Vulfpeckの楽曲「Cory Wong」はどうやって作られた?コスパ最強の作曲術に見る、Vulfpeckの「持続可能性」、そして「隠れた実力」とは
KINZTOのDr.ファンクシッテルーだ。今回は「どこよりも詳しいVulfpeckまとめ」マガジンの、14回目の連載になる。
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今回は、過去に「Cory Wong解体新書」でまとめた内容からVulfpeck(ヴォルフペック)の楽曲「Cory Wong」についてクローズアップし、彼らが行った作曲を確認することで、Vulfpeckの「隠れた実力」に迫っていきたい。
それでは、はじめよう。まずは簡単にストーリーのおさらいから。2011年にリーダーのJack Strattonが結成したVulfpeck(ヴォルフペック)は、ミシガン大学音楽学部の学生がメンバーとなっており、彼らは卒業後もVulfpeckとして活動を続けていた。
Vulfpeckはバンドの「持続可能性」に重点を置いて活動していたため、ネットでファンを集め、会場がソールドアウトできるようになるまではライブを行わなかった。これによって彼らは常に黒字での活動が可能になり、通常の、ライブを行ってファンを集めようという考え方とは対極にあるやり方だったと言える。
バンドにはAntwaun Stanley、Joey Dosikなどのゲストが参加してVulfpeckを盛り上げていたが、彼らもやはりミシガン大学音楽学部卒で、JackやメンバーのTheo Katzmanの友人だった。(このあたりの詳細は私の過去記事を参照されたい)
そしてそんな中、ファンが増えたことで徐々に遠くの会場をソールドアウトさせられるようになったVulfpeckは、2013年にツアーでミネアポリスに立ち寄った際に一人のギタリストと出会う。Cory Wongだ。
Cory Wongはミネアポリスのギタリストで、2013年にちょうどプリンスのバンドメンバーだったMichael Bland(ds)に認められ、彼のイベント「Bunker’s jam」に参加するようになった。このイベントはプリンスも演奏で参加したことがあり、非常にハイレベルなR&Bナイトだったと言う。そして、その「Bunker’s jam」を見たVulepeckがCoryにノックアウトされ、彼らは意気投合した。
そして2013年末、VulepeckとCory Wongのセッション「Tour Vlog 002」が公開される。
この動画はオクラホマで撮影された、となっているが、Jackのインタビューによると、この「Tour Vlog」シリーズは撮影地をあえてフェイクにしているとのことで、本当にオクラホマかどうかは分からない。背景に映りこんでいるPCなどの設備的にどう見てもツアー中のホテルではないので、恐らくシンプルにミネアポリスかミシガンで撮影されたのだと思われる。(出典:interview w/ Jack Stratton - State of the Vulf 2016)
この後しばらくCoryはVulfpeckの歴史には登場しないが、2016年、アルバム「The Beautiful Game」で、ついにアルバムのほとんどの曲に参加する。以後はアルバム、ツアーともに常連となり、ゲストでありながらバンドの人気ギタリストとしての地位を不動のものにした。(なぜ彼がゲストのままか?というのは、私の過去記事で解説を行っている)
そしてこの「The Beautiful Game」で発表された有名な曲が、今回のテーマの一つである「Cory Wong」だ。
聴いてみると、これは2013年の「Tour Vlog 002」のセッションをそのまま演奏しているということが分かる。
もともと2013年の「Tour Vlog 002」の時点では、Jackの持ち込んだベースラインのみがあり、あとはセッションで行われていた。(出典:interview w/ Jack Stratton - State of the Vulf 2016)
特に「Cory Wong」の前半パートは、「あの時(Tour Vlog 002)のセッションをちゃんと録音しようぜ」という演奏だ。
ここに、新しい作曲要素はあまり存在せず、コード進行やブレイクの箇所も同じ。
リック(フレーズ)のブラッシュアップなど、どちらかというとわずかな編曲(アレンジ)のみが行われていた。それはほとんど時間を必要とせず、集まって演奏する前のわずかな話し合いで実行できる。
そしておそらく、この曲はこのTour Vlog002のセッションを元にした前半部分だけで録音された曲だったと思われる。だがメンバーはさらにもう少し曲を発展させることができると考え、2016年6月末に行われたライブで、即興的に新しいパートを付け加えることにした。
それがこの曲の後半パートである。(👇の再生位置から)
👆のスクリーンショットにもあるが、2016年の6月23日のライブが、後半パートが生まれた日だ。
この前日(6月22日)のライブもYouTubeに上がっている(👇)が、そこではまだ後半のリックが定まっていない。つまり、「Cory Wong」の後半パートは、きっかり2016年6月23日に、ほんとうに即興的に生まれたのである。
Jackはこの後半パートを気に入り、既にレコーディングが済んでいた「Cory Wong」の後半をこの新しいアレンジに変更することにした。
しかしわざわざメンバーを集めることはせず、その日のライブ録音とファンが撮影していた動画を組み合わせて、完成品としてしまったのである。
この後半部分のリックのおかげで、楽曲「Cory Wong」の完成度は飛躍的に高まった。このパートはライブで繰り返されるたびに面白さを増し、最終的にJack、Cory、Joeが並んでダンスをする名場面へと成長した。何度もライブで行われ、最終的に2019年のMSGライブでは14000人の前で披露されている(👇この再生位置から)。
以上が「Cory Wong」に関する作曲のストーリーだ。こうして見ていくと、この曲は作曲や編曲に関して使われた時間が非常に少ないことが分かるだろう。
