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ベビーパウダー:theme-匂い

匂いは一番記憶と結びついている、というのはよく言われる話です.


他の感覚より感覚的なところを担ってるのかもしれませんね.感覚より感覚的な…と言うとややこしいことになってしまいますが、要するにより抽象的で言葉にしづらいところを呼び出しやすいのかも、ということが言いたいのです.



とはいえ特定の記憶を呼び出すような特徴的な匂いなんて、一度失えばもう一度嗅ぐことは容易ではありません.その間に記憶も薄れそうだし、随分経った後にようやくその匂いを嗅いでも、その記憶を思い出すことなく過ごすのではないだろうか…

と、思っていました.


どうやらそうでもないらしい、という話をします.


時は遡り私が高校生をやっていた時に交際していた人は、匂いが少し独特で、時間がそれほど経っていなければ、その場にいなくともいたことがわかるくらいでした.くさいわけではない…と言いたいのですが、確信を持って言い切ることができないのでやめておきます.体臭から感じるフェロモンで相手のことを好きになるんだ、それは遺伝子的にそう定められているんだ、みたいな言説もちらほら見ることですし、そもそも匂いなんて主観ですから、私がその匂いを気に入っていたとて周りもそうだったとは言い切れないからです.とにかく私がその人の隣で無闇に深く息を吸っていたのは確かです.正直にその匂いが好きでした.不審者すぎる.
もう別れるな、と思った日にも、しっかりと嗅いでいたことをよく覚えています.

それからその匂いを嗅げたことはありません.当然、嗅げるような距離に立ち入らなかったからなのですが.しばらくはたまに(こんな匂いだったな)と思い出せたのですが、もう思い出せません.それからの人生で出会わなかった類いの匂いだったのでしょう.「近い匂い」と思ったこともありません.

これは、匂いと記憶の結びつきが完全に切れてしまった例ですね.匂いと記憶がどれほど強い絆で結ばれていたとしても、完全に消えてしまうことはあるようです.


対して、それからしばらく後、鮮やかに記憶を蘇らせた匂いがあります.ベビーパウダーの匂いです.

ご存知ジョンソンアンドジョンソンのベビーパウダー.私が高校生の頃、これが強烈に流行った時期がありました.洗顔料にベビーパウダーを混ぜたり、ニベアに混ぜてホワイトニング効果を期待したり.でも当時の私に一番響いた使い方は、おしろい粉として使うというものでした.
高校生、かつ進学校だったのもあり化粧品としてのファンデーションは気が引ける、しかし出かける時くらいは肌を強くしたい.そんな欲求にベビーパウダーは真摯に答えてくれました.
そしてそれは、いわゆる「デート」の時特に味方になってくれるものでした.

冷静に考えると、ベビーパウダーだけではあまりに粉っぽく、白っぽすぎます.その日私がどう見えていたか、考える気も起きません.ただ、当時の私にとっての最上のおめかしはベビーパウダーだったのです.


…という内容を、今から2年ほど前、たまたまベビーパウダーの蓋を開けた時香ってきたベビーパウダーの匂いを嗅いだとき、一瞬で思い出したのです.

先述の通り、ベビーパウダーは「おめかし」でしたから、準備中うきうきが止まらないわけです.その浮き足だった気分、少しの照れ、いろんなものが一気に押し寄せて鳥肌が立つほど.


この時、「匂いは記憶と結びついている」という言葉に初めて頷きました.確かに、忘れたと思っていた様々がみずみずしく思い出せる.それはもはや恐ろしいほど.


ここまでくると、匂いが特徴的な元恋人の匂いを再度嗅いでみたくてしようがありません.しかしそれをやるのも野暮、というか気味悪がられかねないので自重します.まあ忘れるものがあるのも人生でしょう.

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