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まるで“ディスコ考古学”──「DJカルチャーとクラブ・ミュージックの100年史」~Last Night A DJ Saved My Life

ラリー・レヴァン、フランキー・ナックルズ、マンキューソ、クール・ハーク、DJシャドウ、ダニー・クリヴィットなどなど、
関係者による膨大な証言と資料からその歴史を詳らかにした名著『そして、みんなクレイジーになっていく』に新章を6章追加、新訳を施し、さらに全面加筆した決定版が刊行されました。

ビル・ブルースター+フランク・ブロートン
『そして、みんなクレイジーになっていく 増補改訂版 DJカルチャーとクラブ・ミュージックの100年史―― Last Night A DJ Saved My Life』

ここでは、DFA主宰、LCDサウンドシステムのジェームズ・マーフィーによる音楽への愛あふれた(彼のDJの際のプレイリストを思い浮かべるとさらに胸が熱くなる)序文を一部抜粋して試し読み公開します。

書名に使われているIndeep『Last Night A DJ Saved My Life』(1982)


序文 ちょっとイカれたディスコ考古学者──ジェームス・マーフィー(DFA、LCDサウンドシステム)

 1999年、今あなたがその熱い手に抱えている本のオリジナル版が出版され、僕はそれを読んだ。当時の僕はすでにMDMA、新たな経験、新たな友人、新たな楽しみ、その取り合わせでフラフラになっていて、そして(僕にとっては)新しい、夢のように素晴らしい音楽が、眠りを奪われたままの体に次々押し寄せて山のように積もり、呆然とした状態だった。ところが僕は、この本によってみごとに解き放たれたのだ。

 はっきり言って、僕はそのときまでダンス・ミュージックが好きではなかった。さらに言うなら、DJが好きではなかった。DJとは他の人間のレコードをかけるだけで金を儲けている奴らである、というのが持論だった。僕の人生はバンドを見に行くことに捧げられていた。もっと細かく言えば、ちっぽけなインディペンデント・バンドを見に、小さなクラブに行くのだ。自分の目の前で、実際に生でプレイする彼らを見る。彼らは自分たちの大切な何かを差し出し、それをフロアに預ける。身を切って血を流す。僕はそういうバンドの自分版を作ってプレイした。ちゃちで気の毒なギターをちゃちで気の毒なマイクスタンドに「フィーリング」を込めて叩きつけ、あげくの果てにフレットボードをすっかり凹ませてしまった。さほどちゃちではないこの手足がやれる限界まで激しくドラムを叩き、しまいには、優しい女性プロモーターがハイハット・スタンドの横に素早く投げてくれた段ボール箱にみごとに吐いた。そうさ、僕にはDJなんか向かない。ところが、ミレニア
ムが終わりに近づいたころ、僕の80年代は思い出となり、僕の90年代はありがたいことにもう砂に埋れて死に絶えて、そして知らず知らずのうち、僕のなかに何か違うものを受け入れる準備ができてきた。

 1997年ごろだったろうか、僕はマーカス・ランキン(のちのシット・ロボット)というDJと親しくなり、彼のパーティに足を運ぶようになった。「ショーのサポート」に行くわけだ─というか、つまりまあ、イースト・ヴィレッジのどこかのロック・バーで、インディー・ロックを並べたジュークボックスの隣で惨めなミュージシャン仲間と安ビール片手にピンボールをやる以外のことをしたかったのだ。たいてい僕はノイ!のTシャツを着て退屈を装っていたのだが、マーカスがプレイを始めた瞬間、場の空気が変わるのがわかった。一瞬にして楽しくなったのだ。彼のプレイする曲、というより誰のプレイする曲も、僕はまったく知らなかったが、その瞬間にパーティがよ くなったのはわかった。おそらくそれが、僕の抵抗に最初のひびが
入った瞬間だったのだろう……。

