渇望の手にダイナミック・ハード・ドリンクを
※この記事は無料です
早朝の市内を歩いていた。
雨雲は過ぎていた。
傘は要らなかった。
まだ開いていないスーパー・マーケットの
駐車場を通り抜けた。
蜜柑色の店舗に
朝日の映えるようすを
思い浮かべるのは容易だった。
のらネコに餌を遣る the おじさんを通り過ぎ、
ゴミ収集車とすれ違った。
幅に比べ水流の貧しい二級河川を跨ぐ大橋の歩道を
少しだけ上り、
土手への階段を下りていく。
左右に銀色の手摺が設けてある。
近いほうに手を添える。
雨冷えとの相乗効果のぎらつく、
懐郷病を誘う孤独の虫が指先を刺した。
プレティーンのころにばかりいっしょに遊んでいた友だちは
自転車の速度を落とさずに自転車用斜路を滑り下りていたなぁ、
と思い出したものの
『遠い日のNostalgia』はべつだん感じない。
ぐしゃぐしゃに丸め、
水、もとい、川に流した。
踏み面のなかほどに立ち、
両腕を水平に伸ばしてみる。
指先をぴこぴこと振る。
どちらの手摺にも届かない。
零秒ほどの非社交ダンスを水溜まりに拡げ、
踊り場を過ぎる。
波形の手摺が新たに加わってあった。
踏み面のなかほどに立ち、
両腕を水平に伸ばすまでもない。
足を取られた場合に
すぐに掴める。
熄えゆく氷とは異なり
握り拳にしっかりと在るのを確かめた。
手摺が波打っていることの利点はなんだろうか。
招き猫よろしく手首を曲げる。
段を下りる際と段を上る際には
肘の角度や太股の高さが異なる。
手摺の水平の部分に体重を乗せると、
いや、
やはり止めておこう。
考えようと
正解は湧いてこない。
興味がぬるい。
帰宅するころには忘れている。
苦労を厭わずに生まれた技術の賜なんだろうなぁ、
と内容のさっぱり解らない映画の大団円を見届けているときの面持ちを顔に書き、
波打たない川にふたたび流した。
つくば山J頁の『あろるの館』の
二階へと至るストリップ階段には
手摺壁すら設けていないのを思い出した。
箪笥やベッドなどの重量の大きい家具を
どのように運び入れたのだろうというなぞは霞むやいなや、
掻き消え、
ヒラサワのパジャマ姿へと打って変わった。
水玉模様に身を包むヒラサワと箪笥を共に担ぐ自分自身を
大橋のむこうへと見送る。
『パジャマ』の語源はなんだろうか。
帰ったあとに調べてみよう。(ペルシア語の『脚用の衣服』だった)
「ぐぬん゙」
転けた。
すてんと転けた。
足が滑った。
つるんと滑った。
背中をぶちつけた。
がつんとぶちつけた。
空間がずり上がると同時に
数段をずり落ちた。
波形の手摺をいまさら掴む。
立ち上がり、
尻や肩を払う。
辺りにはだれも見当たらない。
傘の死骸が欄干に掛かっているのを見つけた。
The おばさんのために欄干たるお天道様を遮っていたのだろう、
と遠い日を想う。
肴の手塩皿に生焼けの朝を装い、
気忙しい鼓動とは裏腹に
ゆっくりと土手を歩く。
厚ぼったい平静を装い、
喉仏を紅玉の色香に染める心臓の気焔を
どうにか押し下げる。
「死骸じゃなくて紫外線のことよ…」
と電話口に溢す『スーパーマリオワールド』の地下ステイヂをちょこまかと往来するインディと思しき暗いおばさんが
こちらの自損事故的ウルトラCを視ていたと仮定しようと、
「雨降ったあとんしてはあんま川の水位変わっとるように見えんやん」
とふつうに口籠もる自信やら変態やらを
風見は享有している。
右の肩胛骨の辺りが痛む。
仰天した。
ヂオスミンの香る『安息不可能寝違い確定階段ベッド』に横たわり、(お買い得です!!現品限り!!店長のオススメ!!)
