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「身のほどを知れ」第三話

○1.裏通り
ショッピングモールの立体駐車場に面しており、並行して私鉄の線路が敷かれている。道行く人や車はまばら。

トートバッグを提げた沙織。澄ました顔で歩いてくる。

沙織から少し離れた後方を私服警官AとBがつけている。

【紅葉鬼人】(声)
「肝が据わったな」

【沙織】
「ヤケクソなだけ」

SE)教会の鐘の音

【沙織】
「? この付近、教会なんてないよ?」

鐘の音がおさまるや否や、周囲の景色が峠に一変する。

【沙織】
「⁈」

沙織は、その場に立ち尽くす。

○2.峠
岩壁に面した一筋の獣道。それに沿うようにして小川が流れている。

獣道の脇に立っている沙織。人格が紅葉鬼人と入れ替わる。

【沙織】(紅葉鬼人の声色)
「俺も随分となまったようだ。これしきの術に惑わされるとは」

沙織はじっと動かず、ただ視線だけを周囲に巡らせる。

【沙織】(紅葉鬼人の声色)
「……」

私服警官AとBが茂みの陰でおろおろしている。

【私服警官B】
「え? え? え⁈」

【私服警官A】
「なんだ、こりゃ⁈ どうなってる?」

唐突にボウガンの矢が私服警官Bの咽喉を貫く。

【私服警官A】
「⁈」

【私服警官B】
「ぐっ……」

吐血する私服警官B。首を押さえながら倒れる。

【私服警官A】
「お、おい!」

私服警官Bを介抱する私服警官A。その太腿にボウガンの矢が突き立つ。

【私服警官A】
「あぁっ‼」

立て続けにボウガンの矢が私服警官Aの背と肩口へ突き刺さる。

【私服警官A】
「はぁっ……!」

私服警官Aは力なく崩れ落ちる。

岩壁の上にある窪みに隠れている久米(63)。速やかに矢をボウガンへ再充填して次に沙織を狙う。

【久米】
「⁈」

沙織の姿はなく、購入品のはみ出したトートバッグが落ちているだけ。

【久米】
「どこに……⁈」

久米は必死に沙織の姿を追うが、どこにも見当たらない。

【沙織】(紅葉鬼人の声色)
「悪くはない。手本通りの捌きだ」

【久米】
「⁈」

はっとして久米が振り返ると、岩壁に張り付いた沙織がじっと見ている。

【沙織】(紅葉鬼人の声色)
「俺のように慧眼がなければ、見抜けぬ者もあろう」

【久米】
「くそっ!」

久米がボウガンを連射するが、沙織は岩壁を俊敏に這い回って容易にかわす。

【沙織】(紅葉鬼人の声色)
「その石弓は、つまらぬ」

ボウガンを投げ捨てる久米。印を結び呪文を唱える。

無数の石飛礫が群れを成して何度も沙織へと襲いかかる。

【久米】
「ガキがデカい口叩きやがって!」

【沙織】(紅葉鬼人の声色)
「姿形で事を決めると痛い目に遭うぞ」

沙織が短く口笛を吹くと、石飛礫は遠くへ飛び去っていく。

【久米】
「⁈」

沙織は片腕で岩壁にぶら下がり、じっと久米を見ている。

【沙織】(紅葉鬼人の声色)
「ただの鳥の群れだ」

【久米】
「くそっ……!」

久米は両腿にそれぞれ装備した大小のサバイバルナイフを抜き、二刀流に構える。

【久米】
「粋がりやがって‼」

久米が沙織に飛びかかり、格闘が始まる。

久米は、倒木や土砂崩れなどの幻術で沙織を攪乱しながら執拗にナイフで斬りかかる。

【沙織】(紅葉鬼人の声色)
「他愛ない」

沙織が当て身技で応戦する。

【沙織】(紅葉鬼人の声色)
「江ノ島の根城はどこだ?」

【久米】
「言うわけねぇだろ!」

【沙織】(紅葉鬼人の声色)
「あの娘をどこへ隠した?」

【久米】
「知るか!」

【沙織】(紅葉鬼人の声色)
「吐けば楽に逝かせてやる」

【久米】
「舐めんじゃねぇ‼」

反撃を試みる久米だが、沙織が終始優勢。負傷し疲弊すると、ついには逃走する。

【久米】
「くそっ!」

沙織は悠然と歩いて久米を追う。

【沙織】(紅葉鬼人の声色)
「どこへ行く?」

後ろを何度も振り返りながら懸命に走る久米。小川を越えようと跳躍する。

【久米】
「‼」

と、折から発生した鉄砲水が久米を襲い、飲み込んで押し流していく。

SE)電車の警笛

鉄砲水が見る間に電車へと変貌し、小川だった線路の上を高速で走り過ぎていく。

【沙織】(紅葉鬼人の声色)
「(走り去る電車を眺め)……」

沙織の人格が戻ってくる。

【沙織】
「どうやって……?」

【紅葉鬼人】(声)
