シン・ガメ美ちゃん増補改訂完全版ᐕ)
小学校の四年生のとき。
同じクラスの女子生徒のAさんが
風見のことを『ガメラ』と呼び始めた。
理由を訊ねると、
「強いから」と答えが返ってきた。
風見は
一切合切をがんばらず、
早生まれのせいか背丈が小さく、
算数のドリルなどの嫌な宿題を後に廻し、
『文字のけいこ』などの厭な宿題を先に伸ばし、
「宿題はやったけど、持ってくるのを忘れました」
空虚な脳頭蓋にパレイドリアの綿雲をふわふわと浮かべ、
泣き虫と弱虫との二足のわらじを履くワラジムシをも為し、
後に廻した嫌厭の暗影が下校後のヴィーナス・ベルトへ
伸びきれようともどこ吹く風と鼻を穿ったりと、
水槽の中の清らかな環境に浮游する単なる海月だった。
ヂェラティン質のぷるんぷるんの傘に
背甲と類する丸みをかろうじて見出だした程度の、
約384,400kmの隔たりを誇っていた。
強さとは縁遠かった。
好き勝手に柵む好奇心の触手とは異なり、
行く手の柵に絡みつく蔦の刺胞を
ひとつひとつ確かめる警戒心の眼点は開いていなかった。
自宅のこども部屋のデスク・ライトの眩さに、
小学生の風見はふと目を瞑った。
蛍光灯の光線が軟らかそうなお頭を
ぬらりくらりと弓なりに曲がっていく。
明かりを消し、
もこもこと波立つ羽毛布団に潜った。
薄っぺらい天井や分厚い青天井を緩やかに通り抜け、
星の林に隠れる暗気へと舟を漕ぎ出す。
無限を包容する『時』の一面に浮沈し、
水鏡の裏面の夢幻泡影を視るとはなしに見ていた。
壁が軋めく。
家鳴りに裂ける神秘的現象の雑音をどうやら聞いた。
無色の風水がさらさらと段落に流れる。
学習机を四角四面に固める国語辞典さんは
着の身着のままの帯を締め、
ブック・ケイスに籠もっていた。
埃のナイト・キャップ、または、
埃のメディカル・キャップを被り、
無影灯の潔白に著しい全身麻酔よろしく
立ったままに眠っていた。
255ペイヂの『眼光紙背』の項にひかりを当てようと、
爪の垢ほどの条痕も絶対に残っていない。
しかつめらしい勲章の輝いていない風見のからだは
Perytonと同様に夜風と馴染んでいた、
と空想した。
二段ベッドから無意識に羽毛布団を蹴飛ばした後にも、
純白の羽毛はふんわりと肉体を包んでいた、
と夢想した。
肩胛骨の蜜蝋の分だけパジャマの刺繍が持ち上がり、
キューピッドの赤くない鼻を明かしていた、
と想像した。
自転車のタイヤがパンクした覚えもない。
『市民の森』の静脈たる遊歩道の
なだらかな階段を下ったときにも
サドルからの衝撃はちっとも感じなかった。
のどかさを突っ切り、
滑降する姿勢は
プランクやハング・グライディングと似ていた。
勇気ひとつを友にする者は地べたを歩かない。
勇気ひとつを友にする者は靴を履いていない。
柔らかな扁平足を晒しつつ、
柔らかなばた足をモルフォチョウに曝した。
左のハンドルにのみ預けてある弓状紋のgrámmaは
クピドやエロスの矢羽根よりも儚い。
風切りの体にグライダは要らなかった。
回転翼ふうの外脛骨へと成り代わったペダルは
下平池の蓮の糸をからからと巻き取っていた。
ペガサスに跨がったまま躍動するヘラクレスの
イラストレイションが膨らむ。
鐙の鳩胸や弓型を踏みかけることのない風見は
不可視の聖霊と似て非なる非存在の大胸筋を
Tシャツの半ジンに重ね合わせた。
落暉に目を細める。
焦点に咲くはずの黄金の華の蜜を待ち焦がれ、
ぎりぎりと目を引き絞る。
なにかしらの一閃が目を射た。
mān hu?
