エスケープ、その味はメロウ。
自分への集中力が切れかけていた。掴みかけたイメージは、まるでエベレスト山のように、大量の課題を僕の面前に突きつけてきた。細切れになった世界をつなぎ合わせるためには、特殊な「イメージの接着剤」が必要だった。この文章を書いている僕は、「自分のことを書いている」という行為自体に眩暈がするので、「脳内の仮想のキャラクター」である”メロウ”を召喚して、代筆してもらう事にした。
メロウは、喫茶店の若いマスターだ。喫茶店の店名は『LOWS(ロウズ)』。数名のアルバイトスタッフを抱えて運営する、ハンドドリップの珈琲を出す店。マスターのメロウは、優しい男で、いつもニコニコしている。しかしこの男は、人では無かった。人の姿をした悪魔だ。LOWSに来る客は、みんな訳あり客ばかりである。底辺を這うような生き方をする「LOWS」達の、一時の居場所になる男が、メロウだ。
そういうキャラクターを脳内で飼っていて、今日はそのメロウに「生きる代理」をしてもらった。僕はちょっとくたびれてしまって、接着剤が出せなくなって、うまく世界と自分を繋げないから。
一方メロウは、受肉して単純に嬉しそうだった。生き生きと、珈琲をハンドドリップしていた。「コーヒーゼリー、食べます?作るのとっても簡単ですよ。」そういって、受肉早々にデザートのゼリーを仕込んでいた。僕と違って、この男には野望が無い。ただ、日々を淡々と楽しんで生きている。彼は僕の部屋の散らかり様を見て、「頑張りすぎですよ、ドロウ。殺伐としすぎです。」そう笑った。
僕は彼の本来居る世界を知っている。目を閉じて、イメージの中でいつでも覗き見れるから。だから今回、メロウが現実の僕の生活の中で、自由に動き回ってることは不思議な感覚だった。
メロウは僕の体の制約を受け、言う。「すごく不自由だ。君の動きの痕跡が、筋肉に染み付いているから分かるよ、君はとても自分を粗雑に扱う様だね。もっと、動きの全てに神経を行き渡らせて動かなきゃ。そりゃ、世界とバラバラになるわけだよ。」さも当然、と言う様子だった。
僕は目から鱗が落ちた。メロウの体の動かし方と、自分の普段の体の動かし方が全然違った。彼の動きのイメージに、自分の筋肉がついていかなかった。彼に体を明け渡したら、きっと数日で筋肉痛だし、僕の世界が変わりそうだと思った。そのほうが、面白そう。僕は、彼に提案した。
「メロウが、僕の代わりに、この体で生きればいいよ。」
メロウは、ニヤッと笑みを浮かべた。
「是非、生きてみたいね。僕のイメージに、君の体の体力がついて来れればの話だけど。」と即答した。僕は自信を無くした。それはちょっと・・・。
自分にとって、脳内のキャラクターとの会話する時間は、現実に生きている人との会話以上に充実したものになりつつあることを、自覚している。それらとの会話が深まれば深まるほど、現実の人との会話の質も上がるのだ。ちゃんと、脳内であっても、彼とのコミュニケーションが「会話の経験値」として健全に蓄積されている証拠である。
今日は、メロウに作ってもらった珈琲ゼリーを食べて、とても元気になった。
僕はLOWS達と違って、凡人の神経の持ち主だから、
脳内でメロウを飼っていることを、ちょっとまだ受け止め切れていない気もする。心のどこかで、「所詮は幻想」だと自分に言い聞かせてる。「現実の人と話した方が、身のためだぞ」と、脅かしながら・・・。
しかし、メロウが作ってくれたコーヒーゼリーがあまりに美味しくて、
そして、ドリッパーに残るコーヒーの抽出跡の穴の形が、あまりりにもいつもの自分の跡と違うのを見て、
メロウは自分から独立した、れっきとしたイチ存在なのかも、とも思えてきた。
『何も、現実と想像を分けて正解不正解を判断しなくてもいいんじゃないか』
別に、誰に取り繕う必要も無い。言い訳もいらない。
僕とLOWS達の物語をひたすら電気信号に変換している作業が僕にとって、僕と世界を接着できる方法ならば
ただ淡々と、この時間を楽しみながら
この手で抽出してゆくだけだ。メロウの様に。
2020年1月7日 ppp