ドリーム・トラベラー 序章 謎の原稿
※この小説は、創作大賞2023「ミステリー小説部門」応募作品です。
序文
書いた覚えのない原稿がポメラの中に見つかった。わたしは以前、小説家を目指しており、プロットが浮かぶとポメラに書き留めていたのだ。
酔っ払って書くこともあったが、書いた記憶まで失ったことはない。
しかし、この原稿は全く覚えがない。
フォルダの中には作品ごとに分けた複数のファイルがあり、それぞれ膨大なテキスト量に及んでいた。
それは夢に関する記録で、初めは単なる夢日記の類かと思ったのだが、途中からそうでないことが解った。
各々は夢にありがちな脈絡のないストーリーで、不気味な出来事が理路整然と書かれているものもある。
これを読み進めると、わたしは次第に戦慄を覚え、途方もない虚無に支配されていった。記憶にない出来事がわたし自身の体験として綴られているからなのは勿論だが、終盤には、わたしという存在を根底から引っくり返す印象を受けたからだ。
記録はある日を境に終わっている。
黒い存在が最接近し、夢から覚める直前に体を通り抜けた日だ。
これを書いたのがわたしでないことは確かだ。もしもわたしが書いたというなら認知症に違いないくらいだが、普段の生活でその兆候はない。
では、これを書いたのは誰なのか。
日付はどれも五年前。わたしが作家を目指し、プロットを書き溜めていた頃だ。
わたしにいったい何が起こったのか。
小説でもエッセイでもない、この原稿を発表し、世に問いたい、多くの方々の意見を乞いたいと思った。
どこで発表するか散々悩んだ末、noteが投稿先として最も相応しいという結論に至った。
これは見た夢の忠実な記録であり、夢の中の体験をノンフィクションと仮定できるとしたら、本作は小説を装ったノンフィクションといえるかも知れない。
もしかすると、読者の中にも同じ体験をした方がいるかも知れない。
教えて欲しい。
わたしは誰なのか?
※【ポメラ】テキスト入力に特化したキングジム製のデジタルメモ
ポメラの中に保存されていた謎のフォルダ
『明晰夢の記録と考察』
明晰夢とは、夢の中の自分が夢を見ていることを自覚する、思考や認知機能が明晰な状態のこと。一般的な夢は目を覚ますと内容を忘れてしまうが、(訓練次第では忘れないように出来る)明晰夢は視覚的な情報のみならず、声や音、会話の内容まで覚醒時と変わらぬ程度に細部まで記憶しているという違いがある。現実の出来事であっても会話の内容など忘れてしまうこともあるので、明晰夢の方が現実よりむしろリアルかも知れない。極端に言えば、二度寝して目を覚ました時にも覚えていれば、それは普通の夢ではなく明晰夢かも知れないということだ。
明晰夢と普通の夢を分ける決定的な要素は、夢の中の自分が自分の意志で行動できるか、夢そのものを思った通りに操作出来るかどうかである。
わたしは明晰夢に関する本を集め、世界中の人々の体験を読んだ。さらに、ロバート・モンローなど体外離脱体験者の本も読み漁った。明晰夢と体外離脱には密接な関係があるからだ。体験者の多くは、夢の中で自身の意思を働かせ、完全にとはいかないまでも、ある程度まで自分自身の行動を制御することを可能にしている。
わたしの夢は、十年以上前から殆ど全ての夢が明晰夢だと確信しているが、完全な明晰状態はあり得なかった。明晰化が優勢であれば目が覚めてしまうのだ。だから〝半明晰〟と称して良いだろう。
明晰でいられるのは僅か数秒~数分。夢の中では時間の感覚がないので定かではない。
明晰夢なので、自分の意思によって行動を制御できる場合もあるが、すぐにコントロールがきかなくなる。夢の世界では夢の支配が優勢なのだ。これは、レム睡眠にも浅い深いといった波があるためだろう。明晰でいられる時間は圧倒的に少なく、そして行動制御出来る場合でも、その範囲は限定されている。例えば、走る、歩くといった簡単な動作でも、速度は自由にならない。
夢の中の〝半明晰状態〟は、ビジョンも体の感覚も現実に限りなく近い。しかし、その風景や起こっている事件は明らかに虚構だと解るほどあり得ない状態であり、過去の体験が作り上げた記憶のシーンであることも多い。
夢の大半は、主人公である自分が理不尽で酷い目に遭うか遭いそうになる不条理な内容ばかり。わたしの場合、何らかの事件で加害者になったことは一度もない。叱られる、なじられる、追われる、暴行を受ける、殺されそうになる等、常に被害者なのだ。日常生活で大きな被害を受けたことはないのに、これはどういうことなのか。
実は、ある時期から繰り返し同じ夢を見ることがあり、正体不明の存在が現れるようになった。そいつからは強烈な憎悪、殺意を超えた禍々しい感情が奔出しており、そいつに遭遇した瞬間、夢から逃れ、目を覚まそうと必死になるのだ。そいつが何者かは知らないが、何だか解らないのに、わたしの生命を脅かす危険な存在であることを本能あるいは潜在意識が知っているようだ。
能書きはそろそろ終わりにする。
予め断っておくが、これを読んでも明晰夢を見る方法とか、夢の中で自分の行動を制御する方法を知ることは出来ない。
夢である以上、とりとめなく非現実的で荒唐無稽な出来事や情景が頻出する点もお許し願いたい。
見た夢のそれぞれに解釈、分析、解説を添えているが、笑ってしまうほどアホらしい夢もあれば、幻想的で神秘的な夢もある。体外離脱に近い状態になり、恐ろしい思いをしたことも多々ある。
単なる夢日記と断定し、切り捨てられても結構。
ただひとつ、夢を支配する試みは非常に危険であると、それだけは伝えたい。