絵の中にアイディアを見出して絵本を作る

絵本はアイディアだ、絵本を作るには全体を貫き通すアイディア見出さなければならない。このnoteでも、プロになりたい人向けにやっている絵本塾でも、大学の授業でも、何度もそのことをお伝えしています。

とにかく、まずはアイディアを見出したい。そしてアイディアが見出だせたら、そのバリエーションを考え、それらで構成していく。つまり絵本は「ひとつのアイディアとそのバリエーション」で出来た構造物だと考えるとアプローチしやすいです。でも実際に絵本を作る際、常にアイディアが先にあって、そこから構成や設定を検討する、という訳でもないのです。僕は、絵本を作ったことのない画家やイラストレーターと絵本を作ることが多いです。そうすると、やはり絵から入って、その中に「アイディア」を見出していくという過程を経ることが増えてきます。よく「その絵の前後の状況を想像してみると良い」ということを聞いたりしますし、かつては自分もそのように考えていたこともあるのですが、今は個人的にはあまり効果的だとは感じていません。アイディアが見出だせないまま前後の状況を考えて広げていくと、どこかで辻褄を合わせようとしてしまい、結果的に行き当たりばったりのものになってしまう、ということが多くなります。まずはアイディアを見出して、そこから広げていきたい。そのことを、こちらの絵本の出来る過程を説明しつつ、書いていきたいと思います。

『てがみがきたな きしししし』
https://mishimasha.com/books/9784909394538/

作者は網代幸介さんで、こちらは2作目の絵本となります。まるで異世界と交信しているかのような、不思議な世界を描く作家で、初めて見た時に一発で大ファンになり、いつか絵本を一緒に作りたいと思いました。すぐにお声がけし、そこから打ち合わせを重ねて、色々と案を練って話し合ったりしたのだけど、なかなか「これは」というものが出来ないんですね。それはなぜかというと、決定的なアイディアが出なかった、ということでもあります。何度も言うように、絵本は「アイディア」なんです。それが見いだせないということは、絵本を貫き通す仕組み、構造が存在しないということになります。

網代さんの頭の中には、自分が描く世界がどういう世界か、驚くほど詳細な設定があり、絵の一部分を指して「これはなんですか?」と聞くと、それがどんなものでも詳しく答えてくれます。なので「設定」はある。でも、その設定のなかで、どんな絵本を作るのか、という「アイディア」が見いだせなかったのですね。いくら設定が詳細にあっても、アイディアがないことには絵本にならない。それでなかなか進まずに、何年か経ったのですが、ある展覧会でこんな絵を観たのです。

これはその絵をポスターにしたものの画像です。実物は油彩の結構大きな作品で、じっと眺めていると暗がりの中に何か浮き上がるようで、見ているうちに絵の世界に入り込んでしまうような感覚もあり、本当にすごい絵だなと釘付けになりました。そして、この絵をヒントに絵本が作れるんじゃないかと思ったのです。

古い屋敷のなかに、いろんなおばけが潜んでいる。そこに迷い込んで、沢山のおばけに出会う、そんな絵本なら、この絵の魅力を活かしながら、一冊の作品にまとめられるのではないかと考えたわけです。この作家はとにかく絵が魅力なので、その絵を全面的に活かしたい。複雑なお話、ストーリーを作ろうとすると、話の展開上、時に絵としてはそんなに面白くない場面を描くことが必要になることもあるかも知れません。その場面がないと次の展開に進めない、ということはありえます。でも、今回はなるべくそういう、「つなぎ」として入れなければいけない場面、というのを入れずに、網代幸介という画家の絵の魅力を全面的に押し出しながら、しかし絵本としても成立するものにしたいと考えたのです。じゃないと、こんなすごい絵を描く人に絵本をお願いする意味がないと思いました。

では、この絵を活かしたまま、どんな風にすれば、絵本にすることが出来るのか。絵本にするには、全体を貫き通すひとつのアイディアが必要です。それをどう考えるのか。

そこで、網代さんは「郵便屋さんが訪ねてくる」という設定を持ち込んだわけです。単に誰かが迷い込むとかではなく、郵便屋さんとすることで「手紙をまっている沢山のおばけたち」という設定が出てくるわけです。誰かが迷い込んで、おばけたちがその人を怖がらせるというだけでも出来るには出来ますが、ちょっと設定として弱く、漠然としていますね。もう少し具体的な、この絵本の仕組みを決定づけるようなアイディアを見出したい。今回は、郵便屋さんがきたという設定を作ることで「おや、手紙がきたかも」「ねえ、わたしのてがみは、ぼくのてがみは?」とおばけたちがどんどん出てくる、というこの絵本の構造を作ることが出来た、ということです。この設定のおかげで、とてもシンプルな見せ方で、しかし全体を一つにつないで、網代幸介という画家の絵の魅力を思い切り味わえる絵本になりました。