 マーカスの友人のDJ、デヴィッド・ホルムズが、ティム・ゴールドワージーとフィル・モスマン(LCD〔訳注・LCDサウンド・システム〕のオリジナル・ギタリスト!)を連れ、NSCの僕のスタジオにレコードを作りにやってきたとき、僕は初めて、それまで長いあいだ馬鹿らしいと思っていた世界にのめり込むようになった。いきなり、心ならずも、楽しくなってきたのだ──実感できる楽しさだった。マンハッタンの〈ヴァニティ〉の地下にふらっと降りて、デヴィッドがやりたいままにねじ曲げたパーティから流れてくるジミ・ヘンドリックスの「クロスタウン・トラフィック」を耳にした瞬間は、今でもはっきり覚えている。「DJはこんなのもプレイしていいのか?」。そのうち僕は、それまで何年もかけて巨大な山のように貯め込んできたレコードを横目でチラチラ見るようになり、このなかに自分のパーティでかけられる曲がないかと考え始める。これが実のところ、たくさんあったのだ。そこから僕のDJキャリアらしきものが生まれた。

 認めるのは恥ずかしいが、僕はすぐに自信をもちはじめた。いや、だって、僕と馬鹿な仲間がクラウトロックやポストパンクのレコードをアシッド・ハウスやパトリック・カウリーのミックスした「アイ・フィール・ラヴ」に続けてプレイすると、実際に人が入るようになり、踊ってくれるようになったのだから。僕は自分たちがルールを書き換えているのだと、自分たち以前に存在したDJたちの伝統をぶっ壊しているのだと思っていた。俺たちは本気本物のレコードオタクだ! こんな変わった、私的に愛される曲、90年代後半のダンス・ミュージックに慣れたダンスフロアにハマるとは思えないような曲をかける俺たち! 世界の度肝を抜いてやるぜ!

 そんな鼻っ柱でいたとき、僕はこの本に出会った。これが僕にどれほどの影響をもたらしたか、ちょっと説明しようがない。僕は即座に悟ったのだ。自分たちこそ天才的な反逆者だと思い込んでいたけれど、実のところ僕らは、たまたま長く素晴らしい伝統の一部になれた幸運な人間にすぎなかったのだ。伝道者、司会者、熱狂的ファン、他にもあまたの聴きに来て踊ろうと思ってくれる人たちのために場所を作ることを自分の務めとする人たち、その系譜につながることのできた僕らは幸せ者であり、つまり、その……僕らなど大した素材ではないのだ。そのようにしてこの本は、僕がいつしか抱き始めていたかもしれないエゴイスティックなDJ意識を、速やかに、そして確実に、取り除いてくれた。そして僕の人生そのものをいい方向へと転換させてくれたのだ。
(※一部抜粋)


《書誌情報》
『そして、みんなクレイジーになっていく 増補改訂版 DJカルチャーとクラブ・ミュージックの100年史―― Last Night A DJ Saved My Life』
ビル・ブルースター+フランク・ブロートン=著 島田陽子=訳
ISBN: 978-4-86647-219-5
A5・並製・800頁 本体5,000円+税

◆「20世紀後半のポピュラー音楽の歴史に少しでも興味がある人にとって必要不可欠。まるで当時を見ているような生々しさを持つ必読書」──New York Times Book Review

◆「長い間触れられていなかった音楽史の一片に光を当てた。音楽愛好家の熱意と大衆の視野で書かれた一冊。ダンスフロアで忘我した経験がある人なら誰もが楽しめる」──The Face

「カルチャーは夜生まれる。DJを巡る物語」──野村訓市(Tripster Inc.)

目次抜粋
ラジオ/クラブ/ノーザンソウル/レゲエ/ディスコ/ハイエナジー/
ヒップホップ/USガラージ/ハウス/テクノ/バレアリック/ジャズ・ファンク/アシッド・ハウス/UKベース/アーティスト/アウトロー/女性DJ
付録:本書に登場するクラブやイベントの保存版級プレイリスト、用語注釈


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