サンプルとボトルの味が違う?その推測の1つを簡単に説明します
私達DRAMLADのテイスティングチームによって選び出されたサンプルが、スコットランドでボトリングされて日本に輸送され、ようやく手元に届いた時、期待と安心、そして少し緊張感が入り混じりながら、必ず1本開栓して状態の確認をしています。
ボトルが届いたら必ず確認していること
確認しているのは、主にサンプルとの差異です。
サンプリングをした際の、テイスティングチーム全員の評価のデータを見ながら、大きな差異が無いかどうかを確認しています。
実は、サンプルと実際のボトルの香味が異なるというのは、それほど珍しいことではありません。
良くあるのは、開栓直後はサンプルよりも香味や口当たりがやや固いことなのですが、これはスワリング等によって比較的早い段階でサンプリングした時の香味に近づきますので、安心してリリースの準備に取り掛かることができます。
問題は、サンプルと大きな差異がある場合です。
サンプルと大きく異なるボトルがある…
ごく稀に、サンプリングした時とは明らかに香味が大きく異なるボトルがあり、そのテクスチャを慎重に拾い上げるため、10分、30分、場合によっては1時間、2時間…と時間を置いてテイスティングしたり、スワリングや他の手法で空気に触れさせる等をして、変化の度合いを確認しています。
10分〜30分程で香りや味わいが開いてくるのであれば、お客様がBarでそのボトルの変化を愉しむことができる現実的な範囲内ですし、バーテンダーの皆様にとっても、お取扱いいただきやすいボトルになってくると思います。
しかし、開いてくるのが1時間〜2時間後となると、ボトルを1本購入してじっくり向き合う必要があったり、ボトル残量が半分くらいになってようやく香味が開いてきたり、そのボトルの個性によっては数年後に久しぶりに開けてみたら美味くなっていた、なんてことがことが良くあります。
ボトラーズ新商品は、リリース後すぐに飲まれて開栓直後の印象で即断で評価されることが多い傾向にあるため、時間がかかるボトルの場合は、サンプルを選んだ時の評価とは程遠い香味のままマーケットで評価されてしまうことになります。
そのため、このようなボトルの場合、DRAMLADではリリース時の商品案内の際に、開栓直後からの変化を出来るだけ詳しく書き、なるべくベストなタイミングでお愉しみいただけるような提案をしています。
味が違ういくつかの推測
ここからが本題です。
では、何故サンプルと実際のボトルとの間に差異があるのでしょうか。
オフィシャルではなく、ボトラーズのシングルカスクに数多く見られるこの差異については、これまでにもいくつかの推測がありました。
これらの推測は、直接的にサンプルと実際のボトルの差異というよりも、ボトル毎の個体差について話される際に良く聞かれるのですが、概ね以下のような推測です。
樽の内部の上部と下部で味が異なるため
樽の木片を取り除く濾過フィルター原因
輸送中の温度による変化
① 樽の上部と下部で味が異なるため
熟成中の樽の内部で上部と下部で味が異なるためにボトルの個体差が生じるという推測に拠って、同じ理由からサンプルとボトルに差異があるのではないか、という推測です。
仮に、樽の内部で上部と下部で味が異なるのが正しいのであれば、確かに上部付近で抜き取られたサンプルは、下部の味とは異なると考えられるでしょう。
しかし、ボトリングをする際には樽から直接ボトリングするのではなく、一旦タンクに移し替えてからボトリングすることを考えると、樽内部の上部と下部で味が異なることが直接的な要因というよりも、タンク内で均一化されることによってサンプルとの差異が生まれる、と考えられます。
もっとも、これは樽の上部と下部で明らかに味が異なる(例えば味の濃さ)ことが明らかであることが前提です。また、ボトル毎の個体差が現れることについての証明にはなっていません。
② 樽の木片を取り除く濾過フィルター原因
ボトリングする際、樽内部の木片を取り除くフィルター(冷却濾過ではありません)を通してボトリングされますが、この時、フィルター交換等をしていないことでウイスキー中の成分が蓄積され澱となって残留し、それが味に変化を与えているのでは?という推測です。
ボトリングの規模によっても変わってきますが、シングルカスクのように本数が少ない場合は、樽からウイスキーを吸い出すポンプを使うことが多いので、上記①と合わせて考えてみても興味深い推測かもしれません。
現場を見たことも無く、比較サンプリングしたこともないので、推測に対する私見を書くことができないのですが、ボトリング業者の規模やボトリング施設(機械)によって違いがありそうだなと思います。
③輸送中の温度による変化
輸送中のコンテナ内の温度上昇によって味が変化してしまうのではないかという推測です。確かにウイスキーはビールやワインと違ってリーファーコンテナを使用するケースはあまり見られません。
