【最速解説】THE FEARLESS FLYERS最新アルバム 「The Fearless Flyers Ⅲ」 - 創作のヒントが詰まった、「型破り」のお手本となる一枚
KINZTOのDr.ファンクシッテルーだ。今回は「どこよりも詳しいVulfpeckまとめ」マガジンの、34回目の連載になる。では、講義をはじめよう。
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先日、フィアレス・フライヤーズ(THE FEARLESS FLYERS)の新しいアルバムが発表された。タイトルは「The Fearless Flyers Ⅲ」。
2月から曲が少しずつ公開され、おとといの3月4日、ついに1枚のアルバムとして聴けるようになった。
バンドのフィアレス・フライヤーズに関しては、私が以前書いたこちらのnoteをご覧いただきたい。
簡単に説明すると、フィアレス・フライヤーズは「ミニマル・ファンク」と「バリトンギター・ファンク」をコンセプトとするファンク・バンドである。
2018年の「Ace of Aces」で有名になり、YouTubeを意識したミニマルな短時間ファンク、またギターとベースの中間の音域を持つバリトンギターを用いたファンクで、世界中に多くのファンを生み出してきた。
例えばジャミロクワイのリーダー、Jay Kayも彼らの大ファンで、過去にライブで共演したこともある。
フィアレス・フライヤーズはヴォルフペックのサイド・プロジェクトであり、ヴォルフペック同様、悪疫で活動が停滞していたが、この度、ようやく2年ぶりに完全新作となるアルバムの発表となったわけである。
「型破り」な新作
今回の新作は、フィアレス・フライヤーズとしてはいろいろと新しいことに挑戦した作品となった。最初の曲を聴いたときは「どうなってんだ?」と思ったが、全曲が公開されて、なるほど、そういうことか、と納得した。
今回のアルバムは、いわゆる中村勘三郎さんの言うところの「型破り」が行われているアルバムだったのではないだろうか。
これは無着成恭氏がラジオで語っていたのを勘三郎さんが聞き、以来広めていた言葉のようで、さまざまな解釈があるとは思うが――「型」、つまり「スタイル」を会得し、あるいは作り上げた人物が、あえてそれを「意識しながら壊す」ことで、「型破り」として評価される……ということを言っていると考えられる。
今回のフィアレス・フライヤーズの新作は、まさにそれだった。
以前に自らが作り上げたスタイル、つまり「ミニマル・ファンク」「バリトンギター・ファンク」という「型」を残しつつも、破るところは大胆に破っていく。
もともと、かなり「型」がはっきりしているバンドだったが故に、それに囚われすぎてしまうと、新しいものが生まれなくなってしまう。しかし、ただただ新しいことだけを詰め込んだアルバムにしたら、ファンの心も離れ、そもそもフィアレス・フライヤーズではなくなってしまうだろう。
フィアレス・フライヤーズの新作として、新しいものを作るにはどうしたらいいのか。
それが今回の「型を意識しながら破っていく」というやり方だったのだ。
これは創作のやり方としてかなり手本になる方法だと思われるし、次回作に悩んだりしているクリエイターの方々には参考になる部分がかなりあるのではないかと思う。フィアレス・フライヤーズは、ヴォルフペックのリーダーであるJack Strattonがプロデュースしているため、またしても彼の手法に我々は驚かされている、というわけだ。
それでは、前置きはこのへんにして――曲を紹介しながら、その「型破り」な点を解説していきたいと思う。
1. Patrol Acrobatique
2022年2月2日、午前2時に公開された、約2年ぶりの新曲。曲名はおそらく空軍の「曲技飛行」から取られており、フィアレス・フライヤーズのコンセプトに沿ったものだ。
これは、2021年2月19日にヴォルフペックのInstagramに投稿されていたセッションが元になっていると思われる。
