献立
ーーーお母さん、ごめんね。
僕は地元の大学に通う4年生で、実家から通っている。
卒論に就活にバイト、これまでかというほど忙しかった。
「今回の採用は見送らせていただきます。」
特に就きたい仕事もなく目標を持たずに学生生活を送ってきたツケが回ってきた。
どの企業を受けたとしても志望動機も中途半端、学生時代頑張った事なんか無いから言えない。
僕は常に焦りと憤りを感じていた。
「あんたを逃すなんてその企業見る目ないわね!」
そう明るく励ましてくれるのは、母だ。
僕は母子家庭で幼い頃から母と2人暮らしだった。
母は常に強い味方でいてくれる。
そして母が作る料理はどの高級料理店よりも美味しかった。
母は昔、シェフを目指していて料理学校に通っていた。
しかし、卒業間際に当時の彼氏との間に僕を身籠った事が発覚した。
彼氏からの心無い提案に母は嫌気が差し、卒業式の1週間前に学校を辞め、今の街に引っ越してきて僕を育てることを決意した。
そんな事もあってか、僕に対する料理はどれも絶品だ。
特に好きなのは「ハンバーグ」だ。
小さい頃はよく母の隣に椅子を置き、その上に立って
ハンバーグを作る作業を手伝っていた。
でも時が経つにつれ、椅子が要らなくなったのに隣に立つ事はなくなっていた。
「ただいま〜、飯は〜?」
「おかえり〜、今からあっためるね〜」
バイトから帰ってきた俺は、リビングに腰をかけ携帯をいじりながら目の前に出された晩ごはんを無言で口に運ぶ。
「どう?就活は上手くいきそう?」
「ん〜」
「次の所落ちたら後がないんやない?」
「分かってるって!もう食べんから下げて」
「はいはい」
就活に焦りと憤りが母に矛先が向いてしまった。
初めて、母の料理を残した。
そこから謝るタイミングを見失った僕は、ずっと母が出してくれる料理を拒み続けた。本当は食べたいのに。
「貴方様を採用させていただく事が内定しました。」
ついに、念願の内定を得る事が出来た。
地元から離れた都会にある企業だ。
一緒に就活活動をしていた友人やバイト先と矢継ぎ早に連絡していった。
「おめでとう!やっと決まったな!」
祝福のメッセージや電話に感動した。
「よし、内定の連絡をしてお母さんに謝ろう」
母に電話し、内定の報告した。
すすり泣く声と共におめでとうと言ってくれた。
この時は涙の本当の理由に気付いていなかった。
家に帰ると、母が大好きなハンバーグを作って
待っていた。
年甲斐もなくクラッカーと被り物で僕を出迎えた。
今まで母と話せてなかった事を止めどなく話し続けた。
話がひと段落着いたところで、母が話があると言い出した。
「お母さんね、最近物忘れ激しいなと思って今日病院行ってきたんよ。そしたらね、アルツハイマーって言われてしまった。どんどん人とか物とかを忘れてしまう病気なんよね。進行も普通の人より少し早いんだって。やからね、今日の、、、ハンバーグが、、、ハンバーグ作れる、、、最後かもしらん。」
母は堪えてきたものが溢れ出るように泣き出した。
僕は最初理解出来なくて、ただ目の前で泣く母を見ることしか出来なかった。
「あんたを1番祝わんといかん日に本当ごめんね」
この母の一言で僕も涙が溢れてきた。
なぜ気付かなかったのか、
なぜ気付けなかったのか、
なぜ気付こうとしなかったのか。
今までの母からの無償の愛情の尊さを初めて知った。
ーーーお母さん、ごめんね。
僕は小さい頃、「献立」の言葉の意味を母に聞いた事がある。
すると母は、優しい声で答えた。
「献立っていうのはね、作る人が食べる人の事を考えてつくる料理の事だよ。だからママが作る料理はぜーんぶあなたの事を考えて作った料理だから美味しいんだよ。」
母が献立の意味を忘れても、僕はずっと忘れないようにしようと思う。