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俺たちの心がすり減る前に
あんたは最近、真剣に遊んでいるかい?
オッサンともなると、日々カツカツで暮らしていくのがやっとで遊びに精を出している余裕なんてないって?
たしかにな。何年も大人なんてものをやっていると、やりたいことよりもやらなきゃいけないことを優先するもんだよな。
まあ、やらなきゃいけないことはやっとかないとエライことになるからな。そこはやっとこう。
今回は、それでも「やりたいこと」に真剣に向き合わないと、ヤバいって話だ。
そもそも若いときに抱えていた「○○したい!」って思いは、普通に暮らしているとどんどん薄まっていってしまうもんだ。
あんたも記憶があるだろう?
若いときに、「あの子とデートしてぇ」だの「めちゃめちゃ豪遊してぇ」だの考えてたよな?
でも俺たちは、そんな欲望と何時頃サヨナラしちまったんだろうな?
あの子とデート出来たときか?
とりあえずシコタマ飲みまくったときか?
そのどれも正解だが、きっと本質は「折り合いの付け方」ってやつを学んじまった時なんだろう。
当たり前だが、この世の中ままならないことが腐るほどある。
俺がどんなに飲み屋で「近頃の政治屋はよ~」とかくだを巻いていたとしても、一向に世の中は良くならない。
それでも俺たちは飲み屋でグダグダ言うことがある。
なぜだか分かるかい?
それは、そのグダグダ言うのが俺たちが見つけた「折り合い」だからだ。
自ら政治活動をして世の中を変えるなんてこと出来ないから、飲み屋でグダグダ言ってるってわけだ。
そう、折り合いってのは自分が行動しない理由を与えてくれる。
まあ、最近よく聞くコンフォート・ゾーンから出られないってやつだよな。
で、そのコンフォート・ゾーンの中にいると、どんどん自分が鈍感になっていく。
あんたにも実感があるんじゃないか?
自分が摩耗していくあの感じだ。
このままでいいのか?なんて、考えたりもする。
自分探しをするのはOLの専売特許ってわけじゃないんだ。
だが、この思考を突き詰めていくのはものすごい危険だ。
なにしろ「なんで生きているんだ?」なんて疑問にすぐにたどり着いちまう。
これを避けるにはどうすればいいのか?
多分答えは1つだ。
行動することだ。
行動はそれだけで精神を癒す効果があるって話がある。
それだけ俺たちは自分自身の行動に支配されていると言っても過言じゃない。
そんなこと言ったって、気分が乗らないんだよ。
そう、あんたは言うかもしれない。
ただ、断言するが、あんたは、気分が乗らないから行動しないんじゃない。
行動しないから気分が乗らないんだ。
じゃあ、何を行動すれば良いってんだ?
決まってる。あんたの夢中になっていたことだ。
子供の頃、夢中になっていたことを思い出してみな?
きっと、最初の一歩はすぐにでも踏み出せるさ。
で、可能なら遊び仲間を作るコッタな。
行動は他人が見ているとよりやりやすいってもんだ。
あんたは真剣に遊べそうかい?
その遊びに付き合ってくれるダチは見つかりそうかい?