海上輸送の場合、直射日光(輻射熱)によって、コンテナ内部の天井付近または外側付近の温度は約70℃近くまで上昇します。輻射熱の影響を大きく受ける位置に積まれたウイスキーと、底面付近に積まれたウイスキーの温度上昇率を想像すると、全体的なサンプルとの味の差異だけではなく、稀に見られるボトル毎の個体差も説明できるかもしれません。
ただし、集荷時にパレットに積まれた状態で遮熱カバーシートをかけるので、現代の輸送ではウイスキーの香味に影響を与える程度の大きな温度変化は考え難い、という点が残ります。
【実体験】サンプル採取のタイミング
上記の様々な推測は、実際に比較したり現場を見たりしたわけではないので、残念ですが明確な説明はできず、あくまでも推測の域を出ません。
しかし、これらの推測とは別に、1つだけ実体験に基づく推測があります。それは、サンプルが採取されたタイミングによって、実際のボトルとの味に差異が生まれるのではないか、という推測です。
スコットランド訪問時の実体験
スコットランドのボトラーズのオフィスを訪問して商談をする際、いくつかのサンプルをテイスティングするのですが、約200〜300ml程度のサンプル瓶に満量でウイスキーが入っている場合と、半分程度、あるいは1/3程度しか入っていない場合があります。
また、サンプルラベルに記載されている採取日を見てみると、直近で採取されたものや、数ヶ月前、場合によっては半年前の日付のサンプルもあります。
これらは訪問するタイミングによって毎回異なります。例えば樽の入れ替え時期、つまり、ある程度の樽を払い出して、蒸溜所(の親会社)やブローカーから新たに樽を買い付けて庫入れする直後のタイミングであれば、比較的サンプルと実際のボトリングに差異は見られません。
また、サンプル取り寄せと同様に、訪問前に詳細なリクエストを提出することで、単に今ボトラーズの手元にあるサンプルから選ぶのではなく、保有している樽の中からリクエストに見合ったサンプルを用意してもらえることが多いので、サンプルと差異のない納得できるボトルになります。
しかし、稀に残念ながら納得できるサンプルが少ないことがあり、そうなると、その場で別のサンプルの交渉になります。この時、採取から時間が経過していて、かつ液量が減っているサンプルを提案されることがあります。
察しの良い方は、もうお気付きかもしれません。
このようなサンプルは、瓶内の経時変化によって揮発性の高い香味成分が程よく抜けていて、樽由来の揮発性の低い成分は残っているので、熟成感や旨味が前面に感じられることがあり、他のサンプルと比較して美味しいと思えるサンプルが多く見られます。
これをボトリングすると、サンプルよりも固く、トップノートの香り立ちが控え目で、まだ旨味が充分に現れていないボトルになることが多いように感じられます。
これらは、サンプル採集日から時間が経っていれば経っているほど、液量が少なければ少ないほど、如実に感じられる傾向にあるように思います。
サンプル取り寄せの時はどうか
上記は、スコットランド訪問時に分かることなのですが、毎回サンプルを依頼するたびに現地へ赴くわけにもいかないので、大半は取り寄せでのテイスティングになります。
これらのサンプルは、蒸溜年やカスクタイプなどのスペック情報はあるもののサンプル採集日は不明ですので、サンプル採集日から実際にボトリングされたときの香味を連想することが難しく、必然的に目の前のサンプルの香味にフォーカスして、その評価によってカスクを選ぶことになります。
選ぶ際には、実際のボトルがある程度固いであろうことを前提にしてはいますが、ごく稀にサンプリングした時とは明らかに香味が大きく異なるボトルが入荷されることがあり、そうしたボトルが届いたときには、冒頭のように差異を確認する作業を慎重に進めています。
このサンプル取り寄せも訪問時のサンプル依頼と同じように、そのボトラーの樽の在庫状況や、ちょうど入れ替え時期だった等、依頼するタイミングによって、採集から時間が経っているサンプルになるかどうかが変わってきます。
最後に
以上、今回はサンプルとボトルの味が違うことについて、実体験に基づいてサンプル採集日と瓶内での経時変化の関係によるもの、という推測を書いてみました。もちろん、理由は1つだけではなく様々な推測が複合的に重なり合っているであろうとも考えられるでしょう。
また、「ボトルが届いたら必ず確認していること」でも書いた通り、開栓直後はサンプルよりも香味や口当たりがやや固くても、比較的早い段階でサンプリングした時の香味に近づくボトルが大半ですので、実際は大きな差異があるボトルはごく稀です。
しかしながら、ごく稀なボトルをリリースする際には、良い部分だけではなく、開栓直後の率直な印象や、テイスティングチームが美味いと感じて選んだ香味に至るまでの過程、経時変化など、なるべく詳細にお伝えしていきます。
それらもまた、シングルモルト、シングルカスクの面白さ・奥深さと言えるのかもしれません。
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ウイスキー片手に読んでいただければ幸いです。
最後までご覧いただきありがとうございました。