気づくと曇天の天井を仰いでいた。
よもや転けるとは思わなかった。
手摺をすぐに掴めると予測していた。
手摺をすぐに掴めるはずだと
いまだに堅く信じている。
実情は違った。
未来と呼称するには貧弱な
たった二秒後の1m先へ
すってんころりんとタイム・スリップした。
世界線変動率は毛ほども上下しない。
タイムマシンを造るよりもダイバージェンスメーターを造るほうが難しそうという疑いは
横暴飲今日ま(誤字)のリーディングシュタイナーの発動と同時に風見の脳髄から隠滅する。
右肘の辺りも痛む。
背中を打ちつけた衝撃よりも
転倒してしまったショックのほうが
より強く胸を打った。
稀に傷を負う。
「ワタシハろぼっとデハアリマセン」
背に負ったくせに
清麗公園の東屋のベンチに
下ろす方法も目に浮かばない。
小首を傾げ、
首を廻らしていく。
転回し、
飛頭蛮に化けてみよう。
目新しい漢の猫背に
『勲章』と読むことの敵う打ち傷を仮に見つけると、
決まり悪さ兼極まり悪さのあまりに
ドラッグ・ストアのコスモスにすぐさま出向き、
キズパワーパッドのジャンボサイズを買うニャ~。
ここ十年ほどをくるくると回顧すると、
二番目に大きなけがを被った気がする。
五分も経つと
絆創膏の厚みよりも
痛みは薄れていたけれど。
ここ十年ほどのあいだに降り掛かった
もっとも大きなけがの詳細は新たな記事に書いちゃう。
記事タイトルは
『ガードレイルキッス』
しか今のところ思いつかない。
だれにも露呈しなかった程度の軽傷だったことはまだ言うまい…。
どべちゃと転けた翌日に
前日と同じ経路をふたたび歩いた。
麗らかな日和を羽織り、
歩道や路側帯を設けていない間道に沿う。
居酒屋の入り口に対し
直角に常時駐めてあるジャマなスクーターと
邪魔な自転車を避ける。
『一見様申し訳ありませんがご来店ご遠慮願います』
と小さなホワイト・ボードに書いてあるのを一瞥した。
掲げた暖簾をくぐった客は
いまだかつてひとりもいないのだろう
と決めつける。
ホワイト・ボードの端に
『注文の多くない、否、全く無い料理店』
とばか丁寧に書いておこうか。
閑古鳥の恰好のおやじが
なにかしらの冷たいからあげを
啄みながら鳴いている、ないし、泣いていることを
ご希望する。
『年中無休24時間営業』
『○○第一、濯○第二』
『お湯で洗えるヨ!』
と看板に記してあるレンガ調のコイン・ランドリィの前を通った。
静寂の一縷を演じる女性を
ガラス戸の向こうに認めた。
格子縞のテイブル・クロスに昭和の薫る席に着き、
たばこを燻らせている。
油分の少なそうな髪型や
登校する小学生達のみずみずしいランドセル姿とは融和しない服装に
夜の帳の奥ゆかしさを垣間見た。
時の素粒子をつぶさに潰し、
矢のごとき光陰を虚空に留める神技を
紫煙のアポフェニアに味わった。
鬼海弘雄ならばカメラを構えるかもしれない。
『魔の13階段』に着いた。
橋上から段を数えてみる。
指を折るまでもない。
13よりも多い。
折った指を挿し込むだけの
疑いの余地も残っていない。
疑問符の立ち籠める怪訝の吹き出しが
『疑心暗鬼』と云う名の妖怪を生んだ、
と思いついた。
暗鬼はニンゲンの胸襟に巣くうもやもやを捏ね、
順応に固める。
目先の階段の14段目以降は
暗鬼の作った泥団から成り、
実際は13段しか存在しないのかもしれない。
