人生革命セミナーの闇 第10章: 鬱からの回復と新たな学び2
自己啓発の本質を考える
鬱の症状が徐々に改善していく中、田中一郎の心には新たな疑問が芽生え始めていた。セミナーでの経験を経て、「自己啓発とは何か」という根本的な問いが、彼の頭から離れなくなっていた。
ある土曜日の午後、田中は地元の小さな喫茶店に足を運んだ。テーブルの上には、図書館で借りてきた心理学の本が置かれている。
「いらっしゃいませ」
優しげな老店主の声に、田中は微笑みを返した。
「コーヒーをお願いします」
コーヒーを待つ間、田中は本を開いた。「自己実現」という章に目が止まる。
「自己実現とは、個人が持つ可能性を最大限に発揮し、充実した人生を送ること...」
田中はしばらくその言葉を噛みしめていた。
「これが本当の自己啓発の目的なのかな...」
コーヒーを運んできた店主が、田中の読んでいる本に気づいた。
「心理学の本ですか?難しそうですね」
田中は少し照れながら答えた。「ええ、少し興味があって...」
店主は優しく微笑んだ。「若い頃、私も色々な本を読みました。でも、結局分かったのは、人生は本だけでは学べないということです」
その言葉に、田中は興味を惹かれた。
「どういうことでしょうか?」
店主は椅子に腰掛け、静かに語り始めた。
「本から学ぶことも大切です。でも、それ以上に大切なのは、実際に経験すること。失敗も成功も、全て自分の糧になるんです」
田中は深く頷いた。セミナーでの経験が、まさにそれだったのかもしれない。
「でも、どうすれば正しい道を見つけられるんでしょうか?」
店主は穏やかに答えた。「正しい道なんてないのかもしれません。ただ、自分の心に正直に生きることが大切なんです」
その言葉に、田中は何か大切なものを見つけた気がした。
帰り道、田中は公園のベンチに腰掛けた。夕暮れの空を見上げながら、これまでの自己啓発への取り組みを振り返る。
「自分を変えたい」という思いで始めたセミナー。そこで学んだ「ポジティブシンキング」や「引き寄せの法則」。
「あの時の自分は、何を求めていたんだろう」
田中は深く考え込んだ。本当に自分を変えたかったのか、それとも単に現実逃避だったのか。
ふと、健太の言葉を思い出した。
「お前さ、そのセミナーのこと、本当に楽しいのか?」
当時は気づかなかったが、その問いこそが本質だったのかもしれない。
スマートフォンを取り出し、メモアプリを開く。田中は自分なりの「自己啓発の本質」をまとめ始めた。
自分を知ること
他者との関係を大切にすること
小さな成長を積み重ねること
失敗を恐れないこと
自分の価値観に忠実であること
書き終えて、田中は少し安堵の表情を浮かべた。
「これが、俺なりの答えかな」
その夜、田中は久しぶりに母親に電話をかけた。
「もしもし、お母さん?」
「あら、一郎。どうしたの?」
田中は少し躊躇したが、正直に話すことにした。
「お母さん、最近色々考えてたんだ。自分のこととか、人生のこととか...」
母親は静かに聞いていた。
「それで、気づいたんだ。本当の成長って、派手なものじゃないんだって」
「そうね」母親の声は優しかった。「一歩一歩、着実に前に進むことが大切なのよ」
電話を切った後、田中は窓の外を見つめた。街の灯りが、静かに輝いている。
「自己啓発...か」
そう呟きながら、田中は明日からの自分を想像した。大きな変化はないかもしれない。でも、少しずつ、確実に前に進んでいく自分。
「それでいいんだ」
田中の表情に、穏やかな笑顔が浮かんだ。本当の自己啓発の旅は、ここから始まるのかもしれない。
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