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常識を疑え (徳島宿プロジェクト)

倉庫という場所を人が快適に過ごせる場所に改装するには、思っていたよりずっと手間とお金が掛かるということが身に滲みて分かってきた。

計画当初、自分の思いを設計士にぶつけたところ、補助金でもらえる額の4倍の見積書が届き、目の前が真っ暗になった。設計士は何か高級な宿を作ろうと勘違いしているのでは無いか・・・現実を受け止められず、知り合いの建築関係者にもグチをこぼしたのだが、特別凄いことをしようとしているわけでも無いし、ある種真っ当な見積もりだと言われ、ますます目の前が暗くなった。

そもそもの見通しが甘かった上に、折しもロシアの侵攻や円安の影響で、建築資材が高騰しており、プランの細部を調整するというよりも、宿作りの考え方を根本から改める必要に迫られた。

そもそも倉庫というのは、薄いトタン一枚を羽織っただけの隙間だらけの建物。自然に換気ができるとは言え、暑さや寒さもダイレクトに伝わる内部は、雨風を凌ぐという意味では室内だが、その環境を考えるとほとんど室外とも言える。

建物すべてを室内と考えるから、手間も予算もかさむのではないか・・・

元々この倉庫には、日差しを遮り、心地よい風が吹き抜ける、大きなひさしを持った野外作業スペースが存在しており、この物件を一目見たときから、この場所を宿のアウトドアリビングにすると決めていた。

大きなひさしの作業スペース

そこで、建物内部においても客室以外の共用スペースを、このアウトドアリビングと同じと捉え、断熱・天井・壁といった造作を廃し、大幅なコストカットを図ると同時に、単にお金が無いという言い訳では無く、光・風・潮の香り・自然の音など五感で感じる自然の心地良さを取り込み、シンプルに海に面したこの環境、倉庫という場所を楽しんでもらうにはどうすれば良いかを考えることにした。

東面のシャッター、その左が広大なひさしを有するアウトドアリビング

・・・とはいえ、どう考えるか難しい問題も現れた。
倉庫東面にある車が入れるほどの大きなシャッターをどうしたものか。開け放つと海が見えとても気持ちいいのだが、そこにあるのはもはや窓とかという概念を遙かに超越した巨大な空洞、窓に作り替える予算はとても無い・・・。

東側のシャッター

シャッターから見える景色を見ていると、ふと子どもの頃の記憶が甦ってきた。
それは、長い間誰からも見放されたボロボロの民家を探検していたときのこと。
暗い室内を進んでいると、急にまぶしいほどの光に包まれた。見上げると崩れ落ちた屋根から、光の束が降り注ぎ、室内からは複雑に切りとられた青空と雲だけが見えた。ボロボロの廃墟が、何か特別な空間にかわったような気がして鳥肌が立った。なんてカッコイイんだろう、今でもその風景は目に焼き付いている。

あのワクワクの正体は何だったのか・・・。

大げさに言うならば、建築の魅力や奥深さがそこにすべて詰まっていたような気がする光景だった。

どういう心地良さを大切にするのか・・・
暑さ寒さをきちんとコントロールする心地良さ?
自然を五感で感じられるようにする心地良さ?

当たり前と思っている世界を疑い、少し距離を置いてみる。
あれこれ常識に囚われると、大切なものが見えなくなってしまうもの・・・。

この大きなシャッターを開け放つ心地良さは、あの屋根の抜けた廃屋を思い起こさせる。そうした感動こそがとても大切で、心地よい季節や時間に合わせて、単純に開け放つということをみんなで一緒に楽しめばいい。

そうだ、それでいいんだ。

倉庫の隣にある、造船所跡

予算が足りない・・・
よりシンプルにそぎ落としていく行為が、大切なことに改めて気づかせてくれた。
時間をかけてゆっくりじっくり、倉庫に暮らすからこそ感じるものを大切に・・・
これからも味わいながら、進めていけるといいな。


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