前置きでも話したが、フィアレス・フライヤーズには「型」が数多く存在する。大きく語ると「ミニマル・ファンク」と「バリトンギター・ファンク」がそれに該当するが、他にも空軍の衣装、楽器をマイクスタンドに固定する、などさまざまな「型」があった。
この曲では、まず短時間のミニマル・ファンク、衣装は引き継がれているものの、バリトンギターが使われていない。楽器もマイクスタンドに固定されていない。
今回はアルバムを通してマイクスタンド固定は行っていないので、まずひとつ、その「型」は破ったことになる。これも結成から3年間、ライブでも固く守り通した「型」なので、小さいが重要な「型破り」だ。
そして、バリトンギターが使われていないということ。これはそもそものバンドコンセプトを破っている。フィアレス・フライヤーズはもともと、バリトンギターを使うことで革新的なファンク・バンドとして誕生したのだ。
おそらく、元となったInstagramのセッションでバリトンギターを使わなかったから、今回はバリトンギターを使わない、という結論になったのだと思われる。しかし、これもやはり結成から3年間、すべての曲で守り通した「型」を破ったことには変わらない。非常に大胆な「型破り」だと思われる。
しかし、それでもわずか1分37秒という「ミニマル・ファンク」という「型」はしっかりと守っているし、衣装や曲名などでもしっかりとスタイルを守っている。この、守るところは守りつつも、必要に応じては大胆に型を破っていく、このバランス感覚が今作は非常に優れている。
そしてサウンド面が素晴らしいのは、今更語るまでもない。グルーヴ、サウンド、完璧な1曲。
1分12秒で見せるNate Smithの高速バスドラ(タムの位置に置いているのは実はバスドラ)は、この曲を象徴する超絶技巧である。ぜひ、ここだけでもご覧いただきたい。動画投稿直後は、ヴォルフペックのInstagramストーリーでこの技に名前を付ける大喜利が行われていた。笑
2. Running Man
高速ブルースからの低速ブルース、リズムチェンジを楽しめる曲。リズムチェンジの瞬間は珍しくカメラが切り替わっているので、もしかしたら2つの異なるテイクを繋ぎ合わせたものかもしれない。
この曲では、やっとバリトンギターが登場。しかしジャンルはファンクではなく、ブルース。
なんとこの曲は、フィアレス・フライヤーズだけでなく、母体となるヴォルフペックを含めて、初のブルース曲となった。つまり、ここではバリトンギターや、衣装という型は守りつつも、そもそもファンクという根本を破ったのである。
もっとも、この型破りは実は初めてではない。フィアレス・フライヤーズは前作でメタルに挑戦するなど、バリトンギターを活かしながら他ジャンルへ踏み込む「破り」は行っていた。
今回はそれの延長線上にあるものだと考えられる。実際、バリトンギターで高速ブルースを演奏するというのはかなり斬新だ。ここであえてブルースを選んだ彼らの選択を評価したい。
そしてその高速ブルースでオープンソロを一切弾かずにユニゾンで攻めていくというスタイルは、従来のフィアレス・フライヤーズらしさ、「型」が守られているポイントであり、ここもまた「破り」のバランス感覚に優れている。
リズムチェンジ後の低速ブルースでは、Cory Wongのブルースソロを堪能できる。そもそもCoryのバンドでもブルースはほとんど演奏されていないため、非常に貴重な録音だ。
Coryのソロはくつろいだ雰囲気で、チル感がすごい。延々続いたかと思うと、最後はフェードアウトで終わってしまう。
実はフェードアウト処理も、おそらくフィアレス・フライヤーズ、またヴォルフペックでも史上初のことだと思われる。シンプルに見えて、非常に新しいことが詰まった曲だった。
3. Three Basses
そして、本作をもっとも象徴する曲、「Three Basses」。
なんと3本のベースとドラムによるミニマル・ファンクだ。ここまでフィアレス・フライヤーズを見てきたファンであれば、この3本ベースという展開に、思わず笑ってしまうはずである。
バリトン・ギターどこいった?そもそもギターいないじゃん!