まず2013年のセッション。この時集まる前に書かれていたのはベースラインのみ。そして2016年のレコーディング。これも以前のセッションを少しアレンジしたのみ。
そして後半パートの追加。これも即興的なもので、しかもライブレコーディングをスタジオレコーディングに繋ぎ合わせて完成品としている。
コスパ最強と言わざるを得ない。これだけ人気となった曲が、これだけ低カロリーな作曲とアレンジで完成していたのだ。
さらにレコーディングも正式メンバーではないCoryがミネアポリスからミシガンへやってきたタイミングで行われているため、所要時間は短く、またPV撮影もレコーディング風景をiPhoneで撮影しただけだ。どこまでも低コスト、いかに負担やストレスを減らし、最低限の労力で最大限の効果を上げるか、が徹底されている。
それは何故か?ということになるが、それこそが、この連載で何度も取り上げているVulfpeck、そしてリーダーJackが標榜する「持続可能性(sustainability)」である(詳しくは私の過去記事にて)。
「持続可能性(sustainability)」とはこの場合、「どうすればバンドが素晴らしい時間を保ち続けられるか?」「どうすれば解散せず、友好的で、継続的なリリースを続けることができるのか?」ということだ。制約を強化することで失敗してきたバンドは数知れない。Jackは歴史に学んでいる。
メンバーの時間的拘束を減らし、個人の生活や成功を後押しできるようなバンド形態…それが、彼の考えている「持続可能性(sustainability)」なのだ。
この「持続可能性(sustainability)」の追求のスタイルでは、「Cory Wong」の後半アレンジのために、レコーディングをやり直そうという発想にはならない。ライブレコーディングがあるのだから、それを使えば完成だ。
そもそも、Vulfpeckは正式メンバーですらアメリカじゅうで離れ離れになっているので、彼らはリハをやるにも飛行機を手配しないといけないのだ。毎回毎回飛行機で移動していては、すぐ赤字になってしまうだろう。
以上の状況から、彼らは常にコスパを意識し、常に低カロリーで活動している。
しかし、ではなぜ、ほとんど集まることがないのに、彼らの楽曲やライブは、あれだけ完成度が高いのか?これが本稿で最も重要となるテーマである。
Vulfpeckのメンバーは皆が幼い頃から楽器に秀で、さらにミシガン大学音楽学部の中でも有名なプレイヤーばかりだった。リーダーのJackは高校時代にバークリーのサマースクールを経験。そしてJackの学生時代のバンド「Groove Spoon」、さらにTheoの在籍していた「My Dear Disco」は学内、学外でも人気のバンドだった。
他のメンバーも一様に優秀であり、ミシガン大学音楽学部は日本ではあまり馴染みのない名前だが、中身を見れば優れたプレイヤーたちの学び舎だったのである(ベースのJoeがわざわざバークリー進学をやめてミシガン大へ進んだほどだ)。
完成度の理由はとてもシンプル、つまりそれが彼らのミュージシャンとしての実力なのだ。彼らはわずかなリハと打ち合わせのみで優れた楽曲を生み出し、レコーディングを行うことができる…まさにコスパ最強のバンドなのである!
私はこれこそが、Vulfpeckの真の魅力であり、「隠れた実力」だと考えている。低コストであることはJackの口から語られているが、それが音楽大学の優秀な学生だったという確かな実力に裏打ちされている、というところまでは、当然本人たちの口からは言及されない。これはバンドのストーリーやスタイルを追いかけて初めて理解できる内容だ。
これらの背景があれば、過去のレコーディングや、そして有名なライブ…そう、あの2019年のマディソン・スクエア・ガーデン(MSG)のライブも、おそらくほとんどリハが行われずにショーに臨んでいることが想像できる。なぜなら、過去のライブと演奏の内容はほとんど同じなのだ。曲ごとにメンバーの担当楽器が変わったり細かい演出があるが、どれもほとんど変更がない。これも非常にコスパが良いと言えるだろう。
コスパが良い作曲術については、他にもエピソードがある。やはりバンドの最重要楽曲のひとつ、「Dean Town」も、レコーディング前日に送られてきたメロディを元に当日作曲、一瞬で曲を完成させた。
これだけ人気のある曲がごくわずかな時間で完成しているというのは驚異的な事実だ。「Dean Town」については、ライブでファンがメロディーを大合唱するというのが恒例になるほど、ファンの間で愛される楽曲になった。
…以上が、Vulfpeckの「隠れた実力」についての考察である。
バンドの制約を増やすことは簡単で、それをいかにして避けていくか、のほうが、実は難しい課題だ。
この「持続可能性(sustainability)」を意識したバンドスタイルは、ただそれをイメージして、実行に移せばよい、という単純な話ではない。それにはやはり、短時間、低カロリー、ローコストで高い成果を上げることができるバンドの演奏力や、アレンジ力、作曲術など、総合的なミュージシャンとしての実力があって初めて実現できるスタイルであると考えられる。つまり、Vulfpeckは、まさにVulfpeckにしか成しえない成功を掴んでいるのだ。
是非とも、このVulfpeckのサクセスストーリーに潜んだ魅力に触れてほしく、今回はこういったまとめを書かせていただいた。これを意識して、彼らの他の楽曲やライブ動画を観ると、またイメージが変わってきて面白いのではないかと思う。
以上、Dr.ファンクシッテルーの講義にお付き合いいただき、ありがとう。
次回「どこよりも詳しいVulfpeckまとめ」は、「あまりに深すぎるJack Strattonの世界」の続きとなる。お楽しみに。
◆著者◆
Dr.ファンクシッテルー
宇宙からやってきたファンク研究家、音楽ライター。「ファンカロジー(Funkalogy)」を集めて宇宙船を直すため、ファンクバンド「KINZTO」で活動。
◇既刊情報◇
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約80年を解説した歴史書
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