金星の金鱗の片鱗だろうか。
睫毛の上に張りきっていた一毛の汗が
涙との界面に暈けていく。
瞼を閉じ、
睫毛にマクロケイオスを噛み潰した。
目から鱗など落ちない。
瞬く間に伸びきれる虹彩を辿り、
眠り目の黒いうちにビッグ・クランチを模った。
一掬の一天四海がひらひらと傾いていく。
時化始めるや否や、
ユニコーンを滅ぼしたカタストロフィは巻き起こった。
パイリダエザの辺境たる七宝の瑠璃、または、
七宝の玻璃に四角張り、
オルトダイスの高次の虹、ないし、
高次の蜺にも丸まる。
『脳みそをフル回転』と云う言い廻しに御園を禊ぐと、
手首や首を絞める身空の『時』へと化けていく。
8の字の胡蝶はこのディジトゥスや異方のディジタルから
Gmonoliathの窓に三本の片脚を突っ込み、
アクア・クリスタルを干渉しつつ無限と夢現とに破れる。
耳栓と鼓膜とのあいだに淀む森閑をまだ行く。
「カッコウカッコウ」と聴こえる、否、
聴こえない。
塵埃の雑音も聴こえない。
風見のこのシタイは
泥塑人にこびりつく空夢だろうか。
瞼の裏の穹窿に陥る溟海を
視るとはなしに見る。
熄えたアルゴ座の点つなぎに目が泳いだ。
噛み殺していた魂を吐き、
水平線の周縁から届くはずのお湿りを
ごろごろと待った。
水天髣髴の超空洞に、
銀星が閃いた。
きやつはヒトデとも似ているに違いない。
掌を大掴み、
向かって右手に翳した。
オリオンのベルトからはずり落ちない時時刻刻が
蝶、いや、
蜂の腰から堕獄していく調子を擬人的背後に聴いた。
ビーチ・バケットと同じ大きさの楼閣が
空へと還っていく。
ぐりはまに惑う銀色のクラゲが左手に甦った。
カゲロウモドキを潜ろうとわれらは登龍門を指し、
四つん這いやら五つん這いやらに勤しんだ。
建立中の望楼型天守の鯱に、
朧がひよめく。
水晶宮へと到る玄関の二枚扉が見事に閉じた。
唇を舐める。
手足が棒になっている。
厚い板の体()に腕が伸され、
薄い毛筋棒に為っていようと差し支えない。
空を櫛り、
風を梳くために常用する。
耳栓をはずし、
鼓膜を叩き起こした。
電池の切れたディジタル時計に『8』が並んでいる。
軋むベッドから降りると同時に
『起死回生』の字面が思い浮かんだものの、
どのような意味かは知らない。
寝巻きのボトムスがずり落ちた。
ずぼんとの音も立たなかった。
露呈したずぼらに、
露ばかり露頭に迷う。
ウェイストゴムが緩みきっていた。
腰の位置に戻し、
ぐいと拡げてみる。
この体勢だとフラ・フープを構えているのと変わらない。
ふらつくままに箪笥を開け閉てようと、
へっぴり腰を締めつけるベルトは入っていなかった。
ぷっ。
陽物をご披露した揚げ句の果てに路頭に迷う露出狂と、
フーピングに精を出す陽気なオリオンとを
樟脳の薫る抽き出しにしまった。
縦横無礙のフリック入力を止める。
EDWINのJERSEYSからNANNIのベルトをまずははずし、
綺羅めかない赤裸へと成り下がってみた。
煌めいていそうな溜飲を押し下げようと、
プリミティヴなヘルス・メーターに
ソフィスティケイトなボディ・マス()を預ける。
「なんにも返さんでええよ。要らんし」
黒い目盛りがぶんぶんぶんと廻り、
赤い針が数値をぶっ指し示した。
幼少の砌に赤いキッチン・スケイルが実家に在った。
計量皿に手を載せ、
早押しクイズとは無関係に担担と押していた。
出題者「問題」
出題者「次の漢字の読みは何でしょうか」
『砌』
ピンポン!
