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「身のほどを知れ」第二話

○1.マンション
東京都下にある中層の古い建物。

正面玄関へやってくる沙織。立ち止まって上層階を見上げる。

【紅葉鬼人】(声)
「立派な館ではないか」

【沙織】
「なつぽいのお父さんが借りてくれてるんだよ。高校進学してから、ずっと」

【紅葉鬼人】(声)
「豪放磊落な御仁だのう」

【沙織】
「あたしたちのこと、すごく心配してくれてて。うちが貧乏なの知ってるっていうのもあるけど」

【紅葉鬼人】(声)
「その恩にも報いねばな」

【沙織】
「(正面玄関を見つめ)……」

【紅葉鬼人】(声)
「曲者はおらぬ。殺気や眼差しがない」

沙織はエントランスへと進む。

○2.自宅の玄関

鍵を開けて入ってくる沙織。警戒しながら廊下の奥へ目を凝らす。

【沙織】
「なつぽい、ただいま!」

返事はないが、屋内に荒らされた様子もない。

【沙織】
「……」

靴を脱ぎ、沙織は廊下を奥へと進む。

【紅葉鬼人】(声)
「(落胆した様子で)さては、この一角だけか」

【沙織】
「え、何?」

【紅葉鬼人】(声)
「家と言ったのは、この一角だけか」

【沙織】
「当たり前じゃん。この建物全部借りれるわけないでしょ。何言ってんの?」

○3.自宅のダイニング

沙織がやってくる。

テーブルの上に夏海のスマホがある。

【沙織】
「……」

沙織は夏海のスマホを手に取り、着信履歴やチャットを調べる。

【沙織】
「やっぱ電車乗ってた時のチャットが最後。どうしよう?」

【紅葉鬼人】(声)
「あの男も俺が蘇ったことを知ったはずだ。すぐに仕掛けてくるさ」

【沙織】
「待って。もしかして江ノ島って人のこと知ってる?」

【紅葉鬼人】(声)
「奴の狙いは俺だからな」

【沙織】
「ちょっと、どういうこと⁈」

【紅葉鬼人】(声)
「誠の名は大伴というらしい。昔、俺が仕留めてな。それを根に持っておる」

【沙織】
「何⁈ じゃ、あたし巻き添えってこと⁈」

【紅葉鬼人】(声)
「すまぬ。お前を道連れにするとは考えもせなんだ。体を奪い切り、生まれ変わる算段じゃった」

【沙織】
「何気に抵抗したあたしが悪いって言ってる?」

【紅葉鬼人】(声)
「いいや、お前に勝てなんだ俺の過ちだ」

【沙織】
「過ち⁈ 何、それ⁈ ……あれ? でも、今、仕留めたって言った?」

【紅葉鬼人】(声)
「そうだ。葬り去った。しかし、俺も岩屋へ封ぜられた」

【沙織】
「大昔に死んだおっさんが、なんで今いんのよ?」

【紅葉鬼人】(声)
「あの男は人に憑依にすることで転生ができる。俺も奴から盗んだのさ。その術をな」

【沙織】
「寒くない? そのファンタジー感」

【紅葉鬼人】(声)
「冷えてはおらぬ。何しろ、仙人なのだそうだ」

【沙織】
「大姥様だって山の神なんでしょ? あたしからしたら、どっちもおんなじ人に憑りつく悪霊だけど」

【紅葉鬼人】(声)
「俺は断じて悪霊ではない」

【沙織】
「はいはい。とにかく今はまず、なつぽいを助けなきゃだから」

【紅葉鬼人】(声)
「支度をしたい」

【沙織】
「支度? なんの?」

【紅葉鬼人】(声)
「奴は一筋縄ではいかぬ。討つには得物がいる」

SE)電子チャイム

インターホンのモニターに映る私服警官AとB。警察手帳を見せている。

○4.自宅の玄関先

私服警官AとBが手持ち無沙汰で突っ立ている。

ドアを開け、沙織が出てくる。

【沙織】
「はい?」

【私服警官A】
「阿藤沙織さんですね? 多岐夏海さんと同居してる」

【沙織】
「はい、そうですけど」

【私服警官B】
「昨日まで入院してましたよね? 長野の病院のほうで」

【沙織】
「もしかして支払いの件ですか? そう言えば、あたし黙って勝手に出てきちゃったから……」

【私服警官A】
「いえいえ。それは江ノ島大和さんというお知り合いの方が、退院手続きと一緒に済ませてます」

【沙織】
「そうだったんですか⁈ 江ノ島さんの連絡先って教えてもらえません?」

【私服警官B】
「知らないんですか?」

【沙織】
「そうなんです。お世話になりっぱなしなのに…… すごいお礼がしたくて」

【私服警官A】
「すみません。ダメなんですよ。個人情報は」

【沙織】
「そうですか……」

【私服警官B】
「申し訳ない」

【私服警官A】
「実は、あなたが入院していた病院で看護師が一人自殺しましてね。昨日の夜。玉藻さんという女性だったんですけど。直前まであなたを担当していたということで、地元の警察から事情聴取代行の依頼を受けまして」

