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男女に求められているイメージ

あんたは最近のCMになんかしらの偏りを感じてたりするかい?

例えばだよ。
洗濯用の洗剤のCMって異様に男性タレントが起用されている気がしないか?

一昔前なら逆に女性に偏ってたと思うけれども、今は逆になっているイメージがあるんだよな。

洗濯は女性の役目って感覚はまったくないんだけれど、なら男性タレントも女性タレントも両方起用した方が売上が立ちやすいんじゃねぇの?

他のジャンルでもさ。
性別についての偏りってのを感じるんだよな。

今回はこの偏りってのを考えてみる回だ。

ちっと、ヒトの意図ってのを想像してみようぜ。

洗濯洗剤における性別の偏り

で、洗濯洗剤のCMでの男性タレントさんの起用が目立っているってのが事実だとしてだ。

家事分担を男女平等にしなきゃってことを意識しての話なのかね?

にしちゃあ、男性がCMで映される比率が高い気がする。
まあ、「今までは女性が全部やってたでしょ?」って感覚があるゆえだとは思うけれど、その感覚って20年前には状況変わってない?どうなの?

って言う俺も、洗濯洗剤での男性タレントさんの出ている率が高いってのを妻に言われて初めて意識したんだけれどね。

妻いわく、「違和感を感じる」ってことだった。

このCMとかは村上さんが出ているけれど、洗濯物をだす子どもってそう言えば女の子どもが出てくるイメージないよな。

洗濯物という汚れたイメージを女の子につけるわけにはいかんって話なのかな?
まあ、わからんくもないけれど、男女平等ですよって建前とどう整合性をつけているんだろう?結構難しい話だ。

「ゾンビ臭」なる臭いが女の子から出ているってのは確かにいかがなものかって意見が出そうだもんな。

「女の子」に求められているイメージ

まあ、そう考えるとさ。

男の子にはそう言う「不潔」みたいなイメージをつけても良くて、女の子にはダメってのはなんでだ?みたいな話になりそうじゃん。

で、考えたわけよ。

逆に女の子は「清潔」である義務を世の中から課されているってことか?ってね。
それ以外にも「きれい」である義務とか「可愛らしい」ヒトである義務とか、結構な義務を負わされているって気もする。

もちろん、多くの女性は「それは自分の意志でやっている」って感じているとは思うんだけれども、男性も女性がそうなっていることを無意識に求めているってのはある気がする。

なら、洗濯物を出す子どもは男の子であるべきって表現は自明の理ってことなんかね。

「主婦」に求められているイメージ

上のCMでは村上さんが「主婦」っぽく描かれていたと思うんだよ。

でも今の状況だと、いわゆる専業主婦ってヒトって比率的に多くはない感覚なんだよな。
この不景気な状況下で夫一人の収入で全てを賄えるって、すげー稼いでいるヒトじゃないと難しいだろうし。

でも、村上さんに与えられたキャラクターは明らかに専業主婦っぽく見えるものだった。

なぜか?

女性が子どもの面倒を見ているって姿に、多くのヒトは安心感を感じると言うふうにCMを作ったヒトが考えたからじゃないか?

CMのディレクションをしているヒトって、たぶんだけれど俺みたいなオッサン世代だと思う。
そのオッサンたちが子どもの頃はまだ「お母さんが家にいる」ってのを当たり前に味わっていた世代かもしらん。
好景気だったしね。

でも時代は今の状況だ。

働きながら家事をするってイメージが一般的なんじゃないかね。

じゃあ、その感じのCMが洗濯洗剤で出てきても良くないか?
そう考えてみる。

たぶんさ。
エグすぎるんだよ。

朝、働きに出て、必死に仕事をし、クタクタになって帰ってきて、洗濯をする。
しかも、子どもたちや家族のものを含めてだ。
食事の用意もしなきゃならないってこともあるだろう。

そんな日々の生活にすり潰されていくような姿をCMで表現することは正解なのか?
そりゃあ二の足を踏みたくなるってのも分かるって話だよな。

そう考えると、洗濯洗剤のCMに出てくる女性が「主婦」のイメージになるのは致し方ないってことか。
それほどまでに「お母さん」が持っている強くしなやかなイメージってのは俺たちが手放したくないって感情を男女ともに持っているってことなのかもしれない。

なあ、あんたはどう思う?

俺たちは女性と男性に求められているイメージとどう付き合っていくのが正解なんだろうな?

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