オンライン講義に疲弊しつつある先生方へ (Comment Screenのススメ)
講義こそインタラクティブ技術
5月のゴールデンウィーク明けから、多くの大学でオンラインでの講義が始まりました。カメラの前での孤独な講義の録画や、通信帯域節減のためのカメラオフ。このような学生の表情を窺い知ることのできないオンライン講義は、「学生を前にしたライブ」ともいえる対面講義に慣れた教員にとって大きな戸惑いをもたらします。
私が新米講師の頃、当初計画したシラバス通りに講義を進めようと事前に徹夜で作成したノートを必死に板書し、その努力が実り予定通りに講義日程を終えました。しかしながら、生まれて初めて担当したその講義の授業評価は、軽くひと月は落ち込み続けるほど惨憺たるものでした。当時の私は「皆さん、ここまでわかりましたか?」と講義中にたびたび声はかけただけで満足し、学生のことは全く見ていなかったのです。
そのあと何年か経ち、ようやく学生の表情から興味や集中度合を読み、板書をしながら背中で学生のざわつきを感じ、学生の理解度に合わせ、時に雑談を交えながら講義ができるようになりました。
インタラクティブ技術の研究をしていたというのに、講義こそリアルタイムなインタラクティブ性が重要な場であることをようやく学んだわけです。
ところがこの社会情勢により、否が応にも対応せざるを得なくなったのがオンライン講義です。私は、共同研究先との遠隔会議や、出張先と大学講義室を双方向でつないだ遠隔講義のスキルはそれなりにあり、テレビ取材対応などでカメラの前で話すことの経験を比較的積んでいると自負していました。
しかし、学生側がカメラを切ったZoomでの遠隔講義は、留守番電話に向かって105分間話し続けるかのような、格子で区切られた黒塗りのZoom画面の奈落に、言葉も、気力も、今まで何とか培ってきた講義スキルも吸い込まれてゆくようなストレスを感じました。私のような戸惑いを抱える教員にとって、まさに「遠隔講義禍」の到来です。
『ニコ生』的な講義ができる『Comment Screen』
そんなときに思い出したのが筑波大生のトミーさんらが開発した『Comment Screen』というアプリです。使い方は簡単で、教員側がPCにインストールし、例えば「力学第一」の講義なら #rikigaku1 のような感じでハッシュタグを決めます。学生側はPCやスマートフォンで、アプリやブラウザからハッシュタグをつけてコメントすることで、教員のスライドの画面にあの『ニコニコ動画』のように匿名のコメントが流れます。
なお、対面講義などの際にはQRコードを表示し、コメントのためのURLを共有可能です。
ZoomやOBSなどを用いる場合は、PowerPointなどのアプリケーションやウインドウ単位でなく、画面全体をキャプチャし共有することで、プレゼンテーションにコメントを重ねた状態で学生に配信することができます。
通信帯域の増大や講義中の予期せぬポップアップ表示が気になる場合は、受講生に事前にアプリをインストールしてもらうことで、同様の効果を得られます。
私は2019年10月3日にリリースされたときから使う機会を探していたのですが、10月25日の広島での講演で早速活用し、昨年度の講義中に試験的に一度用いた経験を通じ、大きな手ごたえを感じていました。
学生が静かなのは物理空間、情報空間では饒舌
それではなぜComment Screenを講義で活用可能なのでしょうか?