しかしそう思えるのは、「型」が存在していたからだ。ここまで何年も、フィアレス・フライヤーズとして「バリトンギター・ファンク」という型を作り上げてきたからこそ、その「型破り」で笑いが起きるのである。
サウンドはこれまでのフィアレス・フライヤーズらしさ、そしてミニマル・ファンクらしさというものをまったく壊さずに、「フィアレス・フライヤーズがベースとドラムだけで演奏してみた」とでもいうような、非常に明快な曲となっている。
また内容的にも「ベース3本によるファンクの手本」のような、プロとしての技術が遺憾なく発揮された演奏だ。ベースは弦が4本で音域が狭く、しかも低音であるため一緒に演奏すると音被りが発生しやすいが、フィアレス・フライヤーズはそこをうまく回避して、3本ベースを活かしたアレンジを行っている。
具体的には、基本のベースラインはJoe Dart、
高音スラップがCory Wong、
高音での和音がMark Lettieriというように、鳴らすサウンドを分けている。
そして低音楽器で演奏しているので、それを活かすため、ラストは全員で一番低い音まで順番に下がっていって終わる。それもまたアレンジとして秀逸で、「型破り」な面でも、その「破り方」の面でも、この曲は本当によく作りこまれた楽曲だ。
もちろん、それらが笑いとして機能しているところも素晴らしい。いかにもJackらしいと言えるだろう。
少しマニアックな話になるが、楽器面の話をここでしておきたい。この曲でJoeが弾いているのが、「Joe Dart Jr. 」。Joeのシグネチャーベースの2代目で、通常のベースより少し小さいサイズのものだ。楽器のコンセプトについては、私が翻訳した動画をご覧いただきたい。
Markが弾いているのが、「Joe Dart Bass」。初代のシグネチャーベースだ。ここではオリジナルのカラーではなく、追加生産されたBlack Velvetカラーを使っている。(2022年3月6日時点、リストックされて購入可能。詳細は下記のリンクで)
こちらのコンセプトに関しては、私のnoteをご覧いただきたい。
そしてCoryが弾いているのが、今回のアルバムで初登場した、恐らく3代目となるJoe Dart Bassの新作だ。この曲ではCoryが使っているが、それ以外ではすべてJoeが弾いている。
この新しいベースに関してはほぼ確実に今後発表があると思うので、アナウンスを待ちたい。
4. Reelin’ in the Years
こちらはミニマル・ファンクやバリトンギター・ファンクなど、基本の型は破っていないが、選曲面でかなり面白いことになっている。
なんと、スティーリー・ダンのカヴァーなのだ。
原曲はスティーリー・ダンの1stアルバムに収録、初期の人気曲だ。スティーリー・ダンはヴォルフペックにとって非常に重要なバンド。過去に何度もライブでカヴァーを行なっているし、Cory Wongもスティーリー・ダンからの影響を動画で語っている。
過去にヴォルフペックでのカヴァーはあったが、フィアレス・フライヤーズとしては初のスティーリー・ダンだ。
つまり、おそらく世界初のバリトンギター・ファンクによるスティーリー・ダンのカヴァー・レコーディングとなっている。
原曲では通常のギターが中音域で弾いているイントロのフレーズが、ここではさっそくバリトンギターの餌食になっている。低音域で鳴らされる骨太なフレーズが、なんとも渋くたまらない。
また、原曲の展開をなぞり、活かしつつ、メロディは弾かずにインストに変換していくアレンジは、ヴォルフペックのミニマル・ファンクとまったく同じものだ。ここも「型」が意識されているように感じる。
そして原曲2:00~で登場する、ロック小僧のツボを押しまくったであろう最強のギターリフは、フィアレス・フライヤーズにも効いたようだ。
CoryとMarkという世界有数のロック小僧がいるバンドとして、ここは重点的にアレンジされ、曲のキモとして演奏されている。全員、非常に楽しそうに演奏しており、アルバム全曲を通して、この瞬間がもっとも気持ちが入っている、ようにも見える。
エンディングの部分でそれを聴くことができるので、よかったらそこも意識して聴いてみると面白いだろう。
Markが在籍するスナーキー・パピーは、もうすぐスティーリー・ダンと一緒にツアーを周ることが発表されている。果たして、この曲にMarkが参加するのか?そのあたりも注目に値するだろう。
5. Flyers Funk
そして、バンド名に引っ掛けた直球なタイトルの5曲目。この曲は、従来の「型」をほとんど踏襲する、フィアレス・フライヤーズらしさを全開にした曲だった。
全曲に新しさを追加するのではなく、型を破らない作品も残しておく。このあたりのバランス感覚が、やはりさすがだと思わされる。
ギター、バリトンギター、ベース、ドラムの基本編成に加え、