「邪念を振り払うほどの余地は貴様っちの方寸に残っていないのだもん。『架空』の字義に則り、空足を踏むのが良いのだもん」
とささめく暗鬼を捻り潰し、
堕ちている魔剤の空き缶に押し込める。
スペイス・ヘルメット内を遊泳するコスモメダカ型のエンタテインメント・ロボットの未来と非言語コミュニケイションを交わすダイノサウロイド姿のアヴァターラが
心理的ストレッサーに比例しシャボン玉を飛ばすサボテン形のバック・パックから『アカシャ年代記全集』の新装版を取り出したあとに、
土手への階段に転倒する男の居たとの通知。
ハニカむミツバチ・カメラに映像の遺る次第。
歯牙にも掛からずに草w以前に土_の所存。
明くる日も独り言ちていたとのか細き風聞。
生身の暴挙故にJAMに非ずとの私見恐懼。
と絶対零度のカルピルキャンディを舌に転がしつつ
あらゆるSNSに3D投稿しようとも、
階段を滑り落ちた風見のくだらない、否、下った事故が
怪談や街談に転変する可能性は
俯せの姿勢と同然に低い。
波形の手摺を握る。
滑らない。
掴み損ねることなど起こり得ないとの
無稽を鷲掴み、
フィスト・パンプに込める。
ぐにゃぐにゃ高校(仮)の一年生のときに
どこかのクラスの不良くんが
「おまえ、腕相撲しようぜ」
と近づいてきた。
どのような詰まらない素因が
不良くんのこころを掴んだのだろうか。
高いところから失礼なブラウン管テレヴィや、
字義の硬い校訓の収まる目障りな額縁や、
蛍雪とは雲泥万里の暗黒の黒板や、
動かざること山の如しの置き勉や、
卒業時にも新品同様の消しゴムの角などの
教室のどこにも端緒は綻びていない。
掴みどころのファズィな常温の提案に、
アーム・バーとは筋違い(?)な学校机のスティール・パイプ製の脚を
忍びやかに掴んだ。
早生まれのために背丈はまだ小さかった。
級友(仮)のだれかが帰宅部の部長に風見を推輓しようとも、
鎹の手は豆腐の体を突き抜ける。
めんどうを通り越し、
黄昏時の帰路に融け込むモブキャラのぬっぺふほふを終始熟していた。
「おまえ、手ぇデカいな」
と不良くんが言った。
今しがた手長を測ってみると
19cmほどだった。
ふつうじゃん。
不良くんのおててが
ちっちゃかったのかもしれない。
けんかの際には
『でかパンチグローブ』を装備しましょうね。
風見は
『トゲワンワン』をぶん廻します。
この手がデカいと仮定すると
握力ももちろん強いはずだ、
と雀の涙ばかりの脳漿を絞る。
脳脊髄液に濡れていようと
手摺を掴み損ねることなど起こり得ない、
と拳大の脳髄に釘を刺した。
足下の階段を踏み締める。
滑らない。
踏み外した場合に
天地無用との心配無用だ。
宙を踠いたこの両の腕は
紅の翼へと即刻進化する。
50m先に在るギフト・ショップの屋上からこちらを見下ろす迷い鳥のワキアカツグミが
『鳩が豆鉄砲を食ったよう』な自身の挙動に端を発し、
朱雀に急成長し遂げている骨身を慥かめないままに
ぐにゃぐにゃ高校(仮)のほうへと慌てて飛び翔けるカットを
雲間から劇烈に捉えるのもたやすい。
レッドウィングの靴紐を結びなおした。
帰ろう。
稀に通る華の少ないルートに顔を青くし、
ルネ・マグリットの『観念』を体現するあじけない朝に実を見つけにくい。
ちっぽけな暗鬼を根に持ち、
ちっぽけな根を生やすことに根負けを喫した。
『良薬は口に苦し』と
なんとはなしに書いてみる。
『もう転けることはないやろ。だってここめったに通らんし。たぶんだいじょうぶやわ』