「お前も気付かなんだか? ある時から俺が術を上塗りしたのよ」

徐々に周囲の景色が元へ還り始め、岩壁は立体駐車場、獣道も道路へと姿を戻す。

〇3.裏通り

散乱した購入品をいそいそとトートバックへ詰め戻す沙織。何気なく傍らへ目を向ける。

重なり合って横たわる私服警官A・Bの遺体。

【沙織】
「(手を早め)ヤバいよ。カメラとかに移ってないかな……」

【紅葉鬼人】(声)
「また、それか。まずは、ここから離れることだな」

沙織はトートバックへ購入品を詰め終えるや否や、そそくさと歩き出す。

SE)スマホの着信音

沙織が取り出したスマホには、不明着信の表示が出ている。

【沙織】
「(電話に出て)もしもし?」

【江ノ島】
「君の声、可愛いよね」

【沙織】
「あんた、バカ⁈」

【江ノ島】
「つれないなぁ…… 君の命の恩人なのに」

紅葉鬼人の人格が沙織へ降臨する。

【沙織】(紅葉鬼人の声色)
「もう少し真っ当な手の者はおらぬのか?」

【江ノ島】
「もしかして楽勝だったか? 一応、仙人の血を引く男だったんだけどな。僕の兄弟弟子三人のうちに久米っていうのがいて、その子孫なんだ。タクシードライバーだけど」

【沙織】(紅葉鬼人の声色)
「似非明神もよいところだ」

【江ノ島】
「神に相応しくないは知ってる。囲ってた若いオネェちゃんとくっつくために嫁さんと娘を殺したような奴だ。弟弟子も色事で神通力を失くしてたから血筋だな。これも」

【沙織】(声)
「こいつ、何言ってんの⁈」

【江ノ島】
「ここら辺のカメラと通行人には全部細工しといたから大丈夫。安心してくれ。やったのは全部、久米だしね」

【沙織】(紅葉鬼人の声色)
「何故に身を潜める? 俺が怖いか?」

【江ノ島】
「……分倍河原に行け。古戦場跡がある公園だ。迎えを寄越そう」

ぷつりと江ノ島の電話が切れる。

沙織の人格が紅葉鬼人から自身へ戻る。

【沙織】
「マジでなんなの、こいつ⁈」

【紅葉鬼人】(声)
「早急に身ごしらえせねばならぬようだ」

【沙織】
「え? どゆこと?」

○4.江ノ島邸
都内の閑静な住宅街に佇む豪邸。手入れの行き届いた庭にはプールがあり、大きなガレージも有している。

○5.江ノ島邸の書斎
生活感のないホームオフィス。

窓から庭を眺める江ノ島。手にはスマホが握られている。

平良(21)がソファに寝そべってスマホでゲームをしている。

【江ノ島】
「平良君、出番だ」

【平良】
「聞いてました。本気出しますよ?」

【江ノ島】
「もちろん、そうしてくれ。じゃないと勝てない」

【平良】
「江ノ島さんがそんな風に言うなんて、よっぽどなんですね。紅葉鬼人っていうの」

【江ノ島】
「そうだ。でも、君ならできるだろ?」

【平良】
「わくわくっすよ。全力出せんだもん」

【江ノ島】
「(微笑みかけ)期待してる」

【平良】
「任しといて下さい。ぶちのめしてきますから」

平良はスマホをポケットへ突っ込んでソファから下りると、ドアも締めず、だらだらと部屋を出て行く。

【江ノ島】
「……」

江ノ島は再び窓の外を眺める。

【江ノ島】
「(ぼそっと)悪いな、平良君」

○6.ショッピングモールの化粧室前
時折、店員や買い物客が出入りしては、多目的トイレの前を通り過ぎていく。

『使用中』になっている多目的トイレの鍵。

〇7.多目的トイレ内

沙織は購入したばかりのボルダリングウェアに着替え終わり、便座に掛けてシューズを履いている。

【紅葉鬼人】(声)
「豪奢な厠よのう。今も昔も出物に違いはあるまいに」

【沙織】
「昔は何? 穴掘っただけとか?」

シューズの履き心地を試すと、沙織は腰にハーネスを装着する。

【紅葉鬼人】(声)
「川がある」

【沙織】
「やだ、やめて」

沙織がハーネスのホルダーへスキットルを差し込む。

【沙織】
「これ空だけど?」

【紅葉鬼人】(声)
「それでよい」

【沙織】
「変なの」

トートバッグから二つの鎌を取出し、ハーネスの後部へ装備する沙織。次にフードの付いたパーカへ袖を通す。

【沙織】
「(鏡を見て)これでいい?」

【紅葉鬼人】(声)
「うむ、悪くない」

【沙織】
「もう行く?」

【紅葉鬼人】(声)
「まだだ」

沙織の体が少し宙に浮いたかと思うと、やにわに足元から落下する。

<続く>

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