バリトンギターの低音を活かした、2分30秒のミニマル・ファンク。
後半はJoeとNateのソロが繰り広げられるが、やはり非常に短時間となっており、ミニマル・ファンクらしさを忘れていない。
前述のとおり、Nate Smithのタムの位置に置かれているのはバスドラムである。(タムホルダーベースが付いていることでそれが確認でき、しかもリムショットの跡がついていることからも、この置き方で常用していたことが分かる)
また足で踏んでいるバスドラも奥行きがないタイプ(浅胴のもの)で、おそらく「Ace of Aces」で使っていたものと同じだと思われるが、本当に面白いセットを使っていることが動画で分かる。
これもヴォルフペックと同じ、動画を面白くしたいという思考回路が働いているのだと考えられるが、それでもこんなサウンドを鳴らしてしまうNateは改めてバケモノだと言わざるを得ない。
6. Vespa
最後にやってきたのは、高速ファンク・メタル・ロック。いかにも90年代の香りがする曲だった。
イントロから謎の電子音で始まるが、実は弾いているのはギター。これはおそらく、Beetronicsの「Vezzpa」というファズ・ペダルによるサウンドだ。
曲名も「Vespa」なので、そこから取ったと考えるのが自然だろう。「ファズ」は非常に強い歪みを生むエフェクターで、Coryはそれを使って弦を軽く触るようにカッティングすることで、あの音を生み出している。
Coryはこれまでメインでファズを使ったことはなかったそうだが、2022年のツアーでは初のファズとして「Vezzpa」を導入した、とこちらの動画で語っていた。
「Vezzpa」のサウンドは強烈で、イントロだけでなく、本編も強い歪みを活かした楽曲に仕上がっている。
さらにMarkもメタル小僧であるため、二人して歪みを踏んだときのサウンドはかなり極悪。
いまにもMarkの背中のドアから、ザック・デ・ラ・ロッチャが飛び出してきそうなサウンドになっているので、ぜひ90年代ロックが好きな諸君は張り切って聴いていただきたい。
そして、こんなに歪みきったサウンドになっても、ミニマル・ファンク、バリトンギター・ファンクとしての「型」は健在だ。この曲はそれを維持しているからこそ、歪みによる「破り」が活きていると言えるだろう。
曲全体も2分と短く、楽器編成もギター、バリトンギター、ベース、ドラム。ソロは歪んでいないベースによるものだけで、約30秒とやはり短い。従来の「型」を拡大解釈し、こんなファンクもありだよね?と、思いっきり歪ませて楽しんでいるようにも聴こえてくる。
個人的には、私はこの曲がもっとも好きだった。今後もヘビロテとなるだろう。
まとめ
以上、2年ぶりとなるフィアレス・フライヤーズの新作についての解説となる。アルバムリリースがまだ2日前で、現時点では一切メンバーのインタビューなどが出ていないため記事の中に引用が行えなかったが、今後もし新しい情報が入れば内容をアップデートしていきたい。
今回のアルバムは、レコードをいつものようにクラウドファンディングで購入できた。私も購入済みで、期限は明日(3月7日)までとなっている。この期限を過ぎた場合、日本のレコード店に入荷したものを購入するのが良いだろう。
私は「型破り」の話についてはよく耳にするようになっていたが、まさかこんな身近なところで、そのお手本のような作品に出合うとは思っていなかった、というのが正直な感想である。
型にはまると、飽きられる。すべて新しくしてしまうと、理解されない。この狭間でバランスに苦慮しているクリエイターは数多くいるのではないだろうか。
本作から得た学びは、型破りをする場合、まず自分の「型」をいったん整理し――例えば紙に書き出してみるなどして、改めて「型」と向き合うことではないか、と思った。
それを強く意識し、向き合ったからこそ、初めてどれを破れば面白くなるか、というのが見えてくるのだろう。もちろん、「型」をしっかり会得することも、前提として非常に重要である。
Coryのインスタグラムでは、今年の夏、どこかのフェスにフィアレス・フライヤーズが出現する、と書かれていた。
おそらくそれは、7月にヴォルフペックが出演する、「Levitate Music and Arts Festival 2022」のことだと思われる。
今度のライブでは、いったいどの曲が演奏されるのか?もしかしたら、今度はギターをマイクスタンドに固定しないかも?
いったいどんな「型破り」がライブで披露されるのか――それも今から、とても楽しみである。
◆著者◆
Dr.ファンクシッテルー
宇宙からやってきたファンク研究家、音楽ライター。「ファンカロジー(Funkalogy)」を集めて宇宙船を直すため、ファンクバンド「KINZTO」で活動。
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