早押しボタンが鳴る。
出題者「はい、風見さん」
風見「石の…… 七つの…… 刀……? せきしちとう……?」
風見「あ、英語にするのか」
風見「ストーン・セブン・ソード! 略してSSS!」
出題者「帰れ」
俯いてはいるものの、
項垂れてはいない。
ぼんやりと思い浮かべていた像よりも体のほうが重かった。
浮かんでいたために、
もちろん軽い。
背中の甲羅がずれを負う。
体脂肪を減らすたーめーに
食事制限を試みたことはない。
『試みる』の意味を検索すると、
『試食や試飲をする』と出てきた。
もぐもぐ。
ごくごく。
ボディ・マス指数を算出した。
『肥満(1度)』と表れた。
小太りに足を踏みいれているのか。
思い出深くない窮屈な島にぽっちゃぷりと踏みいった
かたほうの足だけが脹れてしまったのか。
『デブ』の通俗語源に『二重顎』を
『でぶちん』と聴き取り徐徐に略したもの、
と云う説を見つけた。
ロウ・ティーンの砌にでぶちんの双子が上級生に居た、
ような気がする。
ヒソカ「くっくっく なるほど❤」
ヒソカ「キミの能力の正体は…」
ヒソカ「キミのダブル」
ヒソカ「だろ?」
でぶちん「違います」(声がダブる)
足元に置いてあるベルトのバックルから
三前趾足の鳥が立ち、
風見の目尻に足跡を踏みつけた。
☮☮
「ギャオース!」
ぷっ。
ガメラシリーズに鳥型の怪獣は登場するのだろうかと、
今しがた『☮☮』と印した後に
Wikipediaの該当する項を眺めていた。
ときに、
どこかしらの児童館に集まり、
なにかしらのガメラの映画を観た記憶が
脳裡に沈んである。
21世紀に這入ってからは鑑賞していない。
映画の公開日に照らすと、
小学校の四年生の時分は
『平成ガメラ三部作』にすっぽりと嵌まる。
『90年代後半』という名のスッポンの甲羅に
すっぽんぽんの少年が収まっている、
と譬えてみるとすこぶる解りにくいですネ。
この折に
『平成ガメラ 4Kデジタル復元版 Blu-ray BOX』をポチった、
とフリック入力しているあいだに数日が過ぎ、
『永沢君、推し!!』のとなりにすでに置いてある。
Aさんだけが風見のことを「ガメラ」と呼んでいた。
「ガメラちゃん」と呼んでいたかも知れない。
「渾名はイヤやなぁ」
「婀娜やかな徒し世にごわす」
「仇討ちするんだいやいやい」
「仇を恩で報いるっすか 🧱🧱ᐕ)?」
「渾名を呼ばれるんは恥ずかしいなぁ」
と腹の虫が膨れたことや、
噯を漏らしたことはない。
「adaptとadoptってどっちやったっけ…」
「『アダムスの生き残り』ってなんやろ…」
「アダルトな○○を… ○○して…(以下略)」
「アダージョってどういう意味やろ… アヒージョ的な…?」
「『アダムス・ファミリー』を観るんひさびさやけどオモロいな」
「アダプなんちゃら・ドライヴィング・ビームをオフにできんかったらどうしょ…」
「アダマンタイマイの首のつけ根んとこにイスがついとるやん。まぁ、座っとったやつも後で登場するやろ」
と腹の虫が膨れたことや、
噯を漏らしたことはある。
渾名を冠したこのからだは一騎当千の兵と等しく、
コンソール・ゲイムの主人公にも後れを取らない。
光輝の称号を戴くたびに、
暁星の刻印がプレイト・アーマーの鏡面を
いっそう文っていく。
右手の宝剣の鋒に暗黒の金氷を帯びているものの、
左手の空鞘の幽遠にこそ光明の紫電が白熱している。
『パワーシールド』を拾った星廻りの良い方は
『装甲カブラサライ』に続け、
ミニマゼルンに投げつけましょう!
