」

【夏海】
「すげぇムカつく…… もう先に帰る!」

突然、立ち上がる夏海。病室から出ていく。

【沙織】
「え? 嘘でしょ⁈ ちょっと⁉」

【玉藻】
「あららら……」

【夏海】
「(振り返り)サオのバーカ!」

【沙織】
「マジで⁈」

夏海と入れ替えに入室してくる諏訪(48)。取り乱す沙織を制止する。

【諏訪】
「はい、はしゃぐのはここまで」

【沙織】
「(必死に夏海を目で追い)……」

廊下で遠ざかる夏海の後ろ姿。

【諏訪】
「ん? 江ノ島さんは?」

【玉藻】
「帰られましたよ」

【諏訪】
「残念。気付かなかったんだな。久しぶりだったのに。なんか言ってなかった?」

【玉藻】
「いいえ、何も。お知り合いだったんですか?」

【諏訪】
「(苦笑いし)大昔の話だからなぁ……」

諏訪が無造作に沙織の検診を始める。

【沙織】
「(首を垂れ)……」

諏訪は淡々と沙織の検診を続ける。

【沙織】
「あたし、いつ出られます?」

【諏訪】
「あと二日だね。入院した時にもしたんだけど、CT検査をもう一回だけやるから。頭にケガしてるでしょ? 脳出血がないか、念のためにチェックしないと」

【玉藻】
「目に見えない危険があるかも知れませんから。はやる気持ちもよくわかるんですけど」

【沙織】
「(肩を落とし)……」

〇11.病院の自販機コーナー(夜)
院内の一角。今し方、飲み物を買って帰った患者を最後に誰も来る様子はない。

沙織はベンチに腰掛け、お茶を飲みながらスマホでチャットしている。

チャット画面には『今どこ?』、『まだ怒ってんの?』という沙織から夏海への一方的な発信のみ。

【沙織】
「(スマホを見つめ)……」

沙織は『返事して』と夏海へチャットを発信する。

【沙織】
「(深くため息をつき)……」

お茶を口にする沙織。諦めたようにスマホを傍らに置く。

途端にスマホへチャットの着信が入る。

沙織が慌ててスマホを手に取り、チャットを覗き込む。

チャットには夏海からの返信で『ごめん』とある。

沙織は嬉々としながらも『マジ先帰った?』と返信する。

すぐさま、夏海から『あたぼーよ』のチャット。

沙織が笑みを浮かべながら『ひどくない?』と入力、発信する。

すかさず、夏海から『罰あたった。電車でまさかの遭遇』と着信。画像の添付もある。

沙織が画像を開くと、夏海から数列先のシートに座る江ノ島の写真。

【沙織】
「(目を見張り)……!」

○12.特急車両内(夜)
乗客は、極まばら。

数列先の席に座る江ノ島の後頭部を気にしつつ、夏海がスマホで沙織とチャットしている。

(以下、カットバック)
沙織と夏海のチャット合戦。

【沙織】(チャット)
『うそ?! となり⁈』

【夏海】(チャット)
『そんなわけない。でもメチャ胸糞』

【沙織】(チャット)
『命の恩人だし』

【夏海】(チャット)
『知るか』

【沙織】(チャット)
『挨拶ぐらいして』

【夏海】(チャット)
『無視無視』

江ノ島がふらりと席から立ち上がる。

【沙織】(チャット)
『そんなのダメ』

肩を落とす沙織。ため息をつく。

【沙織】(チャット)
『あたしが好きなのはなつぽいだけ』

【夏海】(チャット)
『そんなの知ってる』

江ノ島は狙ったように夏海のほうを振り向くと、ゆっくりと歩いてくる。

思わず江ノ島を二度見する夏海。狼狽しながら沙織へチャット。

【夏海】(チャット)
『ヤバッ‼ 来た!』

江ノ島が夏海の横で立ち止まる。

【江ノ島】
「(微笑みかけ)奇遇ですね」

【夏海】
「あ…… はい……(愛想笑い)」

夏海は、こそこそとスマホを隠す。

○13.病院の屋上(夜)
殺風景な上にひと気がない。

沙織が塔屋の上に立ち、周囲の夜景を眺めている。

【紅葉鬼人】(声)
「まばゆいな…… 闇がかなたへ追われておる」

【沙織】
「何? ロマンチック? 人に憑りつく悪霊のくせに」

【紅葉鬼人】(声)
「お前は強い。心も体も我が物にするつもりが奪えなんだ」

【沙織】
「そりゃ、そうでしょ。まだ絶対死にたくないもん」

【紅葉】
「殊勝な心掛けだ」

辺りを一陣の風がふっと通り抜ける。

【紅葉鬼人】(声)
「(鼻を鳴らし)嫌な匂いじゃのう」

【沙織】
「そう? ちゃい寒なだけだけど」

【紅葉鬼人】(声)
「怒りや憎しみ、妬みがそこかしこに渦巻いておる」

【沙織】
「……」

【紅葉鬼人】(声)
「案じておるのだな。あの娘を」

【沙織】
「当たり前じゃん。なつぽい、あれから電話にも出ないし」

【紅葉鬼人】(声)
「ここを出よう」

【玉藻】
「危ないじゃないですか‼ すぐに降りて!」

いつの間にやら、玉藻が搭屋の下にいる。

【沙織】
「(玉藻を見下ろし)当直なんですか? 今日」

【玉藻】
「いいから早く降りて!」

沙織が搭屋から降りる。

【玉藻】
「(沙織を見つめ)……」

玉藻の袖口から隠し持っていたメスが密かに出てくる。

