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手品師、春を告げる:久生十蘭について

こんばんは。月に一度の別冊夢想ハウス.にこにこです。
今月は、超名作!!久生十蘭「春雪」を読みました。
前回の江戸川乱歩「日記帳」で弟の日記にガタガタ震えていましたが、今回はそんな寒い冬の夜から一転、雪がとける春の美しさを思わせてくれるお話です。

👆ここで毎月朗読してる📚ぜひ聴きに来てね🍻


久生十蘭について

フィクションとしての小説というものが、無から有を生ぜしめる一種の手品だとすれば、まさに久生十蘭の短篇こそ、それだという気がする。

澁澤龍彦『日本作家論集成』

久生十蘭の文章はまさに「手品」「魔術」といった感がある。
ユーモアはありつつも読みやすいプレーンな文章。スルスルと読み進めているうちに、予想もしなかった場所に到着している面白さ。
文体から筆者の思想や性格のにおいを感じない。おそらく手品もその驚き自体を楽しむために、手品師の個人的な雑談などがむしろ邪魔になるようなもので、鮮やかな手口さえあれば他になにも必要ない。

今回読んだ「春雪」は、瀬戸物屋のおじさんが同業者の娘の結婚式に出席するという情景から始まるのだけど、この手品的手腕によって思いもよらないところに着地する。本当にこの感覚は久生十蘭以外で感じたことがない。
大好きな河出文庫から「十蘭万華鏡」という短編集が出ていて、その通りだなぁと思う。子供のころ愛用していた、中に色とりどりのスパンコールやビーズが入っているやつ…中に入っているものは同じなのに、回すたびに全然違う景色になっていつまでも眺めていた。

久生十蘭に出会ったのは朗読を始めたあとで、Twitterによると2019年8月30日に「昆虫図」を朗読配信している。
そう、出会いは「昆虫図」。本当に好き!!短いしすぐ読めるのでぜひ。

あまりにも気に入って、2020年6月27日に「骨仏」「水草」とともにもう一度読んでいる。どれも短いのに気付いたら身体が冷え切っているような話。
このころ作品集を買って長編「湖畔」や、その後読むことになる「顎十郎捕物帳」を読んでジュウラニアンへの一歩を踏み出していた。

朗読配信するのに、「著作権フリー」「長くても30分くらい」この2つの条件が揃うのが割と至難の業で…。
面白そうな短編集を買っては著作権を検索したり、青空文庫内を夜な夜な徘徊したりする妖怪と化しているのですが、おかげさまで久生十蘭、小酒井不木、蘭郁二郎、海野十三、岡本綺堂など…素晴らしい作家に出会うことができたし、名前だけ知っていた作家の思わぬ作品を読むこともできた。
人生って楽しい。

余談

手品師、春を告げる

この「春雪」は、とにかく読んでもらうだけでよくて、素晴らしすぎて特に書くこともないんですが…

「人生という盃」って表現がすごく好きだなあ。
池田は柚子が「上澄みのきれいな部分しか飲めなかった」と思っていて、口惜しさを抱えつつ、それでもそんな柚子を美化する気持ちが入り混じっていたけど。

柚子が仕足したらぬことをたくさん残して、死んだことを口惜しく思う一面に、この世の穢れに染まずに、たとえば春の雪のようにも、清くはかなく消えてしまったことに、人知れぬ満足を感じているわけで、池田の気持の中には、柚子の追憶を、永久に美しいままにしておきたいという、ひそかなねがいも、ないわけではない。

久生十蘭「春雪」

実際の柚子は戦時下においても自分の気持ちを飲み込まずに果敢に世界にチャレンジ、行動に移し続けて、ついには奇跡のような結婚をしていた。池田の知らないうちに。
春の雪のように儚く消えたと思っていた柚子は、驚くほど強かで賢かった。

上澄みどころか、人生という盃から、柚子は滓も淀みも、みな飲みほし、幸福な感情に包まれて死んだことがわかり、心に秘密を持っている娘というものは、どれほど忍耐強く、また、どれほど機略に富むものか、つくづくと思い知らされた。

久生十蘭「春雪」

真実を知り3階へ上がると、明るい窓辺に、笑っている柚子と青年の写真が飾られている。これまでの描写が一転してまるで春の訪れのようなシーンだ。
4月なのに雪が降り、椿の上に雪が積もっている...寒々しい柚子の浸礼や戦時下の描写が続いていたはずなのに、気付けば暖かい春に連れてこられている。春の訪れを告げると、軽やかに物語は幕を閉じる。鮮やかな手品だ。美しすぎて、言葉がでない。

今回も登場する雑誌「新青年」

余談。よく関東が舞台となっているから勝手に関東出身かと思っていたんだけど、函館出身らしい。
傍から見てる分には面白いけど、本人は語り継いでほしくないのでは?というエピソードを見つけてしまった。インターネットこわい。

このnoteに頻出している雑誌「新青年」の4代目編集長・水谷準氏が中学の後輩にあたるそうで、その誘いで「新青年」に作品を掲載することになったそうだ。なにその偶然怖い…才能って同じ町にかたまるの??

これまでこのnoteでは日本の探偵小説や、科学小説からのSF小説が盛り上がっていった流れで「新青年」について触れてきた。
十蘭は顎十郎捕物帳も書いているし、怪奇小説に通じる怖い話も書いているけど、「春雪」のような純文学のような美しさを感じる作品もある。「久生十蘭」としか分類できないように思う。そういうところもかっこいい。


次回予告:5/17(金)21:00~岡本綺堂「怪談一夜草紙」

さあ、暖かくなってくるとやはり…怪談が聴きたいですね?(早くない?)
次回の夢想ハウス.にこにこは初夏から怪談で夏バテ防止しよう~!ということで、5月の雨の夜に起ったコワいお話をします。次回もどうぞよろしくね!

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