『不思議のダンジョン 風来のシレン6 ~とぐろ島探検録~』にンフーは登場するのだろうか。
購入してもいない積みゲーが増えていく。
「ガメミちゃん」
Aさんが風見を呼んだ。
渾名の雌雄がいつしか換わっていた。
いや、
ガメラをオスと判断するのはまだ早い。
『ガメ美ちゃん』と佳麗な漢字を充てた。
『美』という日本語は
視るのに美しく、
読むのに美しく、
書くのに美しい。
マイナ・チェンヂした理由をAさんに訊ねると、
「強くてかわいいから」と答えが返ってきた。
なぁんのこっちゃ。
KAWAII因子の潤うとぅるとぅるの生地は具わっていない。
ワードロウブを開け放とうと、
リボンの咲きこぼれるウェアは掛かっていない。
落札価格31円の粗末なウェスタン・シャツが入っている。
『取り扱い表示』すら見当たらないとぅるとぅるの生地は
箪笥の肥やしからほど遠い。
遥か遠方のアメリカン・バイソンが
肥の幻嗅に肩息を継ぎ、
肩をより怒らせる。
『トゥルトゥル 意味』と検索すると、
『トゥルトゥル』と『Turtle』の発音が最上位に出てきた。
『トゥルトゥル』のほうも聴いてみた。
「To~uruto~uru」
はい。
ガメ美ちゃんは強くなったのか。
高嶺の花たる落暉へと早晩落下し、
コズミック・ダストにちらつく指先の片影を
姿見の奥ゆきの光陰流水に顧みる。
壊れたままの投げ込み式フィルタと裏腹に、
まんざら濁ってはいない水槽の中に身を任せていた。
からだのスケイルと釣り合わなくなっているにも拘わらず、
空身の一身をぬらりくらりと任せていた。
「亀は万年生きまんねん」と
百薬の長の発したファンシィな香餌をあてに
腥い悪魔の霊液をしきりに呷っていた。
『嬰児のこの四肢は徹頭徹尾青く、背甲も生新しい』
『二才の鯔や三歳の魻はなおおぼこく、雲頂に叢る丹の秀の先を往く雲孫さえも凌ぐ人生航路が続いていく』
との駄法螺を楽観していた。
「壷中に天有り」
とんちんかん、
と鐔をも呑んだ。
咽喉に詰まる切羽を、
とどのつまり省みなかった。
「こほこほ」
あらゆる水槽の埒外のマクロコスモスには
天井知らずの空大パノラマが膨らんでいる。
ガメ美ちゃんの水槽のガラスには暗雲が貼りいていた。
三次元への開口部が捏ねた屁理窟につゆ知らず潰れていた。
四角八方の宇宙の覗き窓は
のっけから曇りガラスだったとの疑雲も拭いきれない。
フィルタは汚穢に固く埋もれ、
どろどろべたべたのユニコーンの鈍角の角へと
うらぶれていた。
唐突に鼻を突く。
ユニークなコンクリーションに和肌を傷つけまいと、
馬の背に背を向けていた。
『天の超深海を清める一角獣は大三角の景に本来仄めき、
母乳の大洪水に溺れている』と自分自身を煙に巻き、
襟懐からも烟るスモッグを遠ざけようと
襟元に首を引っ込めた。
「こほこほ」
この水槽の中かどこかしらに潜む天魔波旬の築いた
筍形の三角岩がガメ美ちゃんのテリトリィに閊え、
風見の目にしか映らない漣に歪む。
平成を知らない鼠生いの子が
アンブシュアのままに『愛の挨拶』を交わしていた。
オスティナートの酉は猿真似の去者を追い続け、
フーガの戌はフーガの戌をふがふがと嗅ぎまわる。
一茎も、
一葉も、
一輪も、
一片も、
グラーヴェの龜は『華麗なる大円舞曲』に咬んでいない。
てっぺんを周る𩣆のギャロップをもう一度見送った。
雁首をひと息に伸ばすと、
血の上った己の丹頂と短調の巳とが
已己巳己の巴に視えた。
