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家族の肖像

あんたの家族は、あんたのことを気にしてくれるかい?

俺の家族は、ワリカシ俺のことを気にかけてくれているように感じているんだよ。

ふと気を抜いて無表情でいたりすると、「なんでそんなにムスッとしてんの?」とか妻が言ってくれたりする。

息子は息子で、多分気を使って俺にはあまり話しかけてこない。
それだけ書くと、嫌われているみたいに思うと思うけれど、一緒にゲームをしてほしいとか、一緒に遊んでほしいとかは普通に言う。

俺がなんかの作業をしているときは、黙って見守ってくれている感じだ。ううむ、男前だ。

今回は、俺の家族について観察し直してみる回だ。

まあ、あれだ。我が愛する家族の肖像。読んでやってくれよ。

プレゼントを要求する妻

まずは妻だね。

俺と妻はお見合い結婚なんだけれど、今やお互いが空気のように必要な存在なんだと思う。

日本舞踊の師範という顔を持っている妻は、ワリカシそう言う「美しさ」みたいなものにこだわりを持って生きているような気がする。

桜を見ては「わあ、きれい!」。
近所にあるビストロナガミネっていうプチパリレストランに行ってみれば、「すごぉーい!」。

俺がオモロイと思うポイントとは明らかに違うところを楽しんで生きている感じだ。

そんな妻は、ワリカシいろんなタイミングで俺にプレゼントを要求する。

やれスイートテンダイヤモンドがどうとかこうとか。

関係ないけど、あの小学生くらいの子供が「スイートテンダイヤモンドだぁ」ってCM、なんでオマイはそんな言葉知ってるんだって当時から突っ込んでいたことを思い出すね。

で、なんで妻はそんなふうにプレゼントを言葉にして要求するのか?
それも「美しさ」へのこだわりだと思うんだよね。

ん?どう言うことかって?

多分だけれど、家族の絆みたいなものの「美しさ」を目に見える形にしたいって思いの現れなんじゃないかなぁって思うわけさ。

まあ、ダイアモンドみたいなお高級品はなかなかにあれだけれど、気がついたら花束くらいはプレゼントし続けていきたいもんだよね。

一人暮らしのころだったら、絶対に買わなかった花束。
それが生活の一部に入ることを経験すると、妻の「美しさ」へのこだわりも俺の価値観を確実に広げてくれていると思うんだよね。

優しさを大切にする息子

親の俺が言うのも何だけれど、我が息子は多分相当に優しい。

前にも書いたけれど、おもちゃのハロに優しく語りかけたりしている。

それだけじゃなくて、外で起きた出来事に対してプンスカ怒りながら話してくれることもある。
話を聞いてみると、大体が「〇〇くんが意地悪されていて怒った」とか「〇〇くんが邪魔されていて怒った」とか、たいてい誰かのために怒っている。

どこの正義の味方ですか。君は。

まあ、俺の持論として、「強さは生き残るための道具。優しさは生き残る目的」ってのがあるので、その意味ではまっすぐ育ってくれているような気はするね。

気をつけなければ行けないのは「正しさ」は麻薬のようなものだってことかな。
「正しさ」は「攻撃」の後ろ盾に使っちゃあいけない。
「攻撃」を伴った「正しさ」って、きっと誰も幸福にしないことだと思うからね。

そのことを小学生にわかるように伝えるにはどうしたらいいんだろうね?

正しく生きなさい。でも正しさを押し付けてはいけないよ。

このことを大人に伝えることだって困難極まりないし、現実に正しさを押し付けないってことほど難しいことも無いもんな。

「俺はこう思うんだけど、どう?」って問いかけをするように心がけてはいるけれど、どうしても譲れない正しさみたいなものは誰だって持っているもんだと思うからね。

そう言う譲れない正義に対する「悪」が目の前にあったときに、俺は息子にどうあってほしいと思っているんだろうか?

そいつを言葉にしようとするってことは、親としての俺の「正義」なんだろうな。きっと。

さて、あんたのところはどうだい?

あんたの家族、俺に自慢してみてくれよ。

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