沙織が玉藻の前へやってくる。

【沙織】
「ごめんなさい。心配させるつもりはなかったんですけど」

【玉藻】
「別にいい……のよ!」

いきなり玉藻が沙織に襲いかかる。

不意打ちを難なくかわす沙織に逆上したのか、玉藻は何度もメスで切りかかる。

沙織は連撃を見切ると、玉藻の腕を取って押し退ける。

【玉藻】
「(振り返り)やっぱり、あの人が言った通り」

沙織と紅葉鬼人の心が入れ替わり、声、話し方、動作が紅葉鬼人そのものになる。外見は沙織のまま。

【沙織】(紅葉鬼人の声色)
「身のこなしが速いな、女狐」

玉藻が再び沙織へ襲いかかり、戦闘が本格的になるも、沙織は玉藻を軽くあしらう。

【沙織】(紅葉鬼人の声色)
「しかし、あの男の差し金にしては腕が今一つだ」

【玉藻】
「こいつ!」

【沙織】(声)
「誰のこと言ってんの?」

【沙織】(紅葉鬼人の声色)
「お前を助けた男じゃよ」

【沙織】(声)
「……? 江ノ島さん⁈」

【沙織】(紅葉鬼人の声色)
「呑気な娘だ」

【玉藻】
「バカにして‼」

玉藻は怒り心頭で再び沙織に挑みかかる。

玉藻の攻撃速度に防戦気味の沙織だが、次第にそのスピードを上回ると攻勢へ転じ、玉藻の胸へ強烈な一撃を与えて突き飛ばす。

そのまま屋上から転落する玉藻。淵に片手でぶら下がる。

沙織が玉藻の側へやってくる。

【沙織】(紅葉鬼人の声色)
「江ノ島は、どこだ? あの娘をかどわかしたな」

【玉藻】
「(鼻で笑い)言うと思う?」

淵を掴んでいる手を離す玉藻。駐車場へ落下する。

【沙織】(紅葉鬼人の声色)
「(玉藻の骸を見つめ)……」

沙織の心が紅葉鬼人と入れ替わり、元の沙織に戻る。

【沙織】
「ヤバい、ヤバい、ヤバい! 死んじゃったじゃん‼」

【紅葉鬼人】(声)
「因果応報だ」

【沙織】
「これはダメだって!」

【紅葉鬼人】(声)
「バカ臭い」

【沙織】
「なんなの、それ⁈ 今、人殺しちゃったんだよ?」

【紅葉鬼人】(声)
「あの女が勝手に身を投げたのだ」

【沙織】
「薄情過ぎない⁈」

【紅葉鬼人】(声)
「やらねば、やられてた。違うか?」

【沙織】
「……」

【紅葉鬼人】(声)
「無駄な情けは墓穴を掘る」

【沙織】
「……今までこんなに激しく動いたことないんですけど」

【紅葉鬼人】(声)
「確かに鍛錬が必要だな。しかし、体を支えるのは心だ。弱音を吐くな。じきに慣れる」

【沙織】
「聞きたくない。あんたの精神論なんて」

【紅葉鬼人】(声)
「もはや我らは一蓮托生。お前の愛しい者なら救わねばならぬ」

【沙織】
「悪霊にしちゃ、殊勝な心掛けじゃん」

【紅葉鬼人】(声)
「はて、何処におるのやら」

【沙織】
「だよね。江ノ島って人のことも、よく知らないし…… (ピンときて)待った!」

沙織はスマホを出すと、GPSアプリで夏海のスマホ位置を調べる。

夏海のスマホが自宅にあることを示すGPSアプリの画面。

【沙織】
「? 家にいるみたい」

【紅葉鬼人】(声)
「罠だな。まぁ、どうにかしよう」

【沙織】
「じゃ、帰ろっか。でも、今ここから抜け出すのヤバくない?」

【紅葉鬼人】(声)
「奇襲を仕掛けてきたは女狐。非は我らにあらず。世に知れたところで咎めなぞ受けまいて」

【沙織】
「冴えてるかも。悪霊」

【紅葉鬼人】(声)
「今一つ申しておくことがある」

【沙織】
「何?」
 
【紅葉鬼人】(声)
「俺は悪霊ではない。大姥様と呼べ」

<続く>

第二話:

https://note.com/preview/n782e86819916?prev_access_key=ef2ed3a1f89ea26cd8c86601b78d363e

第三話:

https://note.com/preview/n807ee66583fa?prev_access_key=a712d8d2105a3050ffcda74c0e90b2b3

第四話:

https://note.com/preview/nfa632a1450be?prev_access_key=d8f43da21daad2bce3455fafd0a728f7

第五話:

https://note.com/preview/n495651fc19d6?prev_access_key=706d89a9f9d14d4e7852d250288a2ced

第六話:

https://note.com/preview/nc8278553ae77?prev_access_key=4d3c63e8efbd704b9134c7c996dcd354

第七話:

https://note.com/preview/n85d91eb643eb?prev_access_key=463865487303e2d16af2d4e2619245ec


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