The story of a band ~#18 snow ~
あれだけ暑かった夏が終わりを迎えようとしている。窓を開ければ、虫の声と共に夜には涼しい風が部屋に入ってくるようになった。
初ライブから1ヶ月が経とうとしている。
ライブ後の1週間は、練習を休みにしたが、それ以後は週一回の練習は続けられていた。
その練習は、秋田市ではなく、12月に地元横手市で行われるライブに出演するためである。
目標は、できるだけ先に予定されている方がいい。一番怖いのは、空白によるモチベーションの低下である。
ライブ後は、特に「祭りのあと」のような虚しさが感じられることがあるため、その思いを引きずったままだと、次へのエンジンがかかりにくい。
「新曲を作らない?」
「いいね!もっともっと俺等らしい曲を作りたいね!」
作曲作業は、誠司の自室で行われる。楽譜も何もない。アコースティックギターで大体が作られる。仁志がそれに適当なメロディをつけて歌う。
その作業は、何度も繰り返され、煮詰まることも多々あった。
前の楽曲と似通ってしまうこともあり、どうやって差別化させたらよいかに迷うこともあったが、今作っている楽曲を、前のテイストとは違うものにしたいという思いから、様々なアーティストの楽曲分析をするようになった。
特に、仁志はメロディラインにこだわり,衣料品店やカフェに行って、店内に流れている音楽をじっくり聴くこともあった。
ランダムに流れてくるロック以外のジャンルの音楽も、メロディラインの作り方やリズム、表現の仕方など自分なりに吸収できる場として最適だった。
努力も、やみくもにやるのではなく、しっかりと意図をもって行うことで、自分の糧になる。意図的な体験が必要なのである。
「ジョンのラップは、やっぱり生かしたいよね。」
「あと、少しファンク要素も取り入れて、今までのようなヘヴィサウンドではなく、おしゃれな感じも入れた曲はどう?」
「おお!いいねえ!」
アイディアが浮かぶと、俄然やる気も出てくる。前の5曲に加え、『Against the past』『Everything flow 』の2曲が生まれた。
2曲は、早速練習で提案し、ライブまで間に合わせるようにスピード感をもって作成されていった。
曲が完成に近づくと、いち早く試したくなる。しかし、焦りは禁物。手や体に馴染むまで、細かな修正と繰り返しをすることで、ライブでの感触も異なってくる。
準備は入念に行い、当日になったら、熱い気持ちはその時に爆発させればいいのだ。
あっという間に3ヶ月が経ち、その日はやってきた。
仁志は、ジョンと一緒に、アパートから車で現地に駆けつけた。
誠司たちは、いち早く到着し、ライブ会場に入り、リハーサルを行う準備を始めようとしていた。
国道沿いにある施設『CITY MUSIC』。
実は、この施設は、誠司も仁志も世話になった楽器屋である。かつて店内に練習ブースがあり、高校生がよくバンド練習として利用していた。
しかし、とある事情で場所を移転したために、そのブースはなくなり、本来の楽器店としての機能だけを残した施設となった。
唯一、思いっきり音を出せる場所だっただけに、利用者だった人々の落胆ぶりは半端ではなかった。誠司と仁志も例外ではない。
ところが、その店の社長である照居の許可の元、ある企画者の発案から、楽器を一旦倉庫に移動させ、ライブができるスペースを確保し、ライブを企画するという情報が今河に届いていた。
企画者からのお誘いもあり、今河は皆に提案し、dredkingzの出演が正式に決まったのである。
「今日はよろしくお願いします!」
仁志とジョンが、挨拶をして入ってきた。
「おっ!面白いバンド構成だね~。楽しみにしてるよ。」
照居が笑顔で返してくれた。
「オツカレ~!間に合ってよかった!」
ギターケースからギターを取り出す誠司とチューニングする野口、スネアとスティックを運ぶ今河がいた。
