適応障害と僕の2209日 -“やつ”に見張られている-
自己紹介
こんにちは、「きゃん」といいます!
僕は小学6年生の2月から高校3年生まで
適応障害、強迫性障害でした。
そんな僕も、今では小学校の先生として人並み、
いや、それ以上の幸せな日々を送っています。
教員として働く中で、精神的に体調を崩している子どもや、その子どもへの接し方に悩む保護者と何度も関わってきました。
そこで、自分の経験を伝えることが、
誰かの心を少し軽くするのではないかと思い、
こうして発信することにしました。
僕の言葉のどれかが、
今、苦しんでいるあなたを
少しでも救うことができれば、嬉しく思います。
“やつ”に見張られている
初めての通院の後、段々と症状が悪化していきました。
4つ下の弟が、音読の宿題で「スーホの白い馬」を読んでいました。今でも覚えている感動的なお話です。皆さんの中にも覚えている方、いらっしゃるのではないでしょうか。
僕も懐かしくなり、弟の国語の教科書を借り、読み始めました。
読み終わったのは、1時間後。
「ホール・ニュー・ワールド」の時の、「読めているのに、読めていない気がする」という症状が、ひらがなにまで広がっていました。
自分の教科書を取られ、1時間も読み続けている兄を見て、弟は不思議そうな顔をしていました。
学校の支度では、ノートの中まで確認するようになっていました。
当時の僕は、ノートの中身が抜け落ちているのではないかという不安からノートの中身を確認していました。
ただ、そんな自分の行動を自分自身も受け入れることができず、
「心配性の自分消えろ!!」
「こんなんやっても無駄じゃん」
と泣き叫んでいました。
この「読む」「支度する」ことにおける強迫観念は、“やつ”に見張られているという恐怖心によるものでした。
僕がこれらの強迫観念にさらされている時、僕には僕の背後に青い鎧をまとったガーディアンのようなものが見えていました。
今思うと、そのガーディアンのようなものは、僕の失敗をしたくないという想いが作り出した幻覚だったのだと思います。
当時の僕は、失敗をすると“やつ”に殺されるという恐怖心から、失敗をしないようにと何度も何度もやり直していました。
自分の弱いところを人に見せることができなかった僕は、幻覚が見えているということも両親に言うことができず、そのガーディアンと共に生きていました。
苦しみは、いつかあなたを豊かにしてくれます
だから今は無理にがんばらないで
スキ、コメント、アドバイス、よろしくお願いします!!
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