手札

「お前。大学辞めるって本当かよ。」

講義室の最後列ではいつものごとく勇気が待っていた。

「別に辞めたくて辞めるわけじゃないさ。でも学費払えないんじゃしょうがないだろ?お前が50万貸してくれるってんなら話は別だがな。」

「あはは。愛しの友にも50万は出せねーよ。こっちもぎりぎりなんだから。」

教授が黒板の前に立ち、講義を始める。

僕は教授の話は一切聞かず、SNSで金取りの良さそうな求人を探した。
求人探しに夢中になっている間に授業は終わった。
学生たちがぞろぞろと教室を出て行く。

「日給10万だとよ。勇気も応募しないか?」

「あはは。それは明らかに闇バイトだな。やめとけって。」

「いやいや。もうこういうのを選ぶしかない状況にもう自分はいるんだよ。お前がどうしても止めたいっていうなら50万貸してくれよ。」

「それはいくらなんでも無理さ。まーしょうがないのか。宏人。死ぬんじゃないぞ。」

「死ぬんじゃないぞって、うつ病で精神科通いの勇気にはいわれたくねえよ。」

「うるせーな。でも最近、学生相談も利用して、カウンセリング増やしてから調子いいんだ。」

「んじゃ。お互い生命維持を目標に。んじゃ。」

「はいはい。んじゃまた。」

授業中に送信したダイレクトメッセージにすぐに返信が来た。
仕事の内容は伝えられず、ただ明日の午前1時に黒のアルファードに乗り込むことだけが決まった。

午前1時5分。
後部座席に乗り込んだ。

運転席には父親と同じ年齢ほどの中年の男、後部座席には自分と同じような若い男が座っていた。

「君が鈴木くんだね。俺はこの仕事を取り仕切ってる田村。よろしく。」

中年の男は気前よく自分に声をかけた。

「鈴木です。よろしくお願いします。」

「そんな固くならなくても大丈夫さ。あはは。俺たちの仕事はとても簡単。ただ留守の家から金目のものをとってくるだけだ。もちろん留守だってことは確認済みだ。まあ分からないことがあったら隣のやつに聞いてくれ。」

