音雲紘人(おとぐもひろと)

SF+純文学=♾️

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アーバン・フォークロア

 僕はしがない貧乏大学生。もちろん下宿先は地域で最も安い物件だ。詳しい説明はなかったが、きっと事故物件なんだろう。僕にとってはありがたいことだ。兎にも角にもお金が無い。けれどこのご時世だ、スマホだけはちゃんと持っている。でもWi-Fiなんて契約する余裕はない。インターネットはフリーWi-Fiでやるものだと思っている。僕みたいな貧乏人を世間ではWi-Fi乞食って言うらしい。文字通りすぎて笑っちゃうね。  僕の部屋は四階の角部屋だ。すぐ近くに誰も使っていない非常階段がある。数日前

    • 令和のチューバッカ弁論法

       秋は空が高い。あの忌々しい夏の湿度を急激に低下させ、空気中の水分が気化しているからだろう。唇や手の甲から乾燥の気配を感じる。それはまるでテーブルに垂らした蜂蜜のようにゆっくりと着実に忍びよってくる。あるいは馬に乗って作物を奪いにくる北方の遊牧民のように計画的に。 裁判員候補者名簿への記載のお知らせ  ポストの中を確認する習慣がないためいつ届いたのかはっきりとはわからないが、間違いなく宛名が自分の郵便物がそこにはあった。江戸時代の犬の死体のように隣の家のポストに入れて、見

      • スプラトゥーン3に学ぶLGBTQ

         2022年9月9日。待ちに待ったスプラトゥーン3が発売となった。本当に面白いゲームなので是非プレイして頂きたい。哺乳類が絶滅した後の世界が物語の舞台であり、ポストアポカリプスのようなSF的設定が徹底されており、細部にまで製作者のこだわりを感じるゲームである。  さて、本題はLGBTQである。このゲームでは最初に自分が操作するアバターを設定するのだが、スプラトゥーン2までは男の子と女の子を区別していた。男の子には男の子の髪型、女の子には女の子の髪型しか設定できなかったし、男女

        • 夏は夜より午後の雲

           夏の雲は壮大だ。陸橋とか立体交差とか少し高い所でふと気づく。東の空に白く輝く入道雲。西陽をうけて煌々としている。入道雲の白はこの世に存在しうる全ての白の中で最も白いのではないだろうか。更にその白は単一の白ではなく、様々なグラデーションの白が入道雲を構成している。キングオブホワイト。イメージとしてはアニメ映画で描かれるオリンポスが近いが、日本人なら天空の城ラピュタを思い出すだろう。入道雲をみて「竜の巣だ」なんて呟いた経験が誰にでもあるのではないだろうか。  ここはだだっ広い

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        アーバン・フォークロア

          お医しゃさんごっこ///

           PM11:45。日付けをまたぐ少し前の時間帯。ここは地方都市の総合病院。白衣姿の男性が外来受付の並ぶ廊下を歩いている。各科の外来は防犯のためであろう橙色のダウンライトによって厳かに照らされている。真夜中の病院は昼間の騒がしさがなく、病院がもつ特有の気怠い雰囲気も和らいでいる。男性は裸足にサンダルを突っかけている。医療用ではなく、近所のスーパーマーケットで取り扱っているようなありきたりな性能のものだ。夜勤帯の医者なんてどんな格好をしていようが誰に咎められることもない。安物のラ

          お医しゃさんごっこ///

          読書についての手記 4

           私は読書が好きだ。履歴書の趣味特技にも読書と書いた。何故好きかと聞かれれば小難しいことを言うだろう。しかし包み隠さずぶち撒けてしまうと、読書してる自分カッケー、これに尽きる。面倒臭い自意識と思われるかもしれないが、本音は女性にモテたいからである。ド直球の自我なのだ。  私は異性愛者の男性であり性的嗜好は女性である。女にモテたい、そういうことだ。最初はバンドをやることを考えた。というか実際にはやった。バンドやろうぜ。しかしバンドマンに対して退廃的なイメージを持つ女性が一定数い