との根っから根拠の伸びない皮相浅薄は
ケントの花の辺りに捨ててしまおう。
喉が渇いた。
足が棒に為ろうと、
地中の水分を吸収する根はもはや生えていない。
「ぬるいコーラしかなくてーもー」
とZARDの『あの微笑みを忘れないで』の
鼻歌交じりに歩いていると、
ダイドードリンコの自動販売機を見つけた。
ボトムスのバック・ポケットから折り財布を抜き出し、
140円を投入した。
ソフトなちからを押しボタンに加える。
どのソフト・ドリンクを選んだのかは覚えていない。
ミネラル・ウォーターを選んだことは一度もない。
枯渇を捩じ伏せる潤沢の重みが
取り出し口に響いた。
金額表示部分のルーレットが廻る。
『数字がそろえばもう1本』
『当たった時は、30秒以内に販売可ランプ(🔵)が
点いている商品をお選び下さい。』
と記してある。
『2221』や『5556』のように下一桁が滑り、
毎回ぞろ目に揃わない。
『888-』
と麗しい数字が並んでいく。
最後のセグメントが4画か6画かを待つ瞬刻に、
ビー玉の中と変わらない乾固したこの世界の
どこかしらの国の
どこかしらの都道府県の
どこかしらの中都市の
どこかしらの主要地方道沿いの
どこかしらの自動販売機の前に立ち、
『お札中止』の赤いひかりをただただ瞥見する自分自身を
目玉の奥底からつぶさに智覚していた。
『8888』
揃った。
当たった。
わーい。
よしゃー。
販売可ランプが点る。
どれかの押しボタンを慌てて叩いた。
鞄を持っていなかった。
両手に一本ずつのペット・ボトルを持ち、
軽やかに歩を進めた。
歩道や路側帯を設けてある本道に沿う。
クロウルを泳ぐふうに肩を廻すと、
右の肩胛骨の辺りがまだ痛む。
あれ。
あほくさい事実に思い当たった。
この二日間のふたつの事件は
表裏一体のコインの様相を示している。
前日にハードな階段とぶち当たった。
だっさ。
方寸の角が青紫色に凹んだ。
翌日にソフトな飲みものがガチ当たった。
やった。
方寸の角が黄色に凸んだ。
ダイドードリンコのソフト・ドリンクがたまたま当たったと、
零秒ほどの雀躍を陽だまりに拡げていた。
違う。
滑転によりルーレットの数字が揃ったと考えを改め、
滑転によりソフト・ドリンクが当たったと決めつける。
右の肩胛骨の辺りや右肘の辺りに賜った痣は
百四十円分を痛むのだ。
自動販売機のコイン投入口に
知らず識らず『痛み』を払っていた。
表裏一体のコインは百四十円玉に間違いない。
…。
……。
………。
…………。
うん。
なんのこっちゃ。
百四十円玉ってなんダヨ。
ぷしゅ。
記事タイトルに書いたハード・ドリンクという言葉は
本来アルコホル飲料を指すけれど、
今回は関与していない。
ぐびぐび。
さきほど用いた『滑転』という熟語は
手持ちの漢字辞典にも載っていない。
『かつてん』と検索すると、
丼ものの画像が出てくる。
おいしそう。
まずい。
ぐびぐびとのどを鳴らすひと齣を描いてしまうと、
復路の途中に6000文字の記事を書き上げたと
思い違う方がいるかもしれない。
まぁ、いっか。
両手は塞がっているわけだし。
ごくごく。
この記事は内容と引っ掛け、
140円に設定したけれど
文章はもうおしまい。
ぷはー。
おいしー。
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