【沙織】
「あの人が⁈ 亡くなったんですか⁈」

【私服警官B】
「何か変わった様子とか、ありませんでしたか?」

【沙織】
「初対面でしたし、あたしも入院中で意識が朦朧と言うか、ふわふわしてましたから……」

【私服警官A】
「ですよね。覚えてることだけでいいんです。例えば……どんな印象でした?」

【沙織】
「動きの速い方でした。……あ、フットワークが軽いって意味で」

【私服警官B】
「てきぱきしてたと」

【沙織】
「そう! それ」

【私服警官A】
「多岐夏海さんにもお話を伺いたいんですけど、いらっしゃいますかね?」

【沙織】
「今、出てるみたいで…… 買い物かな?」

【私服警官A】
「そうですか。戻られましたら、多岐さんにも話を聞いてみて下さい。名刺をお渡しておきますので、何かあれば」

私服Aが名刺を差し出し、沙織はそれを慇懃に受け取る。

【沙織】
「わかりました」

私服警官AとBは一礼し、その場を離れる。

【沙織】
「あの……」

私服警官AとBが立ち止まって沙織へ振り返る。

【沙織】
「防犯カメラとかは?」

私服警官AとBは顔を見合わせる。

【私服警官B】
「(首を振り)何も。屋上にも何台かあったんですがね」

【私服警官A】
「壊れてたんですよ。どこのカメラも。事故の前から」

【沙織】
「そうなんですね……」

【私服警官A】
「それじゃ、どうも」

私服警官AとBが会釈して去っていく。

〇5.自宅の玄関

沙織はドアを閉め、足早にダイニングへ向かう。

【沙織】
「ねぇ、警察に頼もうよ」

【紅葉鬼人】(声)
「やめておけ」

【沙織】
「なんで?」

【紅葉鬼人】(声)
「歯の立つ相手ではない。あたら死人を増やすだけだ」

【沙織】
「あたしたちならいけるわけ?」

【紅葉鬼人】(声)
「そうだ」

○6.マンションのエレベーター内

SE)到着のチャイム

ドアが開き、私服警官AとBが乗り込んでくる。二人の他に人はいない。

私服警官Bが一階のボタンを押し、エレベーターは階下へ向かう。

【私服警官B】
「あの子たち、あっちの事件には関与してなさそうですね」

【私服警官A】
「当たり前だ。下手すりゃ、次の被害者になるとこだったんだぞ」

【私服警官B】
「どうします?」

【私服警官A】
「江ノ島ってのが気になるな」

【私服警官B】
「言えませんでしたね、あの子に。住所不定で無職の男だとは」

【私服警官A】
「でも、金は持ってんだろ? とんでもねぇ、あしながおじさんだよ」

【私服警官B】
「まぁ、最近は動画配信とか、仮想通貨とか色々ありますからね。住むところもレンタルだとか、シェアだとか」

【私服警官A】
「……なぁ、あの子、少し様子おかしくなかったか?」

【私服警官B】
「みんな、あんな感じじゃないっすか? 今の若い子」

SE)到着のチャイム

エレベーターが一階に到着し、ドアが開く。

【私服警官A】
「少し張って、つけてみるか」

私服警官AとBはエレベーターから降りていく。

○7.自宅のダイニング

沙織が学校のジャージ姿で買い物の準備をしている。

【沙織】