ガラス越しにトランペットを覗き込む少年と並び、
指呼の間に在る黄金の旋律にずっとわなないていた。
クレッシェンドの早鐘が
ガメ美ちゃんの肩身を上下に揺さぶる。
背負うに能わない犬馬の年の功に、
無感の血潮が響いた。
8時59分60秒と9時00分00秒との
細隙に潤わない零と似た紅玉が滾り、
やにわに堰を切った。
和毛よりも飛び切り軽い重荷が
『叛』の甲骨文字にひび割れる。
『じゃま』
心に釘づけた氷がしんと細動した。
尾を含む渾身が疼く。
玄冥のマナが口火を切った。
象牙の塔、否、
海馬牙の塔の門口が開いた。
ガメ美ちゃんは咆哮した。
メテオる烈火球が四角張る空間を穿った。
『Solid Air』の『Perspective』が融ける。
爆速の甲声が遅れつつ、
最高潮の澪筋を追尾していく。
ぎこちない骨導音がミクロコスモスの魑魅を喚び起こし、
一石か八石かの賽を投じた八方の極点に
有限の目を起こした。
天体衝突により骨灰の三角岩は昇華した。
珠玉たる瓦礫や星間の灰塵は天華と舞い散った。
残骸は見えない。
水鏡の奥ゆきに没し、
てんから出っ張っていなかったとの残影に沈んでいる。
宇宙が晴れ上がる。
渾淆のフィルタは堙滅した。
渾沌のフィルタを湮滅した。
流れ星に眼をつけ、
流れ星に願を懸けるよりも簡タンに終熄し、
空大パノラマの影へと収束した。
『外』を渾渾と感じる。
水槽のガラスが澄みきり、
長方形の開口部が拓いていた。
かめの奥底に残っていたエルピスが甲冑の首尾を漲り、
明鏡のそこここを輝いている。
射し込む春の陽に当たり、
吹き込む春の風を嗅ぐ。
ペロプスの掌中のARKADIAから、
超現代のパンサラッサを幾星霜夢見ていた。
今、
足許の清冽なせせらぎに一粒万倍も広がり、
てらてらと満ちあふれる清麗な青空が
ガメ美ちゃんの方からも見えている。
壷中の天地には転がっていない浜の真砂のクリーチャーが
新天地を游いでいる、
との澪を汲み取っていた。
疾うから聞き取っていた。
十のころから嗅ぎ取っていた。
悪寒が背中を走る。
悪寒が背甲を踏み躪る。
「でも、」
「もう、」
「だいじょうぶ、」
「かナ」
「たぶん」
足許の漣になにかが閃いた。
海月だと先走った。
拾い上げると、
月並みな紙切れだった。
投げ込み式フィルタのレッテルだろうか。
読みやすいように皺を拡げる。
糊がまだ利いている。
『木に縁りて魚を求む』
『網無くて淵を覗くな』
『渇しても盗泉の水を飲まず』
『飄風は朝を終えず驟雨は日を終えず』
『雨降って地固まる』
『小水石を穿つ』
『凹き所に水溜まる』
『涓涓塞がざれば終に江河となる』
『古川に水絶えず』
『一波纔かに動いて万波随う』
『善に従うこと流るるが如し』
『追風に帆を上げる』
『沈む瀬あれば浮かぶ瀬あり』
『身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ』
『中流に舟を失えば一壺も千金』
『水の流れと身の行方』
『川中には立てど人中には立たれず』
『一河の流れを汲むも他生の縁』
『待てば甘露の日和あり』
『雨に濡れて露恐ろしからず』
胸元にレッテルをしまい、
軽く叩いた。
絶えず暢っているものの、
ガメ美ちゃんは強くなったのだ。
すこしだけ、
ガメ美ちゃんは強くなったのだ。
雨覆羽よりも軽やかな甲羅を背に抱き、
鳥肌やら亀肌やらを羽織る。
渾身を滾る熱狂を愉しみつつ、
虹の懸かる開口部にゆっくりと手を伸ばした。