わんとワンの物語 6
1号は一番大きいのですぐわかる。でも2号3号だけは大きさも毛色もそっくりなので未だに見分けがつかない。それにこの2号3号にわんは相当嫌われているらしく、来るたびにいつもこの二匹からガンを飛ばされる。それでもわんが頭を撫でようと手を伸ばすと・・2号に指を噛まれた。いや、3号だったかも。
1・2・3号までは男の子で、黒毛の小さい4・5号の2匹がたぶん女の子だ。一番小さい5号は、いつも兄ワン姉ワンの後を追いトコトコとくっつき回っている。5号はわんが来ると澄んだ目で5秒間だけわんを見つめる。澄んで、とても力強い目だ。そして、懐かしい目をしている。
小学生の時、一匹の仔犬を飼っていた。学校が日曜で休みになると、いつもわんはその仔犬とくじら浜に行っていた。ガジュマルの木が海までせり出した堤防の階段から浜に降りると、仔犬は嬉しそうに砂浜を駈けていく。くじら浜まではここから海沿いを伝って歩いていく。だいたい一時間ほどの道のりだ。最初は砂浜と砂利で歩きやすいが、真っ青なアダン群と葉を放射状にひらいて直立した蘇鉄群を抜けると、そこから先は波打ち際が極端に狭まり、いくつもの荒々しい岩山が行く手を阻むように立ち塞がっている。くじら浜に行くにはこのたくさんの岩たちを、ひとつひとつ越えていかなければならない。仔犬は嬉しそうに軽々と岩山をよじのぼり、そして岩の上で振り向いて尻尾を振りながらわんの来るのを待っている。わんが岩の天辺の仔犬のとこまでたどり着くと、仔犬はまたわんを急かすように次の岩山をのぼっていく。
ようやくくじら浜にたどり着くとそこは真っ白な砂浜だ。アダンの丘からその砂浜は傾斜の急な斜面になっていて、斜面を降りきると波打ち際まではゆるやかな砂の世界が広がっている。わんと仔犬はアダンの丘の天辺から一気に砂の斜面を転がりながら滑っていく。転がり落ちて下に着くと、また天辺まで戻ってそしてまた下まで滑り転がる。顔中に砂をかぶり、Tシャツの中もパンツの中までも砂まみれになりながら仔犬と転がり滑っていく。夏でもないのに砂は焼けるように熱く、その熱さを体中にたくわえながらわんと仔犬はいつまでも転がりつづける。転がりながら仔犬もわんも砂も太陽もアダンもガジュマルも海も島も空も色も匂いも空気も宇宙もひとつになる。
波打ち際で仰向けになり空をあおぐ。仔犬が胸に乗ってきてわんの目を見つめてきた。わんは仔犬の目にうつった自分自身を見る。そして深い眠りにおちた。
あの日の懐かしい目が今、わんを見つめている。あの日の仔犬は君だったのか。今も過去も、いや、もっと遥か遠い古代から君はわんのことを知っていた。
ワン5号は5秒だけわんを見つめ、そして6秒目にはまた幼いワンの目に戻って向こうへいく。このわずか5秒の間だけわんはワン5号と会話ができる。それは遠い記憶であったり100年先の未来であったり。7秒後にワン1号がやってきてわんの指をペロリと舐めた。
それにしても年が明けたとたんに、なんだかワンたちの成長が早くなってる気がする。