かつて『ニコニコ学会β』シンポジウム会場のニコファーレにて登壇した折に、壁を流れる多数のコメントに囲まれ、海外と比べてリアクションが薄いといわれる日本人も、オンライン空間であれば明らかに饒舌であることを感じました。それはまるで、他者の心の中を覗くことができるテレパシー保有者の疑似体験ともいえます。
「空気を読む」という言葉がありますが、従来の対面講義でのいわゆる「大気中の音声コミュニケーション」では同時に一人しか声を発することができないため、下手な質問をすることは、恥ずかしいだけでなく、全員の時間を奪うことになってしまいます。よってどうしても気後れしまう気持ちはよくわかります。これは講義だけでなく、国内学会でも同様の傾向がみられます。
そこで提案されたのが、学会発表時のチャットの利活用です。オンラインのチャットであれば、発表を遮ることなく気軽に質問もできますし、発表者も適宜質問を拾ったり、共著者が代わりに答えたり、実際の質問時間に座長が重要な質問を代表して尋ねることもできるわけです。
1994年のソフトウェア科学会大会オンラインパネルが国内初の事例と言われており、私がときおり参加しているWISSというワークショップでは、サブスクリーンでチャットを表示し、発表者や聴衆がそれを眺めつつプレゼンテーション行うシステムを1997年から運用していました。よって2007年にニコニコ動画が一気に広まったとき、関係者は「WISSでの体験に近い」と話したものでした。そんなWISSのコミュニティが中心となり立ち上げたのが前述のニコニコ学会βだったわけです。
WISSやニコニコ学会βで学んだことは、ソーシャルメディアの書き込みを見れば一目瞭然なように、日本人が静かなのは大気中だけで、情報空間では饒舌ということです。よって「最近の学生は昔と比べて質問が少なく元気がない」とお嘆きの先生こそ、ぜひComment Screenを活用されると良いと思います。
Comment Screenで遠隔講義がどう変わるのか
Zoomなどでも講義中にコメントすることは可能ですが、顕名での質問となってしまいます。経験上『sli.do』など匿名のチャットシステムを用いた方が質問がより活発になるようです。
確かに匿名だといわゆる「荒らし」が発生する懸念もあります。私の経験では講義の冒頭に「もし、コメントが荒れた場合は利用を中止しますが、皆さんを信頼しています」と一言伝えたところ、問題となるようなコメントは一切ありませんでした。また、私の周囲の先生方からも今のところ大きな問題は報告されておりません。
受講した学生達からも
・対面講義より気楽に質問できた
・ほかの人がコメントすることで自分もコメントしやすくなった
・遠隔なのに、コメントを通して講義の一体感が出た
など、概ね好評のようです。
そしてComment Screenを利用し個人的に最もありがたかったのが、教える側のモチベーションが上がることです。講義中にすぐリアクションが返ってくることで、画面の向こうの学生たちの存在を感じられます。本質的なコメントを見るとキチンと伝わった学生がいることがわかります。
そして講義の最後にさりげないねぎらいの言葉やハートマーク、そしてニコニコ動画でおなじみの「888888」(※拍手のパチパチパチの意味)の弾幕を眺めると、今までの遠隔講義のストレスが全て吹き飛びます。私は初回の講義でカメラとマイクをオフにした後、目を潤ませつつ画面に向かって「元気をくれてありがとう…」と思わずお辞儀をしてしまいました。
まとめますと、遠隔講義にComment Screenを導入することで、以下の効果が期待できます。
・物理空間では「空気を読み」一見おとなしい学生たちが積極的に発言する
・その発言を拾うことでインタラクティブに講義を展開できる
・多数のコメントを見ることで教える側のテンションも上がる
このループが回ることで講義自体の質も向上することが期待できます。言いつくされた言葉ですが、良い舞台は良い観客とともにできるように、良い講義は学生と教員との相互作用によって生まれます。
なお、スライドだけでなく、タブレットを用いて板書を行うタイプの遠隔講義でもComment Screenを活用できているようです。
おわりに
このnoteでは遠隔講義でのComment Screenの活用法とその効用についてまとめました。twitterなどでのコメントを見ても、遠隔講義にComment Screenの導入を望んでいる声は多数見られます。そして将来また対面講義ができるようになったとしても、講義室でスライドとComment Screenを組み合わせることで、議論の活発化が期待できます。
ただし、板書がメインの対面講義の場合、相当工夫が必要であると考えます。もしうまく活用できた方がいらっしゃいましたら、ぜひご知見を共有いただきたく存じます。
また、私は大学で教鞭を執ってはいるものの、教育学・教育工学を専門としているわけではありませんので、あくまでも「個人の感想」の域を出ていないことを申し添えます。
ちなみに、Comment Screen以外に遠隔講義の助けになりそうなシステムとして岡山県立大学の渡辺富夫先生らが開発した『ペコッぱ』があります。発話音声の「タメ」を分析することで、ちょうど良いタイミングでうなずいてくれるため、このロボットの前だと嘘のように気持ちよく話せます。残念ながら現在入手困難です。ソフトウエアバージョン欲しいですね。
なお、私の講義ではComment Screen以外にバーチャルSNS『cluster』も活用しているので、そちらに関しても機を改めて紹介したいと思います。
最後に、公開イベントでは、本家『ニコ生』を是非とも活用しましょう!
※追記: 明治大学の中村聡史先生もComment Screenを用いた遠隔講義に関する実践的なnoteを書かれています。