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ドリーム・トラベラー 第三夜 明晰夢は妄想で出来ているのか?
これは見た夢の忠実な記録であり、夢の中の体験をノンフィクションと仮定できるとしたら、本作は小説を装ったノンフィクションといえるかも知れない。
謎の工場
不気味な唸りを上げる工場があった。
何を作っているかわからないが、入り口の小さなドアが開いており、奥には暗闇にオレンジ色の小さな電球が浮かんでいる。何やらノスタルジックな光景だ。
電球の下に小さな部屋が浮かんでいた。暗い部屋の中に、もう一つの部屋が存在しているように見えた。
これは頻繁に見る夢の中の幻覚だ。暗い部屋の中に現れるもう一つの部屋……。
夢の中のわたしは、〝部屋の中の部屋〟というビジョンが夢の階層を意味していることを知っている。あの部屋の中は、もう一段階深い夢の階層なのだ。
しかし、その部屋に入ることは叶わない。手の平に乗るほど小さく、触れることすら出来ない。近付き過ぎると風で消えかけた蝋燭の炎のごとく揺らめき、消滅してしまう。
今日こそ部屋の中に入るぞと意気込むと、ふと、ここに用事があって来たような気がしてきた。何の用事か思い出せず、明晰さが失われてゆく。夢の支配が強くなり、部屋の中の部屋が消滅してゆく。
用事。それは工場の見学だったような気がした。
「すみませーん」
私は奥に向かって声を張り上げた。
応答はない。
ドコドコッ……ドドドッ……ドドッドドッドコッコッコ……
奥から響いてくる不穏な機械音のリズムは一定しておらず、不快極まりなく、何か見てはいけない存在を予感させた。例えるなら、水のない洗濯機の中で、人間の頭くらいの物体が転がっているような音だ。そんな音は聴いたことがないのに、本能的にそうイメージさせてしまう音だった。不気味さに耐えられず、一旦外に出た。
帰りたくなったが、用事を済まさなければならない。何の用事だったか? なぜ忘れた?
用事が解らないのに謎の工場にいる。ということは、夢に違いないのだとやっと気付き、再び明晰化した。
夢の中のわたしは、ただ何となくそそられて、気付けば開けっ放しになっていたドアから勝手に中へ入ってしまっていたのだ。しかし、夢の中のわたしはまだ、何か用事があってここへ来た可能性を捨てきれずにいた。
ゆっくり奥に進んだ。その勇気は覚醒しかけているわたしの意思だ。夢の中のわたしは怯えきっている。
奥の部屋も薄暗く、非常灯程度の明るさだ。
ここも無人だった。人の気配さえない。
ドコドコッ……ドドドッ……ドドッドドッドコッコッコ……
不快な音はこの部屋の中央から発せられていた。
中央に目を懲らすと、タワー型の黒い物体が滑らかに回転していた。タワーの周囲に滑り台のようなカーブが巻き付いており、その溝の中をいつくもの歪な黒い物体が転げ落ちていた。水のない洗濯機の中で、人間の頭くらいの物体が転がっているような音の正体はこれだったのだ。転がっている物体は、人間の頭に違いないと思った。
「ここに導かれた者の末路だ」
少しだけ開いた窓の外から声がした。
おかしなことに、窓の外は暗闇だった。その窓からこちらを覗き込んでいる人物は真っ黒で、顔は見えない。
ここに導かれた者の一人に自分が数えられていると思うと、恐怖がせり上がってきた。
わたしは窓の外にいる奴から目を離さないようにしながら後退った。
バーン! と窓が開け放たれたのをきっかけに、全速力で入ってきたドアに向かって走った。
やはり、外はまだ明るかったが、見込み違いに失望した。工場の外へ出た途端、目を覚ますだろうと確信していたからだ。
まだ夢の続きを見なければならないのが苦痛だった。
工場の背後は雑草の生えた崖になっていた。見た目は川の堤防に似ている。わたしはその斜面を登り始めた。夢の支配が強くなり、気付いたら登っていたのだ。半ばまで登ったところで明晰化が進み、意思の力で踵を返し、斜面を駆け下りた。
こんなところに用はない。わたしは工場を後にして崖沿いの道を歩いた。