「早速、今からリハーサルするみたいだから、急いで。」
ギリギリ間に合った二人は、早速ストレッチを開始した。外は雪がちらつき始めている。
中は手作りのステージ。客席用の椅子が並べられてある。PAは、どうやら照居自らが行うようだ。
外は、雪が相変わらず降り続いているが、鳥の羽のように緩やかに地面に向かって落ちてくる。
室内は、出演バンドのリハーサルが次々と行われ、活気に満ちていたため、少し暑いくらいだった。
開場の準備が整い、いよいよお客が入ってくる時間となった。早速、男女の二人組が入ってきた。
「おう、久しぶり。」
「あれ!お久しぶりです!今日は、お客さんとして来てくれたんですね。」
入ってきたのは、誠司と仁志が以前所属していたバンドメンバーの一人。彼女を連れて、今日のライブを見に来たのだ。
「今日出るんだよね?がんばってね。」
「はい!がんばります!」
少し、誠司も仁志も、正直複雑な気持ちだったが、応援してくれていることを知り、俄然やる気がでてきた。
「いやあ、びっくりしたな。やりづらいところもあるけど(笑)、今の俺たちを見せる良い機会にしようぜ。」
「そうだな。まあ、楽しみましょう。」
しばらくすると、席はお客で埋め尽くされていった。地元にライブハウスはなく、こうした場がいかに必要かを教えてくれる。みんな音楽を生で聴きたいのだ。
いくつかのバンドが演奏し、お客も大分その雰囲気に慣れ、出演者との距離感も近く、今夜のライブ企画は盛り上がりを見せている。
dredkingzは、初ライブの経験をふまえて、お客との一体感を楽しんでいた。特に、外人とのツインボーカルは、異色バンドとして認知された。そしてそのヘヴィなサウンドの楽曲、全英語詞、ラップやファンク的要素の融合などの他の地元バンドにはない斬新さが、客の心に強烈な印象として残っていった。
演奏が終了し、誠司たちが客席側へ移動すると、さっきの元バンドメンバーが今河に声をかけた。
「いやあ、今河さん!よく、まとめましたね!」
仁志はその言葉を聞いて少し違和感をもった。
(いや、確かに今河さんの存在はでかいけど、今河さんだけで、まとめたわけじゃねえんだよなあ。)
誠司と仁志がもがきながらバンド結成にこぎつけた経緯は、他人には分からない。どれほどバンドがなくなり、裏切られたような気分になったことも知らないだろう。
それを思うと、少し悔しい気もする。前バンドメンバーにその経緯を話したくもなるが、感情を押し込めることにした。
「照居さん、ありがとうございました!楽しかったです!また、お願いします!」
「おう!いやあ、おもしろかったよ!また、企画するよ!」
照居は、にこやかに返した。
手作りのライブ企画は、無事終了し、撤収作業も完了。
外に出ると、もう雪は止んでいた。白い息だけが宙に漂う。
5人は、楽器を車に乗せた。
「いやあ、今日はお客さんのノリも良かったし、それなりに楽しめたよね。また、ライブがんばろう!」
誠司が笑顔で言うと、皆も大いに賛同した。
「そんじゃ、また次回のリハで!俺等遠いのでお先!」
仁志はジョンを助手席に乗せ、車を走らせた。長い峠道。大分遅い時間になってしまったが、車内の会話ははずんだ。なんとも言えない充実感に満たされている。
「次のライブはどこになるんやろ?」
ジョンが話しかけた。
「そうだね。俺はまた秋田市でやりたいなあ。店長さんからオファーが今河さんのメルアドに届いているみたいだよ。」
「そうか。また、知り合いのアメリカ人に声をかけてみるよ。」
「了解。俺もがんばらないとね~、集客。」
さっきまで止んでいた雪が、また強い風と共に降り始めた。きまぐれな天候のせいで、ワイパーの動きもせわしなくなる。
払いのける雪の中を進む車は、まだ見えない少し先の未来を照らそうと必死にもがいているようにも見える。
舞い降りる雪がどのような運命をたどるのか分からないように、まだ、バンドの行方を誰も予想はできなかった。