NHK「おげんさんのサブスク堂」でも紹介された!How Much Do You Love Me? 完全解説
KINZTOのDr.ファンクシッテルーだ。今回は「どこよりも詳しいVulfpeck(ヴォルフペック)まとめ」マガジンの、38回目の連載になる。では、講義をはじめよう。
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先日2022年6月4日、Vulfmon(ヴォルフモン)の新曲、「How Much Do You Love Me?」が発表された。
私はこれを聴いて、文字通りブッ飛んだ。
こんなすごい曲あっていいのか?
これ、本当に人間の作品なのか?
おいおいJack、マジで人類の先の存在なんじゃないの?
というわけで、今回はこの素晴らしい曲を徹底的に解説していきたいと思う。まずは、曲がリリースされた背景について。それから曲の内容へと移っていきたい。
リリース背景
Vulfpeckは2020年の「The Joy of Music, the Job of Real Estate」の後、悪疫の影響で活動が止まってしまった。
この後、2021年末にCory WongのアルバムにてVulfpeckの新曲がリリースされることになったが、実はその内容は2019年にレコーディングされたものであった。
彼らは実際には悪疫が流行り出してから、いまだ一度もレコーディングが行われていないとまで言われている。
しかしこれは、無理にバンド活動を優先させず、メンバー個人の活動をしっかりとやったうえで集まれるタイミングで集まろう――すべては「持続可能性のため」という、リーダーであるJack Strattonのポリシーの現れだと思われる。
Cory Wongなどは2020~2022年にかけてかなりの仕事量をこなしており、Jackはそれを邪魔しないように動いていたのだろう。
というわけで、Jackが2022年に新しくリリースした曲は、Vulfpeckではなく、自身のソロ・プロジェクト…
Vulfmon(ヴォルフモン)名義の作品だった、というわけだ。
これが、Jackが「The Joy of Music, the Job of Real Estate」以来、2年ぶりにレコーディングした新曲となる。
概要解説
それでは改めて、ここから楽曲の解説に入ろう。
今回の曲はVulfpeck関係としては初のゲストを招いた、60'sソウル(1960年代のソウル・ミュージック)のオマージュだった。そう、今回のJackはファンクではない。
しかし――この60'sソウルのオマージュが、あまりにも完璧すぎた。
①歌、②歌詞、③サウンドの三本柱がどれも素晴らしいクオリティで60'sソウルを表現しており、もはやレコードの中でしか体験できない世界、ロマンティックな過去への憧憬といったものが、非常に高い精度で1曲の中に表現されていたのである。
例えるなら、60年代後半、アトランティックレコードに残されたアレサ・フランクリンのレコードのような世界観。
これはやはり、Jackが当時のソウルや、アレサの曲などを深く愛しているからこそできたことだろう。
さらにただ60'sソウルをオマージュしただけではなく――Jackは自身のミニマルな思考法をそこに取り入れた。
なんとリズム・セクションを入れず、ヴォーカルと自分だけでレコーディングしたのである。
Jackはひとり三役、つまりエレピ、ベース、ドラムの三つを同時に自分で演奏してしまった。通常では考えられないほどのミニマリズムだと言えるだろう。
これらの融合により、Jack Strattonにしか作れない60'sソウル――Vulfmonの新曲、といった形で、「How Much Do You Love Me?」は作られていたのである。
それでは、ここからは①歌、②歌詞、③サウンドの三本柱について解説していこう。
①ソウルフルな歌
今回のゲストはJacob Jeffries(ジェイコブ・ジェフリーズ)。
彼はVulfpeckのTheo Katzman(ティオ・カッツマン)とよく演奏しており、近い仲ではあったと思われるが、Jackと共演するのは今回が初となった。
Jacobはフロリダ州出身のシンガーソングライターで、本来はTheoのような、ロックを基調としたスタイルである。
それが、今回は思いっきり、60'sのディーヴァ――アレサ・フランクリンのような女性のスタイルで歌っているのだ。
この歌い方が、とにかく素晴らしい。タメにタメたグルーヴと力強い声色で、いかにも60年代らしい「強い女性」を表現している。当時のアレサの曲にこんな歌があってもおかしくない、とまで思わせてくれる。
もちろん、Jacobは男性だ。オッサン2人によるアレサ・ソウル。まずここで十二分に素晴らしいが、そのオマージュは歌詞の中にまでしっかりと浸透している。
②ノスタルジックな歌詞
意訳も入ってしまうが、今回の歌詞を見ていこう。
と、こんな感じである。非常に古典的な60'sソウルの世界観がここには表現されている。
例えば、愛を表現するのに歌を作って、というのは時代を超えたテーマかもしれないが、「その歌で私を有名にしてよ」というのは、現代では共感されない内容だ。こういった点からも、この歌詞がノスタルジックな内容であると言えるだろう。
さらに、「別れてほしくなかったら(If you want me to stay)」のところで、Jackが大好きなスライ&ザ・ファミリーストーンの曲名が使われている。こういった演出も実に心にくい。
③ファンク以前のサウンド
今回のサウンドは、ファンクが誕生するよりも前のものになっている。
James Brownがファンクのグルーヴ(16ビート)を発明したことで、そのファンクのグルーヴはソウルにも入り込み、70年代はファンキーなソウルが主流になった。
それ以前の60'sソウルはシャッフル、8ビートといったリズムで演奏されており、今回の「How Much Do You Love Me?」は当時のシャッフルのリズムが使われている。
