見出し画像

赤ちゃんみたいで可愛いものは大抵、赤ちゃんより可愛い

俺は知覚過敏だ。どうでもいいことがよく癇に触れる。猜疑心の塊(キュ-ブ)たる貴様らのことだから、例をあげないと信じてもらえないのだろう。じゃあ例えば、猫のおやつとして知られる「ちゅ~る」を、「チュール」とカタカナで書かれるのがどうしても気に入らない。もぞもぞ、何度座布団を直しても尻の位置が定まらない気分。なんだろうか。猫本人だって、あれを「チュール」だとは思っていない。「ちゅ~る」だと正しく認識しているはずなのである。それを、わざわざF7キーを叩いてまでカタカナにする無駄な手間に、人間の、人間たるエゴ、傲慢さ、いやらしさ、パワーコメリにも似たちっぽけなプライドを堅持せんとする浅ましさを嗅ぎとってしまう。やりすぎた。「正式名称をカタカナだと勘違いしていた」という言い訳も通らないのである。だって、あの商品はどう考えたってひらがなで書かれるものだと、第一印象でパッと分かるのだから。猫がぺろぺろ舐めながら食べるどろどろしたペースト状のフードを、本当にカタカナの商品名だと思いますかアナタ?という話だ。聞き取った英文を一度頭のなかで和訳して意味を読み取るように、ひらがなの「ちゅ~る」を念頭においた上で、あえて「チュール」に変換して出力しているのだ。常軌を逸している。いい年した大人が「ちゅ~る」とひらがなで呼ぶことに余計な照れを覚えているのだろうか。それとも、猫の食べ物ごときにおもねって正しい名前を言うことに、憤りがあるのだろうか。分からない。俺は新潟じゃないので。モノの名前を、絶対に正しく呼ぼうとしない人たちがいる。それこそカタカナにしたり、一文字変えたり、似た言葉に置き換えたり、手を変え品を変えかたくなに違う名称で呼びたがる。悪意があっての行いならまだ理由として納得はできよう、ところがそんなこともなく、ほぼ無意識に近い状態でこともなげにそれをするのである。よくないくせだと思う。モノは正しい名前で呼ばれて光る。




呂布カルマがテレビに出ているところを見るといつも怖くなる。番組のMCとほがらかに談笑してても、ふいにレンズの先にいる俺に向かって振り返り「コラーッ!!!!!」と怒鳴ってきそうな緊張感を覚える。いつまでもそうなのだろうな。





前に進む理由をくれ