恥市場 4『ベトナム戦争と私』
怖い思いをしたが、怪談にはならない――そんな体験もある。
例えば・・・。
1970年前後、泥沼化したベトナム戦争が、遠く離れた日本の幼児に爪痕を残した――そんなお話。
私が通っていた保育所にイケダ先生(仮名)という若い保母さん(現代の保育士)がいた。優しくて美しく、児童たちの人気者だった。
お昼前は自由時間。活発な子供たちは外で駆けまわったり、砂遊びをしたり。おとなしめの子供も屋内の大広間で積み木をしたり、お絵かきをしたり。
イケダ先生が本を小脇に広間に来ると、読み聞かせの時間だ。お話し好きの子供たちがイケダ先生を囲んで、古今東西の物語に身も心も委ねる。一日のうちで、私が最も楽しみにしていた時間である。
しかし、あの日は広間に現れたI先生を見て違和感を覚えた。いつもは絵本を小脇にかかえているはずが、写真が表紙の雑誌を手にしていたのだ。
「みんな、よく聴いて。この日本から遠く離れた、ベトナムという国では戦争が起こって、罪もない人たちが辛い思いをしています」
ゆっくりと雑誌のページをめくりながらイケダ先生は子供たちに語りかける。その雑誌は表紙だけでなく、内容も写真中心だった。いまから思えば、その雑誌はアサヒグラフかなにかで、もしかしたらイケダ先生は反戦運動に関わっていたのかもしれない。確かなことは、彼女はあくまでも善意で、私たちが将来、二度と誤った道を進まないよう、戦争の悲惨さを訴えたかったのだろう。
子供ながらに「なんか、面倒なことになっちゃったな」、そう思ったが、いまさら逃げ出すわけにもいかない。
イケダ先生がページをめくるたび、紙面でおぞましい光景が展開する。
低空飛行で押し寄せる戦闘用ヘリの群れ。
水田の中を逃げ惑う村人。
焼かれる集落。
頭に銃を突きつけられる市民。
そして兵士に追われ、逃げ惑う子供たち――この写真に、友達のアキヨシ君(仮名)が反応した。
「あー! 素っ裸、素っ裸、ギャハハハハハー!」
写真雑誌を指をさして大爆笑するアキヨシ君。
写真の中、泣きながら逃げる子供たちの一人が、入浴中だったのか着替え中だったのか、一糸まとわぬ裸体なのだ。それが、アキヨシ君のツボにはまってしまったらしい。悲惨な写真を見せられた不安と緊張の反動もあってか、もう笑いが止まらない。腹筋と一緒に心まで崩壊したかのように、延々と笑い転げている……イケダ先生の顔色が変わるのも知らずに。
イケダ先生にしてみれば、戦争の悲惨さを伝える神聖な行為が、思いがけず笑いの材料にすり替えられたようで、カチンときちゃったのだろう。
「これを見ても笑っていられますか?」
そう言って、イケダ先生は禁断のページを開いた。
子供の死体が写っていた。
ただの死体ではない。
地雷によってか機銃掃射によってか。バラバラになった五体が、かろうじて皮一枚で繋がっている。そんな子供の死体を兵士がつまみあげている――そんな写真だった。
これにはさすがのアキヨシ君も黙った。私はというと、その日のうちに、おそらくは精神的ショックのため高熱を発し、一週間ほど寝込んだ。
いまなら保育士の責任問題だが、当時はなにかとおおらかだった。
ちなみに私が熱にうなされ、倒れていた一週間、アキヨシ君は保育所で元気いっぱい遊んでいたそうだ。
まったく、とんだトバッチリである。
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