この「ツータ ツータ」という感じの跳ねるリズムがそうなのだが、ここでまずしっかりと60'sソウルのリズムを取り入れているだけでなく――今回はそのシャッフルが生み出すグルーヴが非常に素晴らしい。
Jacobのヴォーカルだけでなく、Jackのグルーヴが尋常ではないのだ。
その秘密は、彼が持つ優れた内在グルーヴが、今回の演奏で完璧に活きていることにあると考えられる。
前述のとおり、今回のJackは自分でエレピを弾くだけではなく、左足でハイハット、右足ではバスドラを踏んでいる。
(※なぜかハイハットはすごく短く、バスドラはペダルを踏むとバスドラの音が鳴るキットを使っている)
この自ら演奏するミニマル・ドラムに、自身のエレピが加わることで、自らの内在グルーヴが少しのズレもなく演奏に反映されているのだ。そしてやはり60'sソウルを愛してやまないJackだからこそ、反映されたグルーヴがここまで素晴らしいグルーヴものになっているのだろう。
ちなみに、この一人でエレピを弾きながらドラムを叩くスタイルは、Jake Shermanを参考にしたとJackが(後述する解説動画で)語っている。
Jake Shermanのスタイルで、ハイハットの高さをコミカルにしてしまったのが今回のJackのセッティングだろう。
Jack本人による解説を解説
では曲のメインの解説が終わったので、最後にこちらの動画を取り上げて終わりにしたい。今回も過去の曲と同様に、Jackは自ら何を弾いているかを解説した動画をアップした。
この動画では衝撃の事実が明かされている。なんと今回の曲は、Vulfpeckの「ジングル」のコードワークが使われている――つまり、あの短いジングルを長く引き延ばしたような曲だというのだ。
(ジングルはこれらの動画の最初に鳴っている音のこと👆)
例えば、基本となるD♭のキーが、まずジングルと同じである。
さらに、途中の【ヴァース】の部分、B、B♭、A、A♭とベースが下降していく進行も、ジングルの内声下降とまったく同じ流れになっている。
他にも、この動画で語られている裏話をすべて掲載しておこう。
・エレピの音源はSCARBEE CLASSIC EP-88Sを使用。Jackはこれが「スティービー・ワンダーのフェンダー・ローズ」っぽいと語っている
・鍵盤はCrumarのMIDIオルガン、Mojo Classic Suitcaseを使用。
・左手で弾いているベース音は、フェンダー・ローズのエレピ音と、ほんのわずかのオルガンのベース音の融合。これによってドライブ感が高まっていると思われる
・なんとJackはキーチェンジが得意ではない、と語り、転調後の演奏は最後までやらずに終えてしまっている。これについては以下のように語っていた。
これは私が鍵盤プレイヤーだからこそ分かる話なのだが、Jackのこの特性はおそらく、根本的になぜか黒鍵をメインで使用する弾き方で鍵盤を覚えたからなのだろう。
つまりキーチェンジが不得意というより、どちらかと言うと、白鍵をメインで弾くキーが不得意である可能性がある。
盲目のスティービー・ワンダーが、触覚で今弾いている位置を当てるために黒鍵をメインで用い、E♭m、D♭などのキーをよく用いたが、Jackもどういったわけかこのスタイルで鍵盤を習得したのではないだろうか。
実際に今回の曲や、It Gets Funkier、Animal Spiritsなど、VulfpeckでJackが曲を作るときはやはりE♭m、D♭などのキーがよく使われる。
一般的にピアノは黒鍵を多用するほうが難しいため、なぜJackはいつも難しいD♭のキーを頻発させるのか?というのが長年の疑問だったのだが、
今回、むしろD♭のキーのほうがJackにとっては簡単だった、ということが明らかになった。
これはもしかしたら、Jackが鍵盤を覚える過程でスティービー・ワンダーの曲を弾きまくったからかもしれない。Jackの鍵盤スタイルは「パラディドル」と呼ばれる、両手をドラムのように交互に弾くスタイルなのだが、そもそも、それがスティービー・ワンダーと全く同じなのだ。
(👆ここでもJackは自らスティービー・ワンダーの奏法を披露している)
以上――長くなったが、「How Much Do You Love Me?」の完全解説である。この曲はもしかしたら、ファンク好きなVulfファンからは見過ごされてしまうかもしれないが、それでも誰か、この曲が好きで好きでたまらない、という誰かのために、今回はここまで長くこの曲を解説することにした。
なぜなら――私も同じように、この曲が好きで好きでたまらないからだ。まだリリースから数日だが、間違いなく、私は100回以上聴いている。朝から晩まで常にリピートし続けている。もしかしたら、2022年のマイベストは、ファンクではなく、この曲になってしまうかもしれない。
そんな「How Much Do You Love Me?」を、ぜひ皆さまも聴いていただきたい。この2022年に、こんな素晴らしい60'sソウルが誕生したこと、それ自体が奇跡のようなことなのだから。
※2022年6月9日追記
なんと、海外のファンによって、Musescoreでフリースコア化されていたことが分かりました!ミュージシャンの方はよかったらどうぞ。
※2022年8月7日追記
この曲がNHK「おげんさんのサブスク堂」で紹介されました!
なんと番組最初の曲として、豊豊(松重豊)さんが自らのスマホから紹介し、星野源さんも大好きだと仰っていました。
最前線でご活躍される方々からも熱い支持を受けているJack!おめでとうございます!!!
◆著者◆
Dr.ファンクシッテルー
宇宙からやってきたファンク研究家、音楽ライター。「ファンカロジー(Funkalogy)」を集めて宇宙船を直すため、ファンクバンド「KINZTO」で活動。
◇既刊情報◇
バンド公認のVulfpeck解説書籍
「サステナブル・ファンク・バンド」
(完全無料)
ファンク誕生以前から現在までの
約80年を解説した歴史書
「ファンクの歴史(上・中・下)」