第4話 「夜の街」編
「兄ちゃん、こんな所で空見上げて何しようと!?」
週末の23時頃、歩道から“秋月ビル”の2階をぼんやり眺めていたら、1階のパブから出てきた男が、不思議そうな顔をして声をかけてきた。
男はスーツ姿で50~60代の中肉中背。酔ってはいるが髪型や身なりから品の良い印象を受けた。
男に、この“秋月ビル”が昨年行われた“リノベーションスクール”の対象案件のひとつだったこと、そしてそれが事業化を目指して進んでいるという事を簡潔に説明した。
男は、リノベーションスクールや直近の商店街の動きも少し知っていたようで、目を見開いてうなずいていた。
「なんか若い人たちが頑張りよって楽しそうやねぇ!兄ちゃん、もう一軒すぐ近くの店にいくき、おごっちゃあき行こ!」と僕の肩に腕をまわして強引に歩き出した。
訪れたのは“秋月ビル”から歩いて2~3分ほどの距離にある店で、看板には“小料理”と書いてある。ぼくは友人との飲み会はもっぱら居酒屋で、こんな大人な雰囲気のお店には入ったことがない。小料理屋なんて初めての経験で少し緊張した。
店に入るとかなり広い厨房に対してL字型に造られたカウンター席。男は常連のようだ。店は満席になった。店の客同士はみんな顔なじみのようで、客同士の会話も弾んでいる。
テレビのトーク番組のように、女性店主が話をまんべんなく客に振りながら、上手に場を盛り上げている。
店の客は、年齢層が高くてみんな上品な感じだ。スーツ姿の男性客が多く、胸元にはピンズをしている客が多い。選挙のポスターで見る顔もあった。
男は、店主との会話が一段落すると僕に話をはじめた。
「兄ちゃん、さっきの話やけどさ、ビジネスモデルは固まっちょうとな?」
ぼくは少し戸惑いながら事業計画・収支計画はまだ検討中であることを伝えると、男はひとくち酒をのんで言った。
「兄ちゃんたちがどんなビジネスするのかはようわからんけど、顧客化っていうのは大事やきね。覚えちょきいね。」
ぼくが不思議そうな顔をしてうなずくと、男は話を続けた。
「何らかの商品を売る、もしくはサービスを利用してもらうといった場合、それにリピート性がない、または弱い場合は、常に新規客を探しよかんと経営が成りたたんからビジネスモデルとしてはかなり弱いんよね。」
「その商品やサービスの他にリピート性の高いモノを組み合わせるか、顧客をがっちりと囲い込むなんらかの仕組みをつくることが重要やきね。」
ぼくは、出会ったばかりの酔っ払いの男が突然こんな事を言うものだから驚いた。
メモ帳を取り出して前傾姿勢になると、男はにっこりと笑って得意げに話をつづけた。
しかし、ぼくは男と会う前に居酒屋でたらふく飲んでいたため、この後の男の話をほとんど覚えていない。
メモ調には「ライフタイムバリュー」「フロントエンドバックエンド」など他にも意味のわからない単語を自分で書いたようだが、さっぱり記憶がない。
自分でタクシーに乗って帰った記憶はうっすらとあるが、あの男の名前も職業もわからない。
寒さも日ごとに増す、ある日の「夜の街」での出会い。
“顧客化”という単語は単純だが、本質は深そうだ。
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