適応障害と僕の2209日 -終われない学校の支度-
自己紹介
こんにちは、「きゃん」といいます!
僕は小学6年生の2月から高校3年生まで
適応障害、強迫性障害でした。
そんな僕も、今では小学校の先生として人並み、
いや、それ以上の幸せな日々を送っています。
教員として働く中で、精神的に体調を崩している子どもや、その子どもへの接し方に悩む保護者と何度も関わってきました。
そこで、自分の経験を伝えることが、
誰かの心を少し軽くするのではないかと思い、
こうして発信することにしました。
僕の言葉のどれかが、
今、苦しんでいるあなたを
少しでも救うことができれば、嬉しく思います。
終われない学校の支度
今思い返すと、国語の聞き取りテストで
75点しか取れなかった理由がわかります。
この頃の僕は、一文字書いては消す、という行動を繰り返していました。
そんなペースでメモを取っていては、
CDの音声に追いつけるわけがないですよね。
ただ、その時の僕には、
自分が変な行動をしているという自覚はありませんでした。
「字が汚くて許せないから消す」という感覚だけで、
他のことは何も考えていなかったのです。
このテストをきっかけに、
僕は授業中にノートを取りきることができなくなってしまいました。
授業が終わるたびに友達にノートを見せてもらい、
5分休憩を使ってなんとか書き写していました。
家でも次第に、いつもとは違う行動が増えてきました。
学校の支度は、毎日夜に行っていました。
明日の時間割を連絡帳で確認して、必要な教科書を入れ替えて、「㋲」というマークで示された持ち物を用意する。
長くても3分くらいでしょうか。
ところが、僕にはそれが2時間、長いと3時間かかっていました。
9時に寝ていた僕が、日付が変わるまで学校の支度をしていたんです。
いつも通り教科書を入れ替えて、
ランドセルを閉め、
部屋の明かりを消して布団に入る。
すると、「あれ、国語の教科書を入れたっけ?」と不安になり、電気をつけてランドセルを確認し、また布団に戻る。
また数秒後、「間違えて上巻を入れたかも…」と不安になり、もう一度ランドセルを開けて確認する。
また布団に戻ると今度は、「ランドセルを開けた時に筆箱が出ちゃったかもしれない…」と不安になり…
気がつくと、僕は泣いていました。
自分がしていることが自分でもわからなくなって、
ただ泣くことしかできなかったのです。
苦しみは、いつかあなたを豊かにしてくれます
だから今は無理にがんばらないで