手紙を持ってきた郵便屋さんをみつけて、待ちに待っていたおばけたちが「てがみがきたな」「わたしのてがみは?」などといいながらどんどん出てくる、その様子をひたすら見せていく。それがこの絵本のアイディアですね。1枚の絵から「アイディア」を見出す、ということは例えばこういうことです。ここまで行ってやっと「アイディア」だと言えます。その前の段階、「古い屋敷の中に様々なおばけが潜んでいる」というのは、あくまで「設定」であって、絵本のアイディアというにはまだ足りません。

さて、やっとアイディアが見出だせました。では、次にどのように考えるか。ここで「設定」が重要になります。何度もいうように、絵本を作るときに「ひとつのアイディアとそのバリエーション」という考え方を持っているとアプローチしやすいです。つまり、アイディアが見出だせたら、次はそのバリエーションを考えていきます。そしてバリエーションを出していく時に「設定」を考えることがとても重要になってくるのです。

手紙を持ってきた郵便屋さんをみつけたおばけたちが「わたしのてがみは?」「ぼくのてがみは?」などといいながらどんどん出てくる、その様子をひたすら見せていく。そのアイディアのバリエーションを出していく、つまりそれは郵便屋さんが移動していく過程を見せていく、ということでもあります。すると考えなければいけないことが見えてきますね。この絵本の舞台はどこでしょうか。古いお屋敷ですね。その中を、郵便屋さんは奥へ奥へ、上に上に進んでいく。であれば、お屋敷の中がどうなっているかを具体的に考えていくことが、バリエーションを出していく上でとても重要になります。

例えば、扉を開けたら暗く広いホールが広がっている、廊下には様々な像が飾られていて、進んでいくと噴水のある中庭のようなスペースがあったりり、大きな階段があったり、上に上に続く回廊があったり、というように、舞台設定を考えていく。そうすることで、描くべき場面が割り出されていきます。そして、その場面にあったおばけに登場してもらうわけです。勿論、場所の設定からではなく、描きたい場面、出したいキャラクターから舞台設定を割り出していく、ということもあり、それは両面から検討すると良いと思います。いずれにしても、設定を考えることは、アイディアのバリエーションを出していくためにもとても大切な過程だといえます。

アイディア、設定、そしてバリエーション。大分見えてきました。次に考えたいのは「展開」です。一つのアイディアとそのバリエーションで構成していく。それがある程度うまくいくと、形にはなってきます。ただ、それだけではまだ足りません。同じような強さのバリエーションを、同じようなリズムで見せていくと、読者はそれに慣れてしまい、場合によっては飽きてしまうかも知れません。ひとつのアイディアとそのバリエーションを見せていきながら、読者に「次はどうなるんだろう?」と興味を持ち続けてもらえるようにする必要があります。なので、僕は「ひとつのアイディアとそのバリエーション」に加えて「リズムの変化と状況のエスカレート」という言葉をよく使います。

そういう目で『てがみがきたな きしししし』を見てみると、徐々に状況がエスカレートしていくように作っているのがわかると思います。前述のように、屋敷の中の様子、構造を考えつつ、段々とおばけの数が増えて、とんでもないことになっていくさまを見せていますね。そしてこの絵本の場合、最初は1場面ずつ、違う状況を見せていくという構成になっています。そのうえで、後半、宴の場面に差し掛かる頃から、ひと続きの大きな流れを作り、状況をエスカレートさせたうえで、さらにこれでもかと畳み掛けていくという構成を作っています。1場面ずつ断片的に見せていく構成から、ひと続きの大きな流れに移行し、さらに今回の場合は規模を大きくし、読者をめくるめく流れに巻き込んでいきます。

以上が例えば「リズムの変化と状況のエスカレート」のひとつの形で、これをあくまでも「ひとつのアイディアとそのバリエーション」の中でやっていくことが大切です。この考えはかなり応用が効きます。アイディアのバリエーションを例えば2見開きずつのブロックを作って構成し展開しつつ、途中で1見開きずつにしたり、左右分割で見せたり、白バックでいくつものイメージをちらしたりしならが、クライマックスでは3場面くらい使って大きな展開を作ってみようとか、色々方法はあります。絵本がどうしても単調になってしまう、という悩みを持つ人は、これを意識するだけでかなり変わってくると思います。

というわけで、まずは『てがみがきたな きしししし』を例にとり、絵からアイディアを見出して絵本を作る方法について考えてみました。絵からアイディアを見出した絵本、他にもあるのですが、今回思ったより長くなってしまったので、別の機会に紹介したいと思います。

『てがみがきたな きしししし』については、刊行時にこんな文章も書いたのでよかったら読んでみて下さい。というわけで、皆様どうぞ良いお年を。


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