【創作短編】平成へ送る鎮魂曲
自動販売機を見ると、三ツ矢サイダー以外炭酸飲料はなかった。
なぜ?と一瞬思った。が、考えても何も起こらない。炭酸以外にターゲットを変えよう。まだチャンスはある。そう思い、自販機全体を見回した。
しかし、悲しいことに僕の求めていた甘いものはなく、綾鷹やブラックコーヒーしかない。
やはりイナカの自販には何もない。さてどうしようか。
ふと、空を見上げた。なぜそうしたのかは分からない。ただ、見上げてしまったのだ。
空はもう朱色に染まっていて、映画のワンシーンのよう。写真を撮りたくてポケットの中を探るが、そこにはしわくちゃになった紙切れだけ。僕の探している物はなかった。
そこで気づいてしまった。僕は自販機の前に立ち、品定めをしていたにも関わらず小銭を持っていなかった。なぜ僕はここに立っているのか、分からなくなってしまった。空の色は、もう目に入らない。
なぜお金を持ってきてないのだろうか。何をしに来たのだろうか。本来の目的は何だったのか。
もはやジュースを買うためだったとは思えないほどに、謎が謎を呼び始める。ああそうか今日は謎日和なのか。いや違う。
唐突にポケットの中の紙切れが気になった。
さっきは手触りでそう思ったが、そんなものを入れた覚えはない。はたして何の紙なのか。
そう思い、おもむろにポケットへ手を伸ばした。小さな宇宙が広がっている。目的のものを探し出すのは至難の業だ。
探る。探る。探り続ける。
あれ…?さっきまであったあの紙切れのような物はどこへ…?
どうしようか。ふと正面を向くとそこにあるはずのものがない。おかしい。あの巨大なカタマリはちょっとの時間でなくなるはずもない。ましてや僕はずっといたのだ。
ふと瞬きをした。その瞬間、身体が歪む感覚に襲われた。
目を開くことができない。何も見えない。ただ、変な匂いがする。なんとなく生暖くて、気持ち悪い。
しかしここではたと気付く。いきものの気配がする。生きているものの。
呼吸、足音、香り……よかった。スライムではない。
だが、そんなことでほっとしている場合ではないのは確かだ。
何かが来る。息を潜め、じっと小さくなって待つ。何かが目の前にきた。しかし、何も見えない。何かはそこに確かにいる。そう思い手を伸ばした。
ふっ、と手が宙を舞う。何にもぶつからなかったそれは役割を果たせず僕のもとへと帰還する。
バランスがとれなくなった体は地面へと吸い込まれるように傾く。
うわ、痛い!
そう思い咄嗟に目を閉じた。
あれ、痛くない?
恐る恐る目を開くと、さっきまで立っていたあの場所に戻っていた。手には丁度三ツ矢サイダーを買えるだけの小銭がある。
さっきまでのは何だったのだろうか。
とりあえず三ツ矢サイダーを買おう。そう思って硬貨を投入する。
ちゃりん、ちゃりん、ちゃりん、ちゃりん。
ふと、最後に残った10円玉を見てしまった。ピカビカに光る真新しいそれには平成31年の文字がある。
なんだか急に嬉しくなった。この硬貨はレアだ。コレクションに追加したい。僕のタカラモノコレクションに。がこれを入れなければ三ツ矢サイダーを買うことができない。
一瞬にして生まれた愛着を無視するのは辛いが飲み物には代えられまい。
ちゃりん。
ボタンを押す。
がたん、という音がして、そのカタマリから小さいボトルが吐き出された。
三ツ矢サイダーのロゴは安心感がある。そんなことを思いながら手に取ると、帰らなければいけない時間だということに気がついた。
さて、今ごろ家で僕の心配をしているであろう家族にはどんな言い訳をすべきだろうか。
そこまで考えて、突然ポケットの中身が気になった。先程は宇宙が広がっていたが、僕の推測でいけばーーーーーーーーー
なぜこのタイミングかなんて無粋なことは聞かない方がいい。
ポケットを探るとそこにはつるつるとした、でもぐしゃぐしゃに丸められた紙切れがあった。
そう、そこにあったのはただのレシートだった。
レシートめ。さっきは余計な期待を抱かせやがって。
そうそう、早めに帰って家族に言い訳をしなくてはいけない。
さあ、なんと言おうか?
道を間違えて?
不審者に捕まって?
友達とLINEをしていて?
いや、違う。
彼らには言い訳よりも物語の方が似合うだろう。
今日の出来事をおもしろおかしく語ろうじゃないか。
題名は…そうだな。
こんな感じで良いのではないだろうか。
「平成へ贈るレクイエム」