「ありがとうございます。」

「おい。村松。自己紹介。」

「ああ。どうも自分は村松です。よろしく。今日は自分のまねしてもらえればおっけーです。」

村松さんも気前よく自分に声をかけた。

車は30分ほど走らせたところで停車した。
車の灯りに2階だけの家が照らされていた。

「鈴木くん。行くよ。」

村松さんに言われるがままについて行き、柵を乗り越えて家の前まで歩いた。

村松さんは器用に工具を使って、あまり音を立てずに窓ガラスを割った。

村松さんは何の躊躇もなく、家の中に侵入すると、早くお前も来いとジェスチャーで自分に訴えかけた。

ぎこちなく自分も家の中に侵入すると、村松さんは自分を小馬鹿にしているかのような笑みを浮かべた。

入った先はリビングで、テレビの前にある幸せそうな家族写真に視線を奪われた。

村松さんはそんな自分をおいていくように、手際よく引き出しや戸棚の上などをペンライトで照らしながら、どんどん金目の物をとっていった。

「鈴木くん。次は隣に行くよ。」

リビングの隣の部屋は和室になっていて、そこには仏壇があった。

村松さんは躊躇なく、仏壇の引き出しの中まで手を伸ばした。

「チッ。なにもねーよ。」

村松さんは舌打ちをして仏壇に供えられているメロンをバックの中に入れた。

「好きなんだー。メロン。高いしもらっとく。」

「はあ。」

思わずため息が出てしまった。

「鈴木くん。2階行くよ。」

2階には寝室があり、その奥にはタンスがあった。

村松が一番下の引き出しからネックレスやイヤリング、指輪などを見つけた。

「やったな鈴木くん。そろそろ帰ろう。」

村松さんは手際よく作業を終わらせると、機嫌良さそうに大股でぐんぐん出口へと進んだ。

「今日は大量だったな。あはは。」

田村さんは機嫌が良さそうに高らかに笑った。

「ほい。今回の報酬。」

田村は片手で運転しながら、もう片方の手で札束を村松と自分に渡した。

「20万!本当にいいんすか?」

村松は札束を数える気にもならずに、ぼーっとしている自分の顔をちらっと見ながらそういった。

「あはは。大量だったからサービスだ。そうだ!どうせなら鈴木くんを飲みに連れてってやれよ。初仕事で心労もあるだろうし、連れてってやれよ!」

「え?田村さんはこないんすか?」

「わりーが別件がこの後あってな。2人で行ってくれ。」

「そうすかー。じゃあ。このへんで下ろして貰えますか?このへんに24時間あいてる飲み屋あるんで」

「了解。おめーら。分かってると思うけどその札束は目立たないよーにな。」

「はいはい。分かってますって。」

車はハザートランプを付けて、停車した。

「今日も田村さんありがとうございました!鈴木くん行くよ!」

またしても村松さんに言われるがまま居酒屋まで歩いた。

「へー!鈴木くん教育大通ってるんだなー!」

「ええ。まあ一応。でも学費払えなくなって退学になるかもしれません。だから今日、こうして村松さんに会っているわけなんです。」

「おーそれじゃあ、、、俺と一緒だな。」

僕は飲んでいたビールを吹き出しそうになった。そして丸い目で村松さんを見た。

「まーもう3年前の話だけどな。今はこんなんでもちゃんと進学校で勉強してちゃんと大学入ったんだけどな。ただ親が貧乏だから学費も生活費も自分で払わなきゃいけなかった。まともにバイトしてもお金が足りず、この仕事を見つけて、気付いたらこの仕事一本になってたって感じさ。」

「そうなんですね。なんだか村松さんの気持ちが分かる気がします。」

「鈴木くんは今、何年生?」

「2年生です。」

「すごいなー!2年の前期まで学費納めて頑張ってたんだね。俺なんて1年でドロップアウトしたからなー。」

同じ大学に通っていたと分かるだけでずいぶんと緊張が解けた。

「あの!聞きたいことあるんですけど!」

「おっ。乗ってきたね。なんでもどうぞ!」

「あの。罪悪感とか無いんですか?自分は、物を盗む以前に他人の家に土足で上がることにも罪悪感ありましたし、今日はなかなか疲れちゃいました。」

「そうかあ。罪悪感かー。」

村松さんはビールをぐいっと飲み干した。

「長くなるよ。」

「お願いします!」

「あはは。そうだねー。よく本を読むんだけど、お気に入りの作家が’配られたカードで戦うしかないのさ”って言ってたんだ。その言葉を知った途端に高校時代から持っていた”なんでみんな私立たくさん併願できるのになんで自分だけ国立しか選択肢がないんだろう?”とか”なんでみんな塾に行って勉強しているのに自分だけ学校の自習室なんだろう”とか自分と周囲の経済格差に関する悩みから解放される気がしたんだ。」

「というと?」

「あはは。いいよ!その調子だ!つまり周囲はうまれながらに良い大学に行って、そこを卒業して良い就職先で働くってカードを持っていたけど、自分は持っていなかった。ただ自分の悩みはそれだけのことだったんだって気付いたんだ。だから自分も持っているカードを使って生きてみることにしたんだ。だから罪悪感なんてないよ。もともと自分の手札は決まっていたのだから。」

「その配られたカードが空き巣だったってことですよね。村松さんは金持ちが良い就職先につくのが自然なように、貧乏人が空き巣にたどり着くのも同様に自然なことだって思ってて、だから罪悪感を感じないってことですか?」

「そうそう。そゆこと。」

「高校のときの周囲との経済格差から生まれる悩みは自分も持ってますし、今でも引きずっています。現に今学費払えてないわけなんで、でも今の話を聞いて救われた気がします。」

「あはは。鈴木くんは素直だね。すぐに答えを出せとは言わないけど、仲間になってくれるかな?」

「はい!もうこうやって働くしか道はないので。」

「あはは。そうかそうか。じゃあ。鈴木くんには入団テストみたいなことをやってもらうよ。」

村松さんは自分の前に白い粉の入ったジップロックと電話番号が書かれた紙切れと大金を差し出した。

「この薬と紙切れを1週間以内に誰かに渡してくれ。この薬はできるだけ精神が不安定な奴を選んで渡すのがいいだろう。不安定な奴に薬と紙切れを渡す。それだけだ。それができたら俺らの仲間入り。あっという間にこの大金の数十倍の金が手に入る。それができなかったら、俺とは永遠におさらばさ。それでも俺はお前を恨んだりしない。このお金は今日俺と飲んでくれた感謝の印だと思ってくれればいい。」

「また会いましょう。」

「あはは。威勢がいいな。」

僕は重たくなったバックを背負いながら村松さんと連絡先を交換し、店を出た。

「お前がわざわざランチに誘ってくれるなんてめずらしいなー。」

勇気は照れくさそうに話した。

「あはは。しかたねーからカウンセリングでもしてやろうと思ったのさ。」

「ありがたいよ。重い話になるけど、自分なんかこの世に必要ないんじゃないかって毎晩考えるんだ。だって大学の奴らなんてあくまで授業やサークル内での関わりで、誰もこうして誘ってくれないからさ。だから今日はとても救われたよ。」

