少女とラジオとペンギンと
……ロー、ハロー、届いていますか、わたしの声。聞こえていますか、わたしの声。聞こえていたら、返事を下さい。チャンネル3に応答を。
「――っふう」
ヘッドセットをはずして、わたしは一息ついた。それを見て、相棒の銀がペットボトルの清涼飲料水を渡してくれる。
「手ごたえあったか?」
ぶっきらぼうな、何も期待してないような声で、銀はつまらなさそうにつぶやいた。それを聞きながら、わたしはボトルに口をつける。
「まあまあね。今回は期待できるかもよ?」
ホントはそうじゃないけど、銀を驚かせてやりたくてわたしは罪のない嘘をつく。
「………嘘つけ。さっきから聞こえてくるのは耳障りな雑音か、そうでなきゃ何で紛れ込んだのか分からないトラックの無線ばっかりだぞ」
銀にはわたしの嘘は通用しないみたい。
大きすぎるヘッドフォンをつけたペンギンは、そのつぶらな瞳で夜空を見上げた。
「大体なあ、こんなちっぽけなラジオで宇宙と交信? しかも場所は学校の屋上ときたもんだ。せめて天文台とかに行ったらどうなんだよ。正直、成功なんかしないと思うぞ」
「だったら銀は何でわたしに付き合ってんのさ」
ぐちる銀に、わたしはちょっとすねたフリをしてみせる。もっとも、そんな小さな演技も銀にはお見通しなんだろうけれど。
「そりゃあお前」
銀は少し言葉を切って、くちばしをわたしに向けた。
「面白いからに決まってるだろ?」
やけにクールに言って、ペンギンは何の気取りもなく缶コーヒーを喉を鳴らして飲んだ。
「からかってるでしょ、銀」
「半分な」
わたしと銀はしばらく見つめ合って、それから同時にふき出した。
「まあいいや。しばらく休んだら、またお願いね」
「まだやんのか? もういい加減夜もふけてるってのに」
「大丈ー夫だよ、ほら」
そう言ってわたしは夜空に目を向ける。銀もそれにならって、黄色のくちばしを空に突き出した。
さっきまで空いっぱいに広がってた雲が、少し出てきた風で吹き飛ばされて、そこここで星が顔を覗かせている。
「晴れそうだよ、もう少ししたら」
「月が出てないけどな」
銀はやっぱりぶっきらぼうに言って、それでもヘッドフォンを付け直す。
「ありがと、銀」
わたしはラジオのチューニングを調整する。普通のラジオに、これでもかってくらい色んなアンテナをくっつけた、わたしと銀の特製発信局、兼受信局。
色んな電波を飛ばして、色んな電波を拾いたい。
目指すは宇宙。
タコみたいな火星人とか、お餅をついてる、月にいるウサギとかと話してみたい。それが、わたしと銀の夢。
「――準備OK?」
チューニングを終えて、わたしは銀に聞く。
銀は答える代わりに、羽をわたしに突き出してみせた。あるはずのない親指が見える気がする、銀一流のカッコいいしぐさ。
「じゃ、いくね?」
ハロー、ハロー。こちら地球の小さな発信局。あなた達がいるはずの、月や火星を見ています。大きな空を眺めながら、この声を飛ばしています。ハロー、ハロー。届いていますか、わたしの声。聞こえていますか、わたしの声。聞こえていたら、返事を下さい。チャンネル3に応答を。
ハロー、ハロー。いっぱいにこの声、広がっていますか。
ハロー、ハロー。
ハロー、ハロー。未来にもこの声、届いていますか。
ハロー、ハロー。