          森に於ける光と水の散文

           森は清閑だ。それぞれの木は正しい間隔で直立している。枝葉が空にモザイクを描く。そこから溢れ落ちた光が地面で弾ける。陽だまりの中でプリズムが乱反射する。太陽と森が生んだ光の湖だ。  森には小川が流れている。心地良いせせらぎ。擬音で表現できないような水の音。一定のリズムを刻んでいるようで同じフレーズがひとつもない。自然が奏でるオーケストラ。譜面には起こせない。  森には様々な生き物がいる。沈黙しない春。光の絨毯と水の音楽。草が木が森を創り、虫が鳥が森を環す。黴が菌が森を雪ぎ

          森に於ける光と水の散文

          ラテックスの中のエントロピー或いは三角関係 2

           デンは二人と常に一定の距離を置いていた。二人というのはもちろんチュンとヨーコだ。デンは彼等に近づくことも離れることもできなかった。多分それは彼自身とヨーコの属性の差異による影響が大きいようだった。そのためデンは今まで一度も自分以外の他者の温もりに触れたことがなかった。しかしデンは自分の宿命とも呼べる境遇を悲観することはなかった。寧ろ進んで受け入れた。「彼等には僕が絶対的に必要なのさ。おれがあいつらを守ってやらなくちゃな」そう自分に言い聞かせては抱き合う二人を眺める。  デ

          ラテックスの中のエントロピー或いは三角関係 2

          ラテックスの中のエントロピー或いは三角関係 1

           チュンは物心がついた頃からずっとヨーコと一緒だった。まさに寝食を共にするという間柄。世間一般からすれば幼馴染みとでも呼ぶのだろうが、下衆な輩は許婚などと揶揄してきた。気心の知らない他人がアセクシャルや性的マイノリティである可能性をこれっぽっちも想像できない連中が世の中には多過ぎるのだ。  チュンとヨーコの結びつきはとてつもなく強固なものだった。それはまるでISSにランデブーするシャトルのように完全に結合していた。互いに束縛し合い、単独行動の禁止というルールまで作り、互いを

          ラテックスの中のエントロピー或いは三角関係 1

          読書についての手記 3

          私は刑務所に入りたい。ただ見学したいとか、恋人が塀の中にいるとかいう訳じゃないのよ。受刑者になりたいのです。理由は察してくださいませ。 ですが、この目的を達成するには罪を犯さなくてはいけないのよ。そんなことできるはずがないじゃありませんこと。だって私の我儘のために誰かが不幸にならなくてはいけないなんて精神衛生に良くないでしょう。軽い犯罪じゃダメなのよ。私が欲しいのは無期懲役だから。つまりは重犯罪が必要なの。そして重い犯罪には被害者の不幸が副産物として代謝されるのよ。そんなの

          読書についての手記 2

          あぁ、まただ。また同じところを繰り返し読んでる。このセンテンスを気に入ったからじゃない。頭に入ってこないからだ。 おれは集中して読書するってことがからっきしダメみたいなんだ。誰かの話し声が聞こえたらもうアウト。そっちにばっか気がいって、目の前に広がってる無限の宇宙から無意識に離脱しちまう。耳栓なんか何の役にも立たない。蟻んこが角砂糖を運んでる時の掛け声ほどのデシベルで十分なんだよ、おれの読書を中断させるにはな。なんでこの世界にはこんなに沢山のアックリーがいるんだろう。わざわ

          読書についての手記 1

          僕は読書が好きだ。小説を読むと現実とは別の世界へ飛んでいける。しかもすごく安全にその世界を満喫できるんだ。映画も好きだけど本はやっぱり特別なんだ。文字の羅列から浮かび上がるイメージや風景は意図的に言語化しない限り自分一人のものだから。 映画みたいに視覚的な情報をもったコンテンツだと他者と同じ映像を観ている前提が永遠に付き纏う。勿論その映像から生まれるであろう感想や批評は人それぞれであることは理解しているし、その人の境遇や精神状態も大きく関与するんだろう。でも文章は各々の読者の