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自分の価値を作り込む
あんたも自分の価値ってやつについて考える瞬間ってあるかい?
俺たちは多くの時間を会社組織の中の一員として活動することで価値を生み出していると思う。
この場合の会社ってのは個人事業主みたいなケースも含めて営利活動くらいの感覚で読んでもらえると嬉しい。
で、そんな営利活動の中で俺たちが求められ続けるもの。
そいつが俺たちの価値ってやつだよな。
世の中の変化の速度がどんどん早くなっていって、俺たちは俺たち自身を常にアップデートし続けていかないと、その価値を維持することすら困難になってきているって、あんたも肌で感じることがあると思うんだ。
今回は、オッサンが自分をアップデートするってことについて考えてみる回だ。
世知辛い世の中とか言ってる間に俺たちの体質ってやつに手を入れていかないとな。
学びと年齢
よく年齢を重ねることが「物忘れが酷くなった」だの「新しいことが覚えられない」だのって現象の原因だって言われることってあるじゃんか。
でも、例えば語彙力なんて切り口ではこんなグラフもあるらしい。
どうやら、歳を取ることと脳の能力の衰えってのは実のところあんまり関係ないってのが現実らしい。
脳の能力の衰えは具体的な病気によるものってことなんだろうね。
だとすると、俺たちはこの激動の時代で生き抜いていくために、常に新しい能力を身に着けていかないと行けないってのが道理ってもんだ。
なぜだって?
だって、皆が成長している中で、自分だけ立ち止まっていたら、相対的に自分の価値が下がっていくってことを意味するじゃんかよ。
組織と価値
実際、小泉竹中改革によって、日本における人材の流動性ってやつは格段に上がってしまった。
組織はその目的に応じたスキルを社外から流動的に調達出来るようになってきている。
これは逆に目的にそぐわないスキルは簡単に切り捨てられる状況を意味する。なので、俺たちは個人で自分の市場価値を高めるためにも「求められているスキル」を見極めていかなければならないってのが現実だ。
今までであれば会社が敷いてくれた路線をひたすらに走り続けていればよかったんだけれど、これからはそのスキルを身につけるために個人がある程度のリスクを負ってでも活動しなければならないってのが現実だと思うんだ。
例えば、今の労働環境では残業時間に対する規制がどんどん厳しくなっているのはあんたも感じているところだと思う。
俺たちオッサンが若い頃は残業時間100時間とか当たり前の世界だったもんな。
俺たちが若い頃はその豊富な時間を使って自らのスキルを身につけることが出来たってわけだ。
ところが、今のような残業時間の規制が厳しい世界では、会社が給料を払ってでも身に付けさせていたスキルってやつを身につけることが出来ない。
俺たちは個人の時間を使ってスキルを身につけていかないと、相対的に価値がない要員に成り下がってしまうってわけだ。
さらにみずほ銀行は週休3~4日って大胆な作戦に出るようだ。
これって、本当に組織としてヒトを育てるつもりが無いって言っているようなもんだよな。
個人のスキルのポートフォリオを考える
多分だけれども、この組織がヒトを育てないって傾向は今後強まっていくと思う。
だとすれば、これから俺たちは俺たち自身が身につけるべき価値ってやつを計画的にゲットしないと行けないよな。
改めて自分のスキルの内訳(ポートフォリオ)を考えてみると、当たり前だけれども、システム開発に関わる部分のスキルが大半を締めている。
要件定義の進め方、設計での留意点、テストでの品質評価と他の仕事をしているヒトにとっては「なんのこってすか?」ってスキルだ。
まあ、システム開発そのものが無くなるとは思わないけれども、この一連の自粛によって俺たちシステム屋の仕事が激変したのは事実だ。
そう考えると、俺のnoteの毎日投稿ってのはもしかしたら俺のスキルのポートフォリオをちょっと変えてくれているのかも知れない。
まあ、やる前よりは文章を書くことに対する抵抗感がなくなったもんな。
きっとオフラインでのコミュニケーション能力も多少は変わっているんじゃないかって感じているんだよ。
なあ、あんたはどう思う?
俺たちは俺たちの外にあるスキルを捕まえに行くきっかけをもてるんだろうか?