「なんでジャージ? ダサくない?」

【紅葉鬼人】(声)
「自ら選んだのであろう? 俺の身動きに耐え得る着物を纏ったなら、それで良い」

【沙織】
「う~ん…… まぁ、一周回ってお洒落さんかもね」

沙織はテーブルにトートバッグを置くと、髪を上げてヘアクリップで留める。

【沙織】
「オッケー」

夏海のスマホへ不明の電話着信が入る。

沙織が不安そうにスマホを取る。

【沙織】
「もしもし?」

【江ノ島】
「死んだ看護師は気にしなくていい。医療ミスを装って面倒な患者を何人も殺してた女だ」

【沙織】
「え?」

【江ノ島】
「警察に聞かなかったのか? 僕の弟子になりたがるのは、どういうわけか、そういう奴ばっかりでね。正直、困ってるんだよ」

沙織の容姿は何ら変わらず、心だけが紅葉鬼人と入れ替わる。

【沙織】(紅葉鬼人の声色)
「弱みを握り、傀儡にしているだけであろうが」

【江ノ島】
「お、その声、その声! やっぱり、大姥様だったか」

【沙織】(紅葉鬼人の声色)
「今は江ノ島大和というらしいな、大伴よ」

【江ノ島】
「……警察が来たのは、ちょっと前から玉藻の内偵を進めてたからだ。重要参考人のリストからは外れたと思うけど、尾行ぐらいはされるかもな」

【沙織】(紅葉鬼人の声色)
「娘は無事か?」

【江ノ島】
「子どもに手を出すほど僕は下衆じゃない。変質者と一緒にしないでくれ。じゃあな。また後で」

江ノ島からの電話が切れる。

沙織の心が紅葉鬼人から沙織へと回帰する。

【沙織】
「……」
 
紅葉鬼人(声)
「どうした?」

【沙織】
「怖いよ」

【紅葉鬼人】(声)
「夏海を想え」

【沙織】
「そりゃ、なつぽいは助けたいよ! でも、相手のこと全然知らないし! だいたい、仙人なんてマジ意味不明!」

【紅葉鬼人】(声)
「俺がいる」

【沙織】
「今考えたら、あいつサイコパスっぽい顔してたもん。ヤバい武器とか持ってたらどうすんの?」

【紅葉鬼人】(声)
「そのための支度だ」

○8.ショッピングモール内
様々な専門店が立ち並ぶ広大な施設。大勢の客で賑わっている。

買い物で一杯になったトートバッグを提げて沙織がやってくる。

沙織の後をつける私服警官AとB。時折、物陰に隠れては様子を探っている。

【紅葉鬼人】(声)
「つけられておる」

【沙織】
「さっきの刑事さんたちじゃない? あたしも気付いた」

【紅葉鬼人】(声)
「それ以外にも誰ぞおるようじゃ。油断するでないぞ」

【沙織】
「刑事さんたちが対処するでしょ」

【紅葉鬼人】(声)
「己の身は己で守るものだ」

【沙織】
「まさか、また殺し屋みたいの来てんの⁈」

【紅葉鬼人】(声)
「恐らくは」

【沙織】
「メッチャ怖いんですけど」

【紅葉鬼人】(声)
「我らならできる。必ずや夏海を救える。おのが思いの丈を信じよ」

【沙織】
「って言うか、なんであいつ警察が尾行するって知ってんの?」

【紅葉鬼人】(声)
「そう仕向けたからさ。放った刺客を紛れさせるためにな」

<続く>

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