台風の目
二日間強風が吹き荒れた。奄美大島からはかなり距離があると思っていた台風6号がゆっくりと去っていった。いや、まだ残兵たちがわずかでも自分の存在と爪痕をここ刻もうと、最後の力を振り絞りもがいている。そんな兵士を尻目に、一気に流れゆく雲の隙間からティダ(太陽)が顔を出してきた。新たな主役の登場で、ついに力尽きた兵士は手にしていた刀を下ろし去っていった。暗転の舞台は灼熱の夏になる。
あの頃、少年たちにとって台風は一大イベントだった。荒れ狂う大自然を目の当たりにし、天からの贈り物を全身に捕らえ、全力の少年はまだ見ぬ夏に胸の高まりが押さえ切れなかった。
雨戸が閉めきられて真っ暗になった家の中、停電して灯された蝋燭の火が揺れている。ごうごうと吹き荒れる外の世界とは対象して、家の中は静かに時が流れていた。蝋燭の向こうには揺れる5つの目があった。何もしない。昼間は大自然に激しく叩かれ、一転して夜は静寂を楽しむ。何もしない。ただ嵐が去るのを静かに待つだけだ。
明け方、
風がピタリと止んだ。
来たか・・ 雨戸を開けて少年は外へ飛び出した。そこは黄金に耀く世界だった。螺旋を描く大自然の中心に少年は立っていた。呆然と立ち尽くした少年は空を仰ぐ。雲は一瞬で流され、天から出でたティダは一筋の道を少年に与える。音もなく時もなく金色の世界が広がっていた。風もなくぼくもなく歴史だけが刻々と脈を打っていた。「台風の目」という一瞬の静寂がこの島のすべてを創りあげる。目の中にすっぽりと包まれたこの島は過去もなく未来もなく、この島に包まれた少年は今を生きる。全力で生きる。その一瞬を全力で生きる。
そして、一瞬の静寂も全力で去ってゆく。ティダはあっと言う間に雲の奥に隠れ、金は灰に変色し、再び螺旋を廻しだした大自然は怒り猛る神となって少年を襲ってきた。少年は雨戸の閉めきられた家に戻り、蝋燭の向こうにある五つの目と対峙する。揺れる五つの目がそこにある。外は再びごうごうと猛る大自然だった。神は昨夜以上に荒れ狂いだした。少年にそっと一筋の光を差しだした神はもうそこにはいなかった。ごうごうと荒れ狂う台風。しかし、その渦の中心でひとつの目が静かにこの島を見ていた。