「そうか。それはよかったな。」

「だが深夜はとても怖いんだ。本当にこんないい日の後でも死んでしまいそうになるんだ。学費のこともあるし、働かなきゃないんだけど、こんな精神状態じゃしんどくてさ。」

「そうか。それは大変だな。そこでお前にプレゼントなんだが。」

僕は昨日のままのバックを差し出した。

「一応、これ50万入ってる。お前にプレゼント。」

「お前これ、例の闇バイトで稼いだのか?大丈夫か?」

「あー全然。ただ車を運転してるだけでこれぐらい貰えるんだ。いいからやるよ。これでうつ病治せよ。」

「本当に大丈夫か?」

「大丈夫だって。信じてくれよ。友達だろ。お前の唯一の」

「あーそうだ。お前を信用しないとこの世に信用できる人間がいなくなってしまう。」

「あはは。お互い親が貧乏だしな。まあうまくやろうぜ。」

村松さんに再会したのは、1週間後の午前1時だった。

そこには前回と変わらずに、運転席に田村さん。後部座席に村松さんが座っていた。

「よ!でかしたぞ!新入り!」

田村さんが気前よく自分に声をかけた。

聞かなくても自分が褒められる理由がなんとなく分かる気がしていた。
おそらくあの白い粉はなんかの麻薬で、それを深夜、不安定になった勇気がまんまと使用し、またその薬を欲して紙切れの番号に電話をかけて薬を購入したってとこだろう。

「罪悪感はないの?」

村松さんがおちょくるように自分に声をかけた。

「自分がこういう道を選んだのも、奴が不安定になったとこをつけこまれたのも、生まれたときに配られたお互いのカードによるものですからね。自然なことです。」

「あはは。今度本貸そうか?」

話しているうちにあっという間に目的地に着いた。
前回と同じように村松さんは手際よく、窓ガラスを破って部屋に侵入し、慣れた手つきで部屋から金目の物を取っていった。

前回と違うのは自分も村松さんと同様にペンライトを持って部屋を物色しているところだ。

そこには犯罪を犯しているという罪悪感はなく、まるで会社員がデータをエクセルに打ち込むように、感情を一切使わずに、手先だけを動かしている感覚だった。

「2回目なのにもう慣れたもんだね。」

「そうですか?ありがとうございます。」

「鈴木くんは明日は大学かい?」

「はい。一限からなんです。」

「うわー頑張るねえ。早起き頑張ってね」

「頑張ります。それでは今日もありがとうございます。」

「お疲れさま-。」

車から降りるとまだ脳が興奮していて、早歩きでアパートに帰った。

急いで布団に入ったが朝まで寝むれなかった。

一限の講義室には勇気の姿は見当たらなかった。

授業を受け終わって、アパートで眠りに落ちると、もう日は落ちていて、仕事の時間が迫っていた。

テレビを付けると夜のニュースが流れていた。

「今日、西方勇気容疑者が覚醒剤所持で現行犯逮捕されました。犯人は自ら出頭した模様です。覚醒剤の入手経路などに関して警察は捜査を進めています。」

僕はこのアナウンサーの音声を聞いて、自分が世の中的には’逮捕”されるような人間であることを思い出した。

しかし、それで自分の良心が戻ることはなかった。

僕は一目散に村松さんに電話をかけた。
村松さんは待ってましたと言わんばかりにすぐに電話に出た。

「村松さんニュース見ました?勇気が捕まったニュース。」

「あはは。そうだね。」 

「自分が逮捕されるのも時間の問題です。どうにかなりませんか?」

「俺らはフィリピンに行くけど、お前はどうする?」

「もちろん。自分も行きます。」

「そうこなくっちゃ!でももうひとつ仕事がある。詳しい話はそのあとだ。」

「というと?」

「なーに。いつもの空き巣だ。大したことないさ。じゃあ1時間後。いつもの場所で」

7

「いやーまいったね。こんな早く出頭されるとは。あはは。」

田村さんはいつものように自分に気前よく声をかけた。

「日本が恋しくないのかい?」

村松さんはまたおちょくるように自分に声をかけた。

「いいえ。はなから日本に自分の居場所はなかったのかもしれません。自分にはフィリピンぐらいがちょうどいいと思います。」

「これも配られたカードだろうねえ。」

今日も変わらず、村松さんが工具で器用に窓ガラスを割り、2人で家中から金目のものを集めはじめた。

しゃがみ込んでタンスの引き出しを物色していた時である。

頭が割れるような痛みを覚え、そのまま倒れ込んでしまった。

重くなった体を捻って後ろを見ると工具を持った村松さんが立っていた。

「鈴木くん。君が捕まると俺も危うくなってしまうんでね。ここでお別れだ。」

「あはは。。。。罪悪感は、、、、ないんですか?」

「あはは。こりゃーしぶといな。自分が捕まらないように行動した。自然なことだろ?これもきっとお互いが配られたカードによって決まっていたことだ。」

もう一度鈍い音がして、村松は2つのバックを持って家を飛び出した。

しかし、そこには村松を待